ブログというのは始まりが肝心だと聞きました。ともかくなんでもいいからコンスタントに更新しなさい、と(笑)もうできていない……
ご挨拶を差し置けば初投稿になるということで色々考えたんですけれど「役者 神谷浩史」さんについて、ヤマもオチもなく書こうかなと。きちんとお話しするのはこれが初めてかと思います。
今や声優さんのお仕事も多岐に渡り、専門職として裏に徹するという先人の敷いたそのレールを歩みながらも、時代のニーズの変遷にさらされる世代に位置する神谷さんを応援していると、たくさんの側面を見られますよね。役者、ナレーター、ラジオパーソナリティ、アーティスト。他にもたくさん。数ある魅力的な姿から、たった1つ選べと言われたら私は迷いなく役者たる神谷さんを選びます。
そんなことを言いながらも、実は私が神谷さんの声に惚れたのはとあるラジオ番組からでした。元々はアニメオタクではなかったということです。これについては、いつか具にお話できたら。
紆余曲折ありまして、私が神谷さんを認識してアニメーションを見始めたのは『月詠』…だと思っていたんですが、きちんと思い出してみたら『ウルトラマニアック』も見ていた気がするので実はこの辺とても曖昧……再放送とかかな。
〝愛〟のひと
役者神谷浩史さんを語る上では、物語シリーズを入り口にすれば分かりやすいです。暦といえば、原作を読んだ途端、暦の声が彼の頭の中に響いた唯一の役ですよね。きっと、神谷さんからこんな台詞を聞かせてもらえる役は後にも先にも現れないのだろうと思います。思えば化物語が始まった当時、先駆けて放送していたシャフト制作『さよなら絶望先生』で望の声を担当していた神谷さんを、新房監督が尚も選出した理由が明かされていたインタビューがありました。「暦は神谷さんしか考えられなかった」と。暦の立ち位置は簡単に言えばギャルゲーの主人公で、彼はまず受け取り手に愛されなければならない。そこで、神谷さんの芝居は「嫌われない」のだと語られていて、ここまで言わしめる神谷さんの力量に改めて感銘を受けると同時に、納得もしたのをよく覚えています。
彼の芝居は嫌われない。もちろん、人には好き嫌いも向き不向きもありますから、ここから一個人のお話です。神谷さんは役を客観的に見て、欠点を見つけても決して投げ出さず、手を引くことをやめない方なんですよね。『Heaven's Feel』で彼の心情がやっと、やっと明瞭に表されていましたが、慎二がただの嫌な奴ではないということは実は案外と認識として浸透していなかったんです。そんな中、映画化にあたって彼は台本を見た時「やっと慎二が報われる日が来る」と思ったのだそうです。これを聞いた時、慎二のファンを愛で凌駕したと震えたものですが、中でも私が好きだなあと思ったのは、慎二と向き合った時に神谷さんの感性では理解はできても感情移入できない部分、そこを『愛嬌』と呼んだことですね。その世界で生きる役が愛されるにはまず自分が愛してあげなければならない、とそこから入っていく神谷さんがどうしようもなく好きで。
臨也に関しては、忘れられないのが「自分がこの役をやったら絶対に面白くできる」と言ってのけたこと。指名だろうがオーディションだろうが、役とコンタクトを取るのにまずは冷静であろうとする彼がこんなにも前のめりに、闘志にも似た感情を持っていたことが堪らなくいい。しばらくはもう会えないであろう臨也に向けた、あの言葉もそれが愛からくるものならば得心以外の何物でもないです。
ここに共通する「愛されてほしい」という熱意の強さ、これが役者たる神谷さんの素晴らしい感覚の1つだと思います。だからこそ、どんなに嫌な役でもどんなに悪い役でも『共感』という形を通して、愛すべきキャラクターに仕立て上げてくれるという信頼があります。短いクールなこともあり、役目を終えればすぐさま現実世界に放たれるような世界で、ひとつひとつの人生を慈しむ姿が好きです。
一番の理解者
再び入り口に戻して。阿良々木暦といえば、役作りが衝撃的ですよね。西尾維新先生の描く、あの世界観を原作を読んで一言一句台本と照らし合わせる作業。原作の持つニュアンスを音で表すにあたって、総合芸術をつくる歯車の1つとして行うにしてはあまりにも高等で。といっても、アプローチの方法は現場によって違うようで、たとえば『夏目友人帳』に関しては先の原作は読まずにアニメ台本のみで役作りをするなど、様々です。そして、今まで数えきれぬほどの役の人生を負ってきた彼の役へのアプローチ、全く同じものを今まで一度も見たことがないのです。まるで現実世界との語らいと同じように、その命を尊重する神谷さんの思想が私はとても好きです。
精神の根底を揺さぶる技量
ここからは技術的な話になるのですが、私はいつも神谷さんのお芝居の好きなところには「叫び」「息遣い」「感情飛躍」「無音状態の間の取り方」を挙げます。
叫びについては、最近の作品だととにかく『傷物語』と進撃OVA『悔いなき選択』を見てもらうに限るなと。傷物語は舞台挨拶で神谷さんがおっしゃっていた通り「吸血鬼の肺活量」で繰り広げられる叫び。言葉で表すには壮絶すぎるので百聞より一見。ぜひ見ていただきたいです。無茶苦茶にとっ散らかった身も世もない叫び、神谷さんがいかにして人間を超越するのか。私は劇場で拝見したのですが、観終えたあと強烈な虚無感に襲われるほどの濃密な時間でした。
『悔いなき選択』については、リヴァイの人間らしい錯乱を描いたシーンですが、まさに命を削っているような描写だったなと。
叫びにもいろいろありますが、主に〝精神崩壊〟をみせる際の神谷さんの叫びはどれだけ荒れていても美しいのでぜひ。
息遣いについては、表現技法の中でも私がとても好きな部分です。例を出すとキリがないのですが、近いものだと『夜は短し歩けよ乙女』。ボイスチェンジャーを使わずとも女声を表現してみせたことで話題になりましたが、単に音に女性っぽく聞かせようと高低差をつけるのではなく、呼吸法から女性のそれに変えていたところが業だなと。息を吸った瞬間から性を分かつような音の響きが心に引っかかって仕方がないのです。音声メディアでいうと、BL耐性がない方は申し訳ないのですが『罪の褥も濡れる夜』。この手のCDは数多く出版されていますが、神谷さんのお芝居を語るのにこの作品はどうしても外せません。神谷さん演じる冬貴は異質な家の生まれで、他の人間とは一線を画した存在。禍々しいその浮世離れしたさまを表現する神谷さんの声は他のどこでも聞けないものです。残酷さと無垢さ、禍々しさと美しさ、二律背反の漠然とした妖しさをたったひとつの息遣いで魅せてくれます。「ん」と返事をするシーンが多々あるのですが、文字で書いてわかる通りそれが単なる肯定なのか、迷いがあるのか、察しろ、と投げているのか。膨大なバリエーションがある中で、全てを演じ分ける箇所もおすすめです。無垢が故に畏怖と映る。本能を揺さぶってくれる作品です。生気を奪い取られるのであまり回数をこなせないのですが(笑)
感情飛躍については叫びの項を参照いただくこととして、「間」です。神谷さんは間の取り方が独特ですが、これが絶妙なんですよね。神谷さんの魅せる空間的お芝居、視覚情報がなくても奥行きが見えるのはここにあるのかなと思います。『舟を編む』において西岡さんが辞書編集部の面々に、部署を異動することを告白する場面がありますが、あの間合いの取り方がとにかく好きで。いつも通りを装おうとする痛々しさを描く中で、ここにいる理由を提示された彼の揺れ動く感情を汲み取り、視聴側が共感するのに十分な間を作画と神谷さんの呼吸が作り出していました。他にも数えきれぬほどこの作品には素晴らしい表現があるので、また見返したいなあ。
奏でる楽器
なんと言っても神谷さんの真骨頂は役が〝憑依〟する瞬間です。アニメーションのイベントでも生アフレコが行われたり、朗読劇としてリーディングライブが行われたりしますが、あの時にいつも私が心を掴まれるのがその〝憑依〟です。役の中に流れる時間、その人生を生きるにあたって役を取り込むのではなく、体を明け渡して実態のない役を生かしているような、別人格を宿らせる役者さんだなと。
近い話だと、1月の頭に夏目友人帳のSOUND THEATREに行ってきたのですが、あの時の第一声までの時間が忘れられないのです。オーケストラによる生演奏が流れ、客席が十分夏目の世界に浸ったあと、すぅっと響いた息吹はあの有名な「小さい頃から時々、変なものを見た」を音にするまでのモーションだったのですが、その瞬間神谷さんの実体が〝消え〟てそこに夏目貴志が見えたんですよね。ステージ上から神谷さんの姿が知覚できなくなる、あれは堪らないものがあります。リーディングライブもまた然り。
話がとっ散らかって何が言いたいのかわからなくなってしまいましたが、兎にも角にも役者神谷浩史さんを知らなければ損だぞと(あれ、これが言いたかったんだっけ?)。
まっすぐに、どこまでも正直に。
どの瞬間も役者の冠を下ろさない、いっそ不器用なほどの職人気質。陽の当たらぬマイク前という戦場に立ち、誤魔化すことも後ずさることもなく、背筋を伸ばして立つ神谷さん。そんなひとだったからこそ、夢見ていたガンダム乗りになり、憧れのヒーローになれたのでしょう。〝生涯現役〟の夢を見据え、経験と矜持という名の糧を足元に重ねてはその道中で見つけた志を叶えていく姿を見られたこと、声優をやっていて良かったという言葉が聞けたこと。どれもこれもファン冥利に尽きる瞬間です。
いつだって携わるものに誠実であろうとする素晴らしい役者さんをこれからも。
次の更新は博多豚骨ラーメンズの話をします(なんで?)。