らぴ。が至って10年となりました

(2013.5.13に至りました)

 

自分がそれまで望んでいた状態

に至って10年です

 

 

今までのことや今の状態を言葉にし

書いてきましたが

 

この状態が一体どういうものか

 

言葉に現わしきれておりません

 

 

ただ言葉にすると

 

私はそれまで望んでいた状態になったこと

=願望達成

 

ただし、それは予想外のことで

達成されたこと

=想像を超えていたということ

=だれにも想像出来ない状態であること

 

私が実践してきた内容や

私の生き方

 

100%善で行動したこと

 

 

これは証明する必要がなく

それでいて間違いありません

 

 

 

今の私の状態は

それまでいろいろ実践していた時と比べて

明らかに違っています

 

何かの動作をするときに

努力が必要なくなったこと

それでいて全く無意識ではないこと

 

自分の行動を遮るものや

思いとかが無くなったこと

 

私がそうすると決めそう行動する

と言った流れが無くなり

行動が直結しているため

何をしても早くなったこと

 

「私がそうすると決めそう行動する」という流れは

皆様気づいていないかもですが

日常、そのようにされています

 

だからこそ

「めんどくさいなぁ」と

思うことがあるのです

 

しなければならないことがあって

しかし、めんどうくさいとか

したくないと思う私がいて

なかなか行動できないのは

そういう流れがあるからなのです

 

例えて言えば、ですが

私には

めんどうくさい

ということが全くありません

 

よって思いは

一般的には

行動のきっかけにもなるが

(というか、行動には思いが必要)

行動の邪魔にもなるんだなとわかります

 

私はそれがない

思いが無いし、思う必要もない

行動に思いが必要ない

といった感じです

 

よって苦を生み出す思いも無い

 

 

ちなみに

「思いました」

とブログで表現する時

私は思っていないのですが

=思う私がいないのですが

「思いました」と書くと

一般的に

「らぴ。はそう思ったんだなぁ」って捉えると思います

 

私の場合の

「思う」や「わかる」などの言葉、表現は

「私は思う」「私はわかる」

という意味ではない

「思う」や「わかる」なのですが

 

言葉は読む人の状態が反映され

ありのままには伝わらないのですね

 

普通の方は「思う」や「わかる」は

「私がそう思ったりわかったりする」のが当然

であることが前提だからです

 

それが言葉の限界であるのですが

それでも言葉ってすごいです

 

 

 

この最近は

胸まで落ちており

心臓が脈打っています

 

体をもって存在する

と決めた時から

そのようになったのかな?

 

分からないのですが

 

体が無くなる方向にもっていかない

と決めたために

その方向になっているみたいです

 

言葉ってすごいのですよ

 

例えて言えばスイッチのようなもの

 

 

言葉一つで

それを叶えるために

総動員でそこに向かっていくようなのです

 

 

日本に生まれて

日本語を使い

その日本語に影響されて生きていました

 

その名残があって

言葉一つでまるで魔法のように

努力することなく

コントロールも必要なく

そうなるのでした

 

不思議だ、、、、

 

 

この世の中は不思議がいっぱい

 

世は人の数だけあり

それぞれの世はその人のために存在していると言っても

過言ではないです

 

そして言葉の力を知り

適切に使用していただけたら

世は変わるでしょう!!

=自分自身が変わっています

 

幸せになるのにためらう必要はない

 

自分が幸せになることによって

誰かが不幸になるなんてありません

 

それぞれは

自分が思う世を経験しているだけであって

他の人の世に自分に責任はない

 

(ただ幼い子供に対しては

大人は責任があります。

責任をもって善により助け、守り

導いてあげてください)

 

 

幸せを選択すれば

全世界がそれを叶えるために

動いてくれるでしょう

 

困ったことは必然と無くなります

 

しかし、達成に時間がかかることはありますから

あきらめず

言葉にし、そのように行動しましょう。

 

(世の変化に時間がかかるのには理由があります。

言葉で瞬時に変わる世であれば

いろんな思いを浮かべる人間にとっては

困ったことになるからです

すぐに叶わないことは

ある意味、いいことなのです。

少しの雑念が、その都度叶ったら

大変なことになってしまいますからね

余談ですが激流時は

思ったことがすぐに現実になる状態です。

ほんのわずかな雑念もそれを引き起こすため

雑念を消す必要があります

いかに集中できるかがカギとなります

しかし、本物の激流は

誰もが起こせるわけではありません)

 

 

 

ちなみにかつての激流において使った言葉

「大丈夫」は

消えそうな私を保っていてくれる役目として

活躍してくれました

 

たった一言

「大丈夫」

これだけで例えて言えば

力を呼び起こすことができるのです

 

大丈夫という言葉によって

実践し続けることができ

ついに一部が消え去ってはしまうのですが

そのギリギリまで実践できたのは

「大丈夫」のおかげですね

 

神すらも必要なく

ただ自分の思い起こす

「大丈夫」の言葉だけ

 

それも口に発したわけではなく

そう思っただけです

 

この「大丈夫」も

自我がほんとに消滅する最後の時は

使いませんでしたが

日常で生きる場合、

言葉は大きな力を発します

 

これって誰もが使える技ですね

 

 

ちなみに最後の激流で

「大丈夫」がなぜ使えなかったかというと

「大丈夫」と思うことで

どんなわずかな思いでもあると

集中が分散してしまうからでした

99.99%ではだめで

まちがいなく100%の集中が必須でした

 

余談ですが眉間の実践時は

途中、私が消えそうになる時に

自分を奮い立たせるため

「大丈夫」という言葉を使いましたが

一部が消滅する最後の時は

全集中となっていたため

「大丈夫」は使っていません

ってか使っている状態では全集中できていないです

言葉は力となりますが

最後は自分の力のみです

 

 

 

これは誰もが経験することだと思うのですが

「大丈夫」と言う時は

不安があります

 

ほんとに大丈夫な時は

「大丈夫」と思う必要がなく

そもそも思うこともないですからね

 

しかし心があちらこちらに行く日常において

言葉によって

適切な位置に引き戻すことができますよ

 

ちなみに言葉によって

即、効果が出るのは

言葉を発する自分に対してです

 

気づかないかもですが

言葉によって

瞬時に影響を受けていますよ

 

ただいろいろ日常で煩うことがあった場合

言葉による影響は

すぐには感じられないかもしれません

 

なぜなら煩う気持ちがあるからです

 

そんな時は根気強く

自分の望む状態である言葉を使いましょう

 

思うだけでもよいですが

言葉として発すると

効果が高いかもしれません

 

 

ちなみに私も

言葉の恩恵を受けられているのは

体があるためです

 

体が無ければ

言葉も必要ないのですが

体の存在を選択したため

言葉の恩恵が体にあります

 

 

皆様ととともに

言葉と共に

 

これからもどうぞ

よろしくお願いいたします!

 

 

心地よく幸せになれる

言葉を使いましょう!

 

行きましょう!

生きましょう!!

 

 

 

おすすめの言葉

 

 

大丈夫

 

 

かな、今のところ

 

 

(愛という言葉は

実践時、ほとんど使っていませんでしたが

日常、幸せであるために

善い言葉だと思います)