今日は窓掃除をしていました。

 

1階の窓掃除をしているときのことです。突然小さなかわいい声で話しかけられました。

ランドセルを背負った小さな男の子でした。

聞くと、何故かお母さんが居なくて家に入れないというのです。

その子は少し泣いていました。

 

私は子どもに慣れていないので、どうしたら良いか分からず、

とりあえず家に招き入れて、謎の会話をしました。

たぶん、間違った行動だと思います…。

誘拐未遂だし、家に帰ったら彼はお母さんに怒られるでしょう。

 

数分でその子は友だちの家に行きましたが、私は心配で、家の中をうろうろしまし、

窓の外を何度も確認しました。

 

その子がとても可愛かったし、帰ってしまったことが悲しかったのです。

 

 

ジンジャーブレッドマン    ジンジャーブレッドマン    ジンジャーブレッドマン

 

 

私は思いました。

もし人が子どもを産んだら、その子ども達は一箇所に集められて、

そこで完全に平等に教育を受けられたら。愛されたら。

親の経済力や度量に関係なく。

 

手先が器用な子は執刀医になり、

ジャンプ力がすごい子はフィギュアスケーターになる。

誰もが称えられて育つ。もっといい世の中になる。

 

そして大人たちも、出産したかどうかに関わらず、

子どもと触れ合うことができるようにする。

「私の子ども」という概念がなくなり、

子どもが生まれなかった人も、寂しい思いをしない。

 

時間が出来たら、くじで当たった子どもと一日限りで遊ぶ。

どんな子どもかは、選べない。

でも、どんな子どもでも、平等に愛さなければならない。

 

 

ジンジャーブレッドマン    ジンジャーブレッドマン    ジンジャーブレッドマン

 

 

……そんな社会が来ればいいな、と思いました。

 

でも本当は、完全な形でなくても、

そういう社会は、既にちょっとだけ、実現しちゃっているのです。

 

それは、私が意識を変えればすぐに起こります。

「自分が産んでいない子どもを、自分の子どものように愛する。」

 

 

ただ、それだけで。

幸せな気分になれるのです。

 

 

 

先日、私の大好きな大好きなスポーツ選手が引退しました。

このブログが始まった頃から応援し続けていたので、とても衝撃で、

今でも涙が出てきます。

 

その引退会見を観ていて思ったことは、

 

苦労や悲しみを、表情や言葉で表現することは、ほんとうは恥なんだということです。

 

 

 

 

 

 

今日が100%幸せ。

誰が何と思おうとね。

 

そうやって、いつも笑顔でいたいのです。

 

 

 

 

最近あることで悩んでいて、インターネットで他の人はどうしているか調べてみたところ、

やっぱり、いろんな意見がありました。

 

「そんなことで悩むのはおかしい」

「いや、そう思うのはもっともだ」

 

流れ星       流れ星       流れ星

 

一番衝撃的だったのは、

 

「私たちはマイノリティだから、我慢するしかない」

 

という言葉でした。

 

とても驚きました。

 

何だかとても見放されたような…

 

でも、自分はマジョリティだ、なんて思うこと、本当は恥ずかしいですね。

 

人はみんな何かが出来ない。

どこかが弱い。

 

全部揃っている人なんて、いない。

 

 

キラキラ       キラキラ       キラキラ

 

 

私は、この未完成な自分と、未完成な人生をそのまま受け入れ、

それを楽しむことができるようになりたい。