スーパーコンピュータ「京」と生命科学

~生命科学に取り組む異分野の融合と交流の推進~



本シンポジウムは、計算科学と生命科学の境界線で研究をされている方々が、スーパーコンピュータ「京」をどのように活かしていくかを課題としたものでした。


私は、工学の勉強をしてきたので、計算科学の内容は所々わかるのですが、生物科学の研究内容は、分からない専門用語がたくさん出てきて難しいと感じました。


現在、プレゼンテーションをされていた中の1人である水藤 寛教授の授業を受けているのですが、遺伝的アルゴリズムをプログラムで理解するという内容で苦労しています。このように、生物の内容をプログラミングで解析するという難しさは身を持って経験しており、大変な作業だと感じています。




私が、本シンポジウムの中で一番興味が湧いたのは、西村信一郎さんの「アメーバ型細胞遊走の計算機シミュレーション技術の開発」という内容の発表でした。


私たちの体の中には、免疫細胞やがん細胞の一部などのアメーバ型細胞と呼ばれる不定形の細胞が存在します。これらのアメーバ型細胞は、外からシグナルがなくともランダムに動き回ります。このランダムな動きをシミュレーションで再現してみるといった研究課題でした。この研究により、ランダムな運動を理解することで、免疫機能の理解が進むだろうと考えられています。発表で西村さんは、単純なモデルでアメーバ運動を理解できないかということで、2次元のモデルを用いて説明されていました。


このモデルとは、走化性因子が、あるソースから分泌されており、アメーバはその因子に向かって動くというものです。アメーバと走化性因子の間に障害物を置いてシミュレーションしてみます。障害物があって直接たどりつけない場合でも、時々、走化性因子の濃度勾配に逆らって障害物を迂回し、ソースに到達することが、このシミュレーションから見てとれます。これは、アメーバ型細胞が、運動方向を記憶するなんらかの機構を持っていることを意味します。細胞が学習して、ランダムな動きをしながら、その場所までたどり着けるというシミュレーションを見て、生命の学習能力の素晴らしさを感じることができました。


現在、どうやってこの運動を生み出しているのか、詳しくは解明されてないのですが、近年、このランダムな動きは、通常のブラウン運動とは異なる「超拡散」性を持つことがわかってきました。この運動の正体が分かった時、アメーバ型細胞が人間の体すべてを行き来するシミュレーションは、スーパーコンピュータしか成し得ないと思います。そして、そのシミュレーションを実際に見てみたく思いました。




すべてのプレゼンテーションが終わった後、パネルディスカッションが行われました。ディスカッションは、実際に「京」がどのように利用できるかを中心とした内容となっていました。


私も「京」は今後どのように使われるか興味があり、使い方も知りたいと思いました。皆さんが言われていた通り、「京」を運営していく人には、基本的なアプリケーションなどの情報をもっと宣伝して欲しいなと感じました。副学長がおっしゃっていたのですが、私も、大学側はユーザーとしてどうやって関わっていくか検討し、体制作りをしなければならないと感じます。

また、ハイパーコンピューティングについて教育する制度を全国に広めていくことで、「京」の持つ能力を最大限に活かす努力をしていかなければ宝の持ち腐れのように思います。


今後、「京」は多方面で使われると思いますので、その情報を自分なりにキャッチし、自分の研究でもどのような事に活かせるかを考えていかなければならないなと思いました。



~講義の概要~



 本講義では、東北地方太平洋沖地震により発生した、福島第一原子力発電所事故において活躍しているQuinceなどのレスキューロボットの歴史を解説した。

 レスキューロボットの研究が、本格的に始まったのは、兵庫県南部地震が起こったあとである。この地震における死亡率のデータを見てみると、83.9%が建物倒壊等による窒息死であった。木造のアパートが倒壊することによって挟まれたり、押しつぶされたりするという要因がほとんどであるのだ。これにより、耐震補強は見直されたのだが、ここで、工学では何ができるのかが議論された。そして、大都市大震災軽減化特別プロジェクトが発足し、この予算により、レスキューロボットの研究が始められたのである。

 最初、この文科省のプロジェクトでは、3年間かけて全員で進めていった。3年後、予算が終わり、次に、経産省(NEDO)に予算を求めた結果、3つのグループに分けて競争させるという話となった。3年後、3つのグループに中間試験を課し、判定した結果、東北大学の田所・高森グループが良いという判定となった。そして、実用機Quinceが作られたのである。3つのグループの内、亀川先生は松野グループに所属していた。松野グループは、KOHGA3と名付けたロボットを利用し、広範囲、迅速な情報収集を武器にしたネットワークシステムに力を入れた。これは、30mである無線の有効範囲を拡大するために、兄弟ロボットを用いて中継機をたくさん設置するという方法である。弟ロボットは、半自動的に動くことができ、1人でロボットを100台くらい動かすということを目標とする。





~意見・感想等~



 私も、ロボットの研究が盛んに行われているこの日本で、なぜ、原発にすぐレスキューロボットが送られなかったのか、時々疑問に思っていたが、本講義でその詳細がさらによくわかった。

 最初、原発に送られたのがPackBot、その約3ヶ月後に日本のQuinceが送られた。この3ヶ月の間、日本の学者は、Quinceを原発現場に対応できるように改造し、放射線テストやさまざまな実験を行っていたのである。このことより、始めから原発に対応したロボットが無かったことから、今回の事故が、いかに予想外の事故であったかがわかった。そして、人間はこの予想外の事象を減らすべく、早急にプロジェクトを立ち上げるなどの措置を取らければならないんだと思った。また、日本にはロボット産業があまり普及していないこともロボットが早く送られなかった所以である。日本には、ロボットを生産、供給、運用するメーカーが少なく、消防法や電波法、輸出関連などの法律の壁もあり、ロボットを実用化させることが難しい国である。ロボットの運輸が早急にできるように、ロボット産業が発展しやすい社会構成になれば良いと思った。事実、早い段階で、無人化施工機械は事故現場に投入され、津波や爆発で生じた、建屋外部の放射線レベルの高い瓦礫の除去を行うことに貢献していたのである。このように、日本の多くのロボット技術に関連する科学者や技術者は、事故直後動いていたのにも関わらず、世間にはあまり報道されなかったのが残念である。
 本講義を通して、レスキューロボットが辿ってきた歴史がよくわかった。全体的に、興味のある内容ばかりだったので楽しく聞くことができた。


研究室にいます。


大学変わって

今は岡山にある大学に通っています。


思い出してみると群馬楽しかったなーw

こっちでの生活も楽しく過ごせるように頑張りたいと思ってます。




研究とか授業とか大変だけど

これも経験だと思って頑張ってこなしていきたいと思っています。


今は後期課程行ってるんですけど

卒業するか

就職活動して仕事に就くか悩んでいます。


あー

なんかいいことないかな~(^_^)



人生がいい方向にいくといいんですけどね~(笑)

9月


1日

昨日はとくになにもやってないなー


2日

今日は合格発表で封筒が届くはずなんだけどなー

1階にポストがあるんだけど

うち3階だから確かめに行くのがめんどくさいよー

これからどっか行こっかなー

映画でも見に行こうかなー(-ω-)


今日は誕生日会とラウンドワンがあったんだけど

寝坊して行けなかったよ

遅れるといく気なくなっちゃうしお金最近ないしw


学校ももうちゃんと行ってるひともいるみたいだけど

実際今はフレックス休暇でべつに行かなくても

大丈夫なんだよね~w


来週からちょっとずつでも研究室行こっかな~


研究頑張らないといけないよねー

ホント

ガンバロ!(`・ω・´)

7月


15日

KSVって

飯沼さんのチームの練習試合するはずだったけど

いけんかった


16日

太田キャンパス学園祭の準備

1時集合

太田祭り


17日

学園祭

これダヴィンチ工房って祭りなんだけど

オレの研究室は子供たちにミニ四駆的なオモチャを

作ってもらうって出し物やった

四駆じゃなくって二駆なんだけどねw

楽しかった(・ω・)

そのあとまた太田祭り行った

で飲み会


18日

サイゼリア

ドンキ


19日

ソフバ練習


20日

富士重工


21日

なにやったっけ?


22日

イオン

ドンキ

飲み会

岩田さんに研究室のみんなで食事しよって

誘われたけど行けなかった


23日

ソフバ練習試合

大泉遊ってチームに

ユニクロの千尋さんが誘われて行くことになった

19時すぎに富士重工に集合して大泉の北小学校に行った


24日

ソフバの大会

ファミマに7時半集合

3位の部で優勝することができたw

その後岸さんちで飲み会

楽しかった


25日

研究室行った?


26日

研究室


27日

研究室


28日

研究室


29日

オートバックスで1日車検

10万ちょっとかかった

学校に台車で行って7時に取りにいった


30日

11時に学校にいって

先生と研究の話しをした


31日

全国社会人9人制東ブロック大会

雄飛荘6時半集合

ちょっとうとうとして

寝ないまま集合時間に

体最初動かんかったけど

じょじょに動くようになって

なんとか試合に貢献できた

7チーム中2位になれた

準優勝したから北海道の全国大会に出れることになった






8月


1日

10時起きで学校に到着

1時に集合で

高速使って2時に到着ミーティングやった

場所は前と一緒で老年病研究所付属病院

つかれたw


2日

後輩が東京医科歯科大学を受けたらしい


3日

研究計画書を完成させた

次の日見せに行くと先生に伝えた

どういう風に書けばいいか聞いたけど

やっぱ書いた文章がないと口出しはできないって

そりゃ普通かw


4日

前に行けなかった食事会に

岩田さんがまた誘ってくれた

食事のあとに研究計画書を見てもらった


5日

せんばこ花火大会に行った


6日

桐生祭り


7日

オムライス作った


8日

先生とミーティング

の前に研究計画書の訂正したやつを書いた


9日

実家岡山に帰省


10日

願書を岡山大学に提出しに行く

イオン

トランスフォーマー見た

この日は研究室の夏休み開始ミーティングが

あったんだけど

直接提出するために実家に帰っていいよ

って先生に言われたから出なかった


11日

阪急電車読み終わった


12日

西野カナが倉敷にくるってことで

コンサート会場に見に行ったら

当日券が丁度4枚あまってたんで

家族みんなで見ることにした

まさか余ってるなんて思ってなかったから驚いたw

満足満足!

この日は研究室OB参加の毎年恒例BBQ

があったけど出れなかった


13日

後輩から電話きた


14日

なにやったっけ?


15日

夜走った


16日

イオン行った


17日

なにやったっけ?


18日

岡山大学の教授からメールきて

そのあと電話がかかってきた

20分ほどパワーポイントでの説明をお願いしますとのこと

あせってすぐにパソコン買いにいったw

実家にはパソコンなかったからw

であと試験日は23じゃなくて26に変更になった


19日~25日

パワポ作りと勉強


22日

友達とガストと温泉に行った


26日

16時40分に来てといわれて

17時から30分程度の試験

だったけど

パワーポイントで20分程度説明したあと

20分くらい質疑応答

結構延長したねー

ちゃんと説明出来ない部分もあったけど

なんとか終えることができて

ちょっと外に出ていてもらえますか?

といわれて

また部屋の中に戻されて

一応合格ということにしておきますって言われたw

やっほい!(・∀・)

でもまだ封筒が届いておらず

受かってるかわからないのでなにもいえないw


27日

試合もあることなので

早急に群馬に帰ることとなって

帰った


28日

越谷イオン


29日

東京いっとった


30日

桐生いった


31日

日本最大級のツタヤいった!(・∀・)