面談のために学校へ。
絶対にG先生に止められると思っていたけれど、意外とそんなことはなかった。

僕の、この無謀とも言うべき挑戦に対して、「絶対無理だからやめろ」とか「現実を見ろ」とか言う人が、不思議なことに、一人も居ない。
誰もが、可能性が低いことを承知しながら、応援してくれている。めちゃくちゃありがたいし、嬉しい。僕は本当に幸せな人間だと思う。
願書は今日全て書いた。お金の振り込みが終わったら、あとは送るだけ。

駄目かもしれないと思いながら勉強していると、本当に駄目なまま終わってしまう。
だから、残りの時間は、余計なことは考えずに、周りのことは気にせずに、ただひたすらに勉強をする。
考え得る限り、丈夫な安全ネットは張ってあるわけだから、あとは、全力で突っ込むだけ。








今日も彼らは部活をしていた。一日、自主練なのだろう。

当初は、顔を出す気はなかったのだけど、諸事情あって、久しぶりに合奏室へ入った。
久しぶりに後輩たちの姿を間近で見、話した。

……やっぱり、学校の中で一番落ち着くのは、あの空間なのだ。それを、強く実感した。
コンクール曲のこととか、先週日曜のこととか、会ったら聞きたいことが色々あったはずなのに、彼らの顔を見た瞬間にそういうものが全部吹っ飛んでしまった。
彼らは何も変わっていなかった。もちろん、技術的、人間的には成長したことと思う。しかし、あの和やかさは、何も変わっていなかった。彼らは、変わらず、優しかった。
ただ、そこにいて、顔を見て、声を聞いて、僕はそれだけで満足してしまった。あぁ、まったく、もったいないことをした。


まぁ、でも……今は、それでいいか。全てが終わったら、僕にも少しは余裕ができるだろう。






意外にも背中を押されて受験校を決め、卒業まで絶対に入ることはないと思っていた合奏室に入り。
今日はなんだか特別な一日だった。久しぶりに、幸せというものを実感した一日だった。
明日以降はセンターのことは一切気にせずいきたいので、今日のうちに振り返っておく。



何とも中途半端な点数を取ってしまったなぁ、と思う。
決して悪い点数ではない。足切りを心配する必要はないのだから。
しかし、良い点数だとは言い難い。それは、皆と比べても明らか。
平均点も上がる予想のようだし、……まぁ、こういうことは週末になってみないと分からないけど。

まぁ、終わったことを気にしても仕方がない。
数ⅡBと国語という爆弾を爆発させたにもかかわらず、この点数で「踏み止まった」ことをポジティブに捉えよう。
なかなか気分が落ち込んだのは否めないけど、幸い、二次での挽回は容易だ。点数さえ取れれば。

もう、迷いはない。
もとより、足切りの危険がなければ突っ込む覚悟だったのだ。
自分でもびっくりするくらい、決意が固まっている。
点数が芳しくないと分かっても、不思議と、志望校を変えようという気には全くならなかったのだ。
もう、仕方がない。進もうとする自分を、止められない。




あと40日で、やれるだけのことをやろう。
泣いても笑っても、あと40日で、今度こそ、全てが終わるのだから。
今日の帰り。

車を降りた時に目に入った星空があまりに綺麗で、見上げていたら、流れ星を見た。
だから、明日も、大丈夫。


調子に乗らず、落ち込まず、前だけを見ましょう。
いよいよ――この言葉をもう何度使ったか分からないけど――明日です。
いやぁ……怖いね。非常に怖い。
でも、いつまでも怖い怖いと言っていても仕方がないので、今から腹をくくる。


最も重要なのは、落ち着いて問題を解くこと。
落ち着くためには、緊張しないのが一番だけど、それは不可能。
ならば、緊張していても冷静でいられる強さが必要になる。





まずは、駄目だった時の自分を受け入れる覚悟をする。
諦めや悲観ではない、覚悟だ。

たとえセンターが駄目でも、幸い、チャンスは残されている。
やろうと決めれば、やれる。ほんの少し、不利になるだけ。大勢に影響はない。

それに、選択肢は他にもある。
たった一度のセンターで失敗したからといって、何もかも駄目になるということはない。

「なんとしても九割」という攻めの気持ちはなくてもいいのか、そんなに気楽に構えてもいいのか、という疑念は多少燻る。
しかし、多分、それは今までの話だ。
本番では、「なんとしても」という思いは、役に立たない。
そういう思いがあったからといって、点数が上がる訳ではない。


だから、駄目でも大丈夫と思うことにする。よし。


次に、今まで自分が積み重ねてきた努力を認める。

なんだかんだで、引退してからは、それなりに勉強をしてきた。
努力が報われるとは限らない。しかし、努力しなければ、報われることは決してない。
それに、報われなかったとしても、ではその努力は全くの無駄だったのか、というと、そうではないだろう。
きっと、努力したことに意義があるのだ。努力によって生まれた「これならできる」という自信に意味があるのだ。

努力は、報われるかどうかは分からないが、裏切りはしない。
適当にしか勉強してこなかった人よりは、必死に机に向かった人の方が(本人の目標に対して)良い結果が出ると僕は信じたい。
そう単純なものではないのは重々承知している。しかし、僕はそう信じたい。




最後に、自分は成功するのだ、と思い込むことにする。

色々考えたんだけど、ポジティブなイメージを抱くことによって悪影響が出るとは考えられない。
いつも通りにやりさえすれば、必ず目標点は取れる。
事実、目標点を取ったことがない教科はないのだ。
全ての教科で実力が発揮できれば、目標点など余裕で超える。

だから、臆する必要はない。というより、臆する理由が見出だせない!よし!いける!




強引だ。しかし、これでいい。
意志の力でどうにかなるものもあると、僕は信じる。

あとは、本番。やれるだけのことを、やるだけだ。
なるようになる。

いくぞ……!
この言葉は、本当ではない。
だって、受験は自分だけの力で道を切り開かなくてはならないものだから。
ある意味、究極の個人戦だと言える。


でも、僕は、この言葉は嘘ではないと思う。
入試の際に問題を解くのは、確かに自分一人だ。
しかし、それまでの勉強の過程はどうだろうか。
勉強は根本的には一人でやるものだけど、先生や友達に教えてもらったという経験は誰しも数えきれないくらいある。
加えて、参考書や単語帳、問題集を作った人にも少なからずお世話になっているわけだ。
勉強以外の面でも、支えてくれたり、応援してくれたりする友人や家族がいたから、こうして生きて受験できるわけで。

そういったことを総合して考えると、自分のバックについてくれている人の多さを思うと、
「受験は団体戦」という言葉はとてもしっくりくるかなぁ、という感じがする。


これは、受験に限らず、あらゆることに共通して言える。
すなわち、「生きることは団体戦」。
生物学的には人は一人で生きているけれど、意識はそうではないはず。
常に誰かと繋がっているのが、人間だもんね。特に、この時代は。




いよいよ、センターが明後日まで迫ってきた。
色々思うところはあるんだけど、それはまた明日。