私に起こることが

すべて自分のためだったら?

 

実際、そうなのです

 

 

よって

自分に起こることは

すべて

ポジティブに捉えてもよいのです

 

 

世界は「私」を中心に回っています

 

人の数だけ中心が存在し

人の数だけ世界が存在しています

 

分かり合えることが

一番の理想ですが

もし分かり合えなければ

それは世界が違うだけで

ある意味当然なこと

 

だから

それぞれの自分の世界で輝けばいい

 

そうすれば

同じ輝きの個と出会うことができるでしょう

 

誰かに理解を求める必要はなく

この世の法則に

すでに理解されているので

大丈夫です

 

 

「私」の世界以外で

我慢する必要はありません

 

まずは自分の世界を確立して

他の世界を見るの

おすすめです

 

 

各個は

丸であるべきで

別のものに引っ張られたり

ちぎられたりすると

世界がゆがみ

苦しくなります

 

よって各個が丸を確立し

お互いの世界で接するのもおすすめです

 

 

@(*・ω・*)ポッ

 

 

各個人は尊重されるべきで

それぞれに幸せで在る権利があります

 

全ての人の幸せが成り立つには

すべての個が

例えて言えば

重なることなく

ぴったりとはまることが必要で

これは可能です

 

それには

「私」以外の人に煩うことなく

各個がそれぞれを確立し

お互いを尊重することが大切です

 

 

 

 

☆ちなみに

悟りの道では

この個の枠・丸を取っ払います

 

結果的に取っ払われている状態となっている

という言葉が近いかもですが

 

 

個が崩れていくと

不安と恐怖が起こります

 

そして「私」が無くなる気がしますし

実際、最終的には無くなります

 

 

ひたすら実践を行うと

実践そのものになっていくため

この時

個の枠が取っ払われていきます

 

今まで存在していた個が

無くなるということは

それまで慣れていた環境とは違ってくる

ということになるので

「私」は不安になり

抵抗し始めます

 

しかし「私」の不安に負けてはいけない

 

なぜなら

その「私」の声は

個の声だからです

 

個を突破するなら

個の声は聞いてはいけないし

影響されてもいけない

 

しかし個の声は強烈です

それは命がけの声です

なぜなら個が消滅しようとするからです

 

それに負けずに進む

 

個の声は

例えて言えば

激流と言えるものです

 

 

 

 

悟りと

人としての幸せ

は別方向なので

らぴ。のブログにおいて

書いていることに矛盾を感じるかもしれません

 

ブログでは両方について

書いているからです

 

今回の記事は

初めは

人としての幸せについて

 

☆ちなみに

 

からが悟りについてです

 

しかし人としての幸せも

極めていくと

最終的に悟りの道になります

 

極める

ということがどういうことか

を知っていれば

納得できるはずです

 

ネットで調べました

 

きわ・めるきはめる【極・窮・究】

 

① 極限にまで達せさせる。 物事を果てまで押し詰める。 

  この上なしの所まで至らせる。

② 終わらせる。

 

 

ちなみに

人としての幸せとは

「私」の幸せ

 

悟りは

その「私」の消滅

 

だから反対方向なのです

 

 

「私」が無くなれば

「私」を中心とした世界も消えます

 

そして例えて言えば

「私」を中心としない

別世界となります