生まれた時は自我が無いことが多く

 

大きくなるにしたがって

自我が発達していきます

 

なぜ自我が発達するのでしょうか

 

それは

すでに地球に存在している人たちが

自我のある状態で在り

その世界で生きていくためには

自我が必要だからです

 

よって地球で生きていくために

先輩である自我のある人たちから学ぶため

徐々に自我が発達していくのでした

 

 

自我があるおかげで

地球は発展しました

 

人はいろいろなものを創造し

そして破壊もしてきました

 

そしてさらに創造し続けます

 

 

人は

地球の自然の存在の一つであり

地球上の動きの一部なのでした

 

自我の存在は

地球の存在と共に生きるためであり

地球に存在することは

自我のある状態を経験する

ということなのですね

 

 

地球では

天に浮かんでいるのではなく

地に足をつけて存在しています

 

人の体は

地球以外で生きることはできません

 

反対に

体が無ければ

地球に存在できません

 

 

せっかく生まれてこられたのだから

(これ、かなりの奇跡!)

地球をしっかり生きましょう

 

地球でしっかりと

自我を生きたなら

地球を卒業できますよ

 

 

 

地球で生きるには

地面に足をつけて生きることが大切です

 

人は体がある場合

天に向かって上昇することは

できません

 

よって

地面に足をつけて生きること

が大切です

人の体はそのようにできています

 

 

それに逆らったのが

らぴ。の実践でした

 

頭頂を突破し

自我が無くなったからです

 

そして自我が無くなって

しばらくして

頭頂のさらなる先の実践をしてみたのですが

 

まぁ、そこを超えると

体は生きていられないでしょう

という状態となり

それ以上はやめました

 

 

らぴ。は体をもって

地球で生きることにしています

 

地球には

大切な人たちが存在しているからです

 

 

地球に存在したくても

存在できない存在がいる中で

地球に生きているだけで

恵まれているのです

 

 

@(*・ω・*)ポッ

 

 

 

たとえ話です

 

 

神は人になって

いろいろな思いを

たくさん経験したいと思っていました

 

笑ったり泣いたり

心豊かに存在する人々になりたい

と思っていました

 

しかし神は

どうやっても人になることができないのです

 

よって神は

人に嫉妬する存在となりました

 

神はあれやこれやで

人を誘惑します

 

実は神の祝福も度を超えると

神を頼るようにしてしまうものでした

 

 

 

確かに神の存在は素晴らしいけど

 

同じく人も素晴らしい

 

神に支配されたり

神に頼ってしまう状態より

神と共に生きることを選択する方が

地球をより素晴らしく生きることができますよ

 

 

 

人が想像できる奇跡というものは

実際は必要無いです

 

常に奇跡が起こっていますが

当たり前すぎて

気付けていないだけです

 

 

生きているだけで奇跡であり

この完璧な地球が存在して

そこに存在すること自体

奇跡なのです

 

人は常に奇跡です

 

自覚はできないかもしれません

 

しかしその自覚が無いということが

すばらしいのです

 

なぜなら

その点に関しては

悟りの状態と同じ

と例えられます

 

奇跡そのものなので

奇跡を経験できないのですよ

奇跡を自覚することができない

 

在るだけで奇跡なのです