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「せめて、泣かせてやれ……」東野圭吾『容疑者Xの献身』文藝春秋 重版


とうとう、世評高い、東野圭吾『容疑者Xの献身』を読みました。「このミス」など第一位にして、直木賞受賞作。氏の作品を読むのは『放課後』『秘密』『白夜行』に続く4作品目です。

でも、結局のところ、トリックは「○○のない死体」のパターンです。しかし、捜査が、このあからさま過ぎるトリックにそのまま引っかかった形で行われます。動機も今ひとつ、主人公の献身よりも、犠牲者に対するやり切れなさが残る、妙な作品です。結局、捜査プロセスの記述が杜撰、というかその記載を省きたいがために名探偵の登場させているのかな、とも思います。ミステリとして体をなさないのでは?

冒頭、非常に印象的なデータの提示があって、そのデータを作中でどのように使用するのかな?、とまず読者は思います。次に、「死体処理」が行われ、片方の事件現場の死体が、まず、このデータと関連するのではないか、と普通は疑問を持ちます。読んだ方はわかりますように、はっきり言ってしまうと、この段階で最終的な謎解きが可能なのです。後になって出てくる日付やアリバイの問題も説明できます。従って、読者の期待はその単純なトリック以上のトリックを期待して読み進めるのですが、何の進展もなく、最初に推測した大まかな謎解きを裏付けるストーリ展開だけでそのまま終わってしまいます。読者を煙にまくストーリー展開もありません。

私は、東野作品ですから、絶対に、「娘」の方と石神に何か「秘密」があるに違いない、「母親」の方はカモフラージュだ!、みたいなことを期待して読んでいました。

作中にも出てくるフレーズで言えば、「ミステリ」と見せかけておいて、実は単純な「中篇娯楽小説」を目指した…ということでしょうか? 「ミステリ」でないこと、実はこれが最大の本書におけるトリックなのかなぁ? そうに違いないでしょう。天才物理学者に頼るような捜査陣だから成り立つお話で、普通の地道な捜査をする刑事たちであれば、簡単に解決してしまう事件でしょう…。