ヒエラルキーの起源 | リアルプレゼント (悩みを生きる強さにするブログ)

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ヒエラルキーは、何のためにあるのか。それは、権力者が力を持とうとするためだけにあるのでは決してありません。
むしろヒエラルキーは、組織の向上のためにある。組織全体がうまく働いて豊かになるためにあると言えます。
太古の昔からヒエラルキーの頂点に立つ者はいました。その人たちがなぜ組織の頂点に立つことができたのか、それを調べると、神(あるいは「天」)から人々を導いて行く役割をおおせつかった者であるから、というのが権威の根拠とされていたことがわかります。
つまり、神の代行者として民衆を正しく立派に導くという使命を授かって産まれているのだから、人々を導ける能力や資格があるということです。
だから、民衆に支えられた王権が人々を導くことになる。
この太古のヒエラルキーにある構図は、一方的な権力の行使や単なる権威主義の擁護ではなく、むしろ社会全体の良好な循環と発展に関心が向けられている。
実際、組織の力の源は、ヒエラルキーの底辺に広がって行く民衆の力です。
権力者は、決して権力だけを持つことはできず、それを支える者たちの協力を取りつける者でなければならない。
それができなければ、下から権力を否定されるのです。
そして、ヒエラルキーを支える民衆からの支持が得られない権威者たちは、消えて行きました。
圧制や暴力で民衆を支配していた組織勢力は、現代なら誰でも知っているように、のきなみ消えていっています。
誰だって、力で無理やりいうことをきかされたり、自分の権利を認めない人からの搾取を許したくはありません。
だから、本来なら正しく導くはずの民衆を裏切り、その希望を踏みにじって来た人たちは、民衆自身の、それはヒエラルキー自身からの反逆を自ら受けることになるのです。
ヒエラルキーの頂点に立っていながら、自身を支える者たちをないがしろにするのなら、その特権を認められなくなるのは当然のことです。
では、ヒエラルキーの権威には意味がないのかというと、そうではない。
権威や権力というのは、組織を動かすための秩序や規律をもたらすためには必要な構造です。
ヒエラルキーの権力争いというのは、この権力階層の奪い合いや勢力図の問題としてある。
やはり、高い位置で権力を持っている者ほど、より優遇された位置づけを得ることができるからです。
しかし、組織自身からすれば、組織の秩序は組織のためにある。
つまり、正しい秩序をもたらしてくれる者がいればいいのであって、誰か特定の権力者である必要はない。
それが、能力や資格のない者であるなら、なおさら認めることはできないことになる。
ただし、組織が求められている秩序のあり方にとっては、権力者からの強い指示は必要になる。
国と国、組織と組織の間に起こる競争や争いごとなどは、民衆にはできない組織力の強化をもって立ち向かうしかない。
そうした場合、強いリーダーシップや統率力が、窮状を越える鍵となったり、結果を左右する原動力ともなる。
そういう権威は、組織が必要としているものと言えます。
しかし、私利私欲が権力欲に走るようなものは、ヒエラルキーの一番醜く未熟な面を表しているため、とても擁護はできない。
たとえ、「人のため」という言い分は持ち出せても、やっていることを見れば私利私欲はバレて来る。
その点、誰が何をやっているのかの一貫性は、力学の流れで見るのが一番です。
いわば、責任能力が見せる正体です。
ヒエラルキーの意味が、組織の正しい運用にあることは、歴史に学んでも明らかだと思いますし、組織そのもののあり方にとっても正しいということが言える。
それは、現代の一般的ヒエラルキーである民主主義であっても、組織運営のための構図は何も変わらない。
国民の信託による権威は、国民によりもたらされたもので、その権力は国民の代表者として持つものであり、国政の利益は国民が受ける。
ようは、ヒエラルキーの持つ意味は、昔から変わっていないのです。
ヒエラルキーの起源は、組織運営のための力学が必要であったところにある。
だから、ヒエラルキーの力学が意味するものは、太古の昔から現代に至るまで、実は一つなのです。
組織をより正しい意味で働かせるために、ヒエラルキーはある。
だから、ただの権力志向のたどり着く温床であるかのように見るのは間違いであり、それをする者は、自分が何をしているのかを知らないのです。
人は社会に接して生きているので、権力欲を持たない人はいないのです。
しかし、自分の力を実際以上に思いたくて「誰のおかげだと思ってる!?」などの間違った権威主義は、私利私欲の産物に過ぎない。
「オレのおかげでオマエは仕事ができているんだろ!」などの言い方をする人はいます。
社会の権威を借りて、自分が人の上に立ったと思いたいのでしょう。
本当なら、社会の中で大切な役割を託されているのは自分のことだと気づかなければならない。
一人ひとりがそうだということです。
無論、現実には腐敗した権力主義者たちの温床があったことはいくらもある。
その安易な間違いにはまる者はやはり出て来ると思います。
そして、ヒエラルキーの力を正しく働かせるには、実にヒエラルキー自身の知恵と力がいるということが、ここまで見て来たことの結果であったと思います。
それだからこそ、逆ピラミッドによるヒエラルキーの優しい循環的制御が必要になって来ると思うのです。