久々の美術館 | フィレンツェ暮らしアレコレ

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フィレンツェの中心街から郊外に移り住んでマッタリのんびり?
そんな日々の生活の中で気付いたこと感じたことなど

こんにちは。
昨日久々に再開した美術館へ行ってきました。

開館が許されたとはいえ、再開が義務付けられているわけでもなく、長期閉館が続いた後なので再開に際していろいろチェックや準備も必要なのか、ウフィツィ美術館もサン・マルコ美術館、アカデミア(2/13再開と告知済み)も営業しておらず、営業ているはずの市立のバルディーニも閉まっていました。
今日、ツーリストインフォメーションから流れてきた営業している美術館は

去年の春、ロックダウン前に個人的に見学したのもバルジェッロ、そして今回のレッドゾーン開け最初の見学もバルジェッロとなり、ご縁を感じてしまうとともに、修復工事中ながら頑張って見学者を受け入れてくださってありがたいです。

大聖堂のクーポラの設計監督のブルネッレスキのブロンズ作品。
イサクの生贄

此方がロレンツォ ギベルティの同タイトルの作品

1401年の洗礼堂の扉の受注コンクールの作品です。

ギベルティはコンクール選考委員や有力者にアドバイスを請うなど根回しをしており、ギベルティが選出されることが半ば予定されていたという説もあります。
作品の品評の結果甲乙つけがたい2人に共同制作を打診したところ、ブルネッレスキが共同を嫌い辞退したという。

今もその620年昔のコンクール作品をこうして見比べることができるのは素晴らしいことだなと感動します。


此方もフィレンツェ初期ルネサンスに当たるアントニオ ロッセリーノの作品。
テラコッタで整形した浮き彫りに彩色した作品です。
マリア様の顔立ちも天使たちや洗礼者ヨハネ、赤ちゃんのキリスト、それぞれ作家のインスピレーションになったモデルがいたのだろうなと感じさせる個性があって現代的な印象を受けます。

そして神の世界と下々の人間の世界とくっきり分かれていた1200年代のピサの画家、エンリコ テディチェによって描かれた聖母子

この時代の聖母マリアにしては目元が母親らしい優しさが出ていると思います。
キリストは赤ちゃんでも威厳に満ちていて8頭身です。

バルジェッロは基本的には6世紀ごろから中世、ルネサンス、バロックまでの彫刻、工芸品、武具などが展示されているのですけれど、ジョット工房の最後の作品の、ダンテも描きこまれているチャペルのフレスコ画もあります。(残念ながら修復工事でこの日、見ることができませんでした)
建物自体が1255年のフィレンツェで最初の公共建築物という建物自体博物館なのです。
修復が終わって全館見学可能になる日が待ち遠しいです。