実際には、児玉が台湾総督であったのは、1898年から8年にも及ぶ児玉の台湾総督時代(児玉は死ぬ直前まで台湾総督の任にありました)、その間に日露戦争が勃発し大陸でのいくさに忙殺されています。
乃木は、どうも乃木自身が有能だとか無能だとかそういうことではなく、適所に必要な実務をきちんとこなす有能な部下を登用して任せるというようなことをあまりせず、受身で与えられたスタッフを自らの清廉で厳格な人格によって教育的に管理していこうという傾向が強かったように思います。さらにそこに生来の優しさが加わるために、総督府官吏の腐敗がわかっていても、大鉈をふって馘首することもしなかった…。
乃木は、どうも乃木自身が有能だとか無能だとかそういうことではなく、適所に必要な実務をきちんとこなす有能な部下を登用して任せるというようなことをあまりせず、受身で与えられたスタッフを自らの清廉で厳格な人格によって教育的に管理していこうという傾向が強かったように思います。さらにそこに生来の優しさが加わるために、総督府官吏の腐敗がわかっていても、大鉈をふって馘首することもしなかった…。
異国の統治という困難に対して、はたして乃木がふさわしかったのかどうか。
後の旅順・二百三高地の攻防戦の折も、この苛烈な消耗戦により酸鼻を極めている戦場で、乃木の精神が耐え切れるか心配した児玉が督励に向かったものと考えています。このときも、児玉は自らの命も消耗させるがごときさらに過酷な戦術転換を命じています。
台湾総督も、乃木の後任としては、児玉自ら赴くしか選択肢がなかったと思われます。
しかし、児玉は陸軍の至宝、唯一無二の逸材であり彼が不在では今後想定される日露戦の作戦計画も立案できないでしょう。台湾統治も重要ではあるが、そればかりではない。そこで統治を委任したのが後藤新平です。児玉は彼を使い、まずは、乃木を苦しめた腐敗官吏を大量に処分、総督府の組織改革を行いました。
後の旅順・二百三高地の攻防戦の折も、この苛烈な消耗戦により酸鼻を極めている戦場で、乃木の精神が耐え切れるか心配した児玉が督励に向かったものと考えています。このときも、児玉は自らの命も消耗させるがごときさらに過酷な戦術転換を命じています。
台湾総督も、乃木の後任としては、児玉自ら赴くしか選択肢がなかったと思われます。
しかし、児玉は陸軍の至宝、唯一無二の逸材であり彼が不在では今後想定される日露戦の作戦計画も立案できないでしょう。台湾統治も重要ではあるが、そればかりではない。そこで統治を委任したのが後藤新平です。児玉は彼を使い、まずは、乃木を苦しめた腐敗官吏を大量に処分、総督府の組織改革を行いました。
さて、ここで後藤新平。現在、藤原書店から『石牟礼道子全集 不知火 全17巻』が刊行されており、既刊が14巻です。この全集を購読-私の場合は、「購」入して積「読」なのですが-している中で、同書店から、後藤新平生誕150周年記念大企画「後藤新平の全生涯を描いた金字塔」ということで、
〈決定版〉正伝 後藤新平(全8分冊/ 別巻1)鶴見祐輔 著/一海知義 校訂
という大著が復刻刊行されることを知りました。刊行開始は2004年で、すでに2007年に完結しています。購入しようと思いつつ数年が経てしまいました。「後藤新平の会」に入会すれば、二割引で購入できるとの事ですので入会しようかとも思っています。全巻揃いで、5万円、会費が5千円、実質的な割引は一割か…。