T大で面接を受けてから、まだ1週間しか経っていない。
皆でボウリングしたり、服買ったりしてから、まだ3日しか経っていない。
最近、1日を長く感じることはない。しかし、これらの出来事が、何故か、遠い昔の出来事のように思われる。

節目の時期になると、僕の時間感覚はおかしくなる。
高校入学直後の1ヶ月なんか馬鹿みたいな遅さだったし、中学校最後の3ヶ月とか、吹奏楽部引退直前の1ヶ月とか、怒涛の速さだった。

でもね、今は、ただ速く過ぎ去っていくという感じではないんだよ。
圧倒的な幸福感に包まれている。
相変わらず、時間はあっという間に過ぎ去っていくし、ぼんやりしていたら置いて行かれそうなんだけど……。
あまりにも色んな事が起こりすぎて、あの会話が昨日だったか一昨日だったか、あの光景はいつ見たものだったか、ごちゃごちゃになっている。

なんでしょうね。この感じ。僕は好きだけど。





ようやく、趣味とか、自分の好きなものに対する情熱のようなものを取り戻せたような気がする。
部活のおかげでずっと動き続けていられたから、無気力状態に浸らずに済んだのかもしれない。

やっぱり、音楽は良い!

なんでしょうね。なんでカウボーイの合奏をするだけで、あんなに気分が高揚するんでしょうね。なんで、「あぁ、生きてるなぁ」って実感するんでしょうね。
ホルストの第一組曲みたいな素晴らしい曲と出会ってしまうと、「吹奏楽って凄い」とか何度も感じる。何度でも感じられる。

これから先、色んな音楽に触れる機会があるだろう。それが今から、楽しみだ。
僕は、非常に狭い範囲の音楽しか、まだ、知らないから。






さて、明日はなんたら講演会でお話しなくちゃいけない。
今のうちに、自分自身の受験勉強について、少しまとめておきましょうか。

……と言っても、まとめるほどの分量はないなぁ。←
それに、ここには正直に書くけれど、それを果たしてそのまんま話して良いものかどうか(笑)。



1年生・2年生の時は、はっきり言って、勉強は完全に副業だった。勉強をしに学校に行くという意識はどこにもなかった。
だから、当然受験など意識すらしていない。志望校の話をされても、「まだ決められないです」とか何とか言ってごまかしていた。
全く実感がなかったのだろうね。自分が近い将来受験をすることになる、という。

胸を張れることがあるとすれば、週末課題は欠かさず提出したこと、授業中一切寝なかったこと、テスト勉強はまともにしていたこと。



1年の終わり、文理選択。僕は理系を選んだ。あまり迷わなかった。

適性でいえば、僕は文系に進むべきだったのかもしれない。
歴史は嫌いだったけれど、実際に授業を受けてみれば、それなりに面白いと思ったかもしれない。

しかし、理系を選んだことに後悔はない。
理科が好きだったのはもちろんだけど、それだけではなくて、理系を選ばなければ同じクラスになれなかった人、仲良くなれなかった人が沢山いるから。

それに、理系にいなければ、東大を受験したかどうかも怪しいものだ。
同じクラス、かつ同じ部活に、同じ志をもった仲間が居たから、僕は何とかやっていけたのだ。
もし1人だったら、あんなに頑張れなかっただろう。


あ、そうそう。僕が東大受験を決意したきっかけ、書くタイミングを逃していたから、ここで書いてしまおう。
あれは、いつだったかな……2年の秋だったか、冬だったか。部で、何かの話し合いをしたことがあった。
その時に、どういう経緯だったか忘れてしまったけれど、彼がこんなことを言った。

「俺は、伝説を作りたいと思っているんです。
 もし、この部から東大生が3人出たとしたら、それは凄いことなんじゃないか、伝説になるんじゃないかって思って」

この言葉を聞いて、僕は、まず納得した。なるほど、そりゃあ、確かに伝説だ、と。
次に、これはいよいよ、逃げられないな、と思った。
うーん、これだと語弊があるか。逃げるわけにはいかないな、いや、逃げたくないな、と思った。

他人からすれば、これは些細なことなのかもしれない。しかし、僕にとって、この言葉は、大きかったんだな。
誤解のないように言っておくと、プレッシャーや強迫観念の類のものは一切感じなかった。
ただ、やってみようかなって思う理由ができた、ということだ。


そして、3年になり、あの場で宣言をし。
新しい体制に慣れたり、行事やテストをこなしたりしている間に、あっという間にコンクールが目前。
このドタバタしている期間に、もう少し授業の復習とかをちゃんとやっておけばよかったかなぁ、と思わないでもないけど……まぁ、後の祭り。

夏休みは部活一色。ろくに宿題もやらなかった。その後の軌跡は、ここに記したとおりだ。





こうして自分の受験生生活を振り返ってみて分かるのは、僕の経験から1,2年生に語れることはそう多くないということだ(笑)。
勉強のやり方とかに関してとか、本当、アドバイスできないもん。←
考えてみると、勉強に関してきちんと計画を立てるなんてことは、最後までしなかった。
その時の自分に必要なことをその都度考えて実行してきた、という感じ。こんなんだから勉強が偏るんだ……。
反省してどうするんだっていう(笑)。


あとは、あれか。科目別にちょっとまとめてみますか。



<現代文>
いきなり、一番アドバイスのしにくい科目(笑)……。
本を読めば点数上がるかって言われると困っちゃうけど、本は読んだ方が良いでしょうね。
センターの小説なんか、読書経験が生きるんじゃないでしょうか。どうしよう、こんなに適当に物を言っても許されるかな。←
記述に関しては、自分の考えを文章にまとめることに慣れることだ。正しく読み取れているのに、正しく表現できないのは勿体ないもの。
手っ取り早いのは、日記かね。何も、表現するのは傍線部についての説明だけじゃなくたって良いはず。
自分の日常、そこから感じたこと、そういったものを自分の言葉で表現することを、自然にできるようにすること。
意外とこういうスキルは現代文にも生きるんじゃないかな。

<古典>
文法をガチガチに固めること。単語・漢字をなるべく多く覚えること。音読して古典に親しみをもつこと。
以上3つが完璧にできれば、多分もうやることない。


<数学>
授業に関して。
まずは、授業の段階で基本的な教科書レベルの問題を解けるようにすることだ。それでようやくスタートライン。
授業と並行して4STEPの問題を解くことがもしできたとしたら、相当力が付くと思う。僕には無理だった。←
チャート、僕はあんまりお勧めしない。何しろ、量が多い。チャートを終わらせることが目的になってしまいそうで。
メジアンはなかなか骨があって良いんじゃないでしょうか。僕には骨がありすぎた気もするんだけど。←
あと、理系には4STEPを使って微積(Ⅲ)の計算練習をやりまくることを強くお勧めする。

難しめの問題に挑戦する段階のお話。
僕はずっとN先生にお世話になっていたので、問題集に関しての情報はほとんどないんだけど……。
まぁ、何か一つ問題集を決めて、それをやることになるんだと思う。
恐らく、最初は解けない問題がほとんどだと思う。でも、焦る必要は全くない。
何しろ、2月の試験で出題される数問を解ければそれで良いのであって、早い段階から、いきなり初見でどんな問題も解ける天才である必要は全くない。
解けない問題にぶち当たった時には、「その問題から何を学びとるのか」を強く意識して答えを見ること。
絶対に初めての時は思い浮かばないアイディア(例えば、確率と漸化式を組み合わせるとか)ってあるから。
こういうやり方があるんだ、こうすればできるんだ、その積み重ねが実力になっていくのだと思う。



<物理>
S先生を信じて。

<化学>
自分を信じて。←
無機・有機の暗記は定期的にやるのが良いと思う。
テスト前に完璧に覚えても、3ヶ月も放っておけば絶対に細かい部分は忘れるから。


<英語>
単語と文法が非常に重要なのは間違いない。抜かりなくやるべき。
でも、この2つの力があるからと言って、英文が読めるようになるとは限らない。
逆にいえば、この2つの力が無くても、英文は読める。僕はこっちのタイプだった。

構造のとれない文がいくつかあったとしても、意味の分からない単語が10や20あったとしても、それは長文が読めないことの言い訳にはならない。
長文を読む力は、単語と文法の力の上に乗っかる部分もあるけれど、独立している部分も多い。
沢山読むことだ。問題など解かなくても良い。読んで、理解するという経験を多くすることだ。
そうすれば、細部は分からなくとも、「なんとなく読める」ようになる。センターならこのレベルで十分。
その先は、単語と文法の力が物を言う。僕は途中から単語学習を諦めているので、何も言えないけれど、まぁ、頑張るしかないでしょうね。






なーんか、長々と書いてしまった。
読み返すのも面倒くさい。眠いからさっさと寝よう。←
延長戦(10分間のお喋り)も無事に終わり、これをもって、受験はすべて終了。
もう、自分の将来のために何か努力をする必要はない。あとは、待つだけ。

ようやく、いつも通りに戻ったね。良くも悪くも、今日はいつも通りだった。
居るべき人が居るというのは、価値のあることだと思う。

この「いつも通り」も、あと1週間とちょっとしか続かないわけだけど。
どうも、こういうことになると、僕は未来をはっきりと見つめてしまう性格らしい。
本当に、名残惜しい。あと1年くらい、今の生活が続いてほしい、というのは、冗談ではなく、本気で願うこと。



そういえば、定演ではMCをやることになった。
部員が、それもパーカッションの部員が、MCをやること自体は、自然であるし、別段不満はない。

僕が不満に思っているのは、むしろ、「まだ受験が終わっていない段階で、『定演で演奏をしたいか否か』という質問をされたこと」である。
更に言えば、「MCの話を頂いた時に、『降り番が多いほうが助かる』と言われたこと」である。

いや、不満というよりは、ショックに近い。怒りというよりは、驚きであった。
理由は、分かる人には分かるだろうし、分からない人には分からないだろう。それで良い。

来年以降、もしMCの話を頂けたとしたら、僕は喜んで引き受けるだろう。
しかし、今年は、少しだけ胸にひっかかるものを感じながら、僕はマイクを持つこととなるだろう。



さて……ふと、部活から離れて暇になると、何をして良いのか途端に分からなくなる。
前期試験が終わった時も分からなかったんだけど、今もまだ分からない(笑)。

やりたいこと、やらなきゃいけないこと、沢山あるはずなんだけど、思いつかないし、思いついてもやる気になれない。
早くこの無気力状態から脱出しなくては……。
今週は、前期の合格発表ラッシュ。結果がどうであろうと、皆、次々と進路を決めていく。
昨日なんて、僕が部活をしている間に3人もの人の合否が明らかとなった。
運命の瞬間を間近で見せてもらったりなんかして、何だか自分のことのようにドキドキした。

今まさに、進路を決定しようとしている人が居る一方で、
まだ進路が決定しないまま、勉強を続ける人もいれば、
進路が決定していないのに部活をやっている人がいたり、
とっくに進路が決まってしまって、部活の合間に新生活の準備をしたり、遊び歩いたりしている人もいる。

我々は、確かに、バラバラになりつつあるわけだ。それを思うだけで、寂しくなってしまう。
(これは余談だけど、首都圏の路線図を手に入れたので、首都圏に住む友人の位置を書きこんで自分専用の地図を作ろうと思っている。
2ヶ月もある夏休みはどうせ暇だろうから(←)、全員の自宅を家庭訪問しよう、と勝手に決めた(笑)。)


さて、僕の合格発表の日は、10日である。言わずもがな、大トリだ。
しかし、恐らく、僕の進路は、10日には決定しない。そうすると、実際に進路が決定するのは20日ということになる。
皆が次々と住む場所を決めたり、家具を買ったりする中、何にも決まってないって言うのは、精神衛生上よろしくない(笑)。
いや、本当に、落ち着かないよ。気が焦る。出遅れている感じがする。
しかも、気を遣われてしまう。あいつが僕に遠慮して合格の報告メールを送らなかったなんて……まあ、気持ちは分かるけども。

自分の進路が決まっていないにもかかわらず、毎日こうも安定して部活をやっていると、何だか混乱してくるね。
明日のことは分かるのに、1ヶ月後のことは全く想像がつかないというこのアンバランスさに、僕はついていけない。
まぁ、仕方がないから、しばらくは明日のことだけを考えて過ごそうと思う(笑)。


あぁ、本当に、早く合格発表の日になってほしい。
「ひょっとしたら……」という淡い期待を抱いてしまうのだ。どうしても。
試験の出来、自己採点、そういうものを総合したら望みが無いことなど明らかなのだ。先生方の前では、あんまり言わないけどさ。
でも、発表がまだである以上、可能性が残されてしまう。そのほんのわずかの可能性に、僕の弱い部分は望みを抱いてしまう。
合格した私立2つについて、どうして合格したか分からないような出来だったのに、合格していた、という例があるから、それがちらつくんだろう。
東大に関しては、そんなことが起きるわけがない。頭では分かっているんだけど、心のどこかで、願ってしまう。
早く、それを断ち切りたい。

10日で決まったら、どんなに楽だろうか。
10日までのあと2日間も長いけれど、10日から20日までの10日間も、長そうだなぁ……。





落ち着かない日々は、続く。
今日は楽しかった。みんな、ありがとう。






にやにやしながら色紙を読んでいる。
本当の宝物というのは、宝石などではなく、こういう類のものだと思う。
みんな小さい文字で目一杯書いてくれて、胸がいっぱいになった。

中には変なの(例:A.Sax二年)もあったけれど、まぁ、いいでしょう(笑)。
とても嬉しかったよ。ありがとう。






今日は、人生において、大きな一区切りであった。
しかし、まだ何も終わっていない。
受験も、部活も、まだまだ終わらせる訳にはいかない。


だから、もう少しだけ、高校生で居させて。
思っていることを声に出して話すというのは、どうしてこんなにも難しいのだろうね。

こうして、文章にする分には、あまり抵抗はないのに。













高校生活を振り返ってみると、やっぱり、真っ先に思い出されるのは部活の事だ。

三年間通して、教室よりも、この合奏室の方が、僕にとってはずっと居心地の良い場所だった。



そもそも、どうして僕が吹奏楽部に入ろうかと思ったかというと……根本的には、「ちゃんと部活をやりたかったから」だ。

中学校でパソコン部なんて中途半端な部活に入ってしまったものだから(もちろん、あれはあれで楽しかったが)、高校ではきちんとした部活動をしたい、というのが第一だった。

しかし、運動の苦手な僕に運動部は無理。そして、文化部を考えたときに、真っ先に目をひかれたのが、吹奏楽部だったということ。



見学の時点で、実は、僕には決めていたことがあった。――『どうせやるなら、打楽器か、弦バスにしよう。』

「吹」奏楽部に惹かれたにもかかわらず、僕は息を使う楽器を全く考えなかったのだ(笑)。

(「どうせやるなら」、普通の管楽器ではつまらないと当時の僕は思ったらしい。冷静に考えると不可解な決断であった)

最終的には、当時3年のI先輩に引っ張られてパーカスに決まったけれど……パーカスでいられて良かった、と心の底から思う、今。





「吹奏楽部に入った」という、たった一つの選択によって、僕の高校生活(と、ひょっとすると、人生も)は大きく変わった。もちろん、良い意味で。

人生に正解はない、なんてよく言うけれど、「僕がこの高校の吹奏楽部に入った」という選択だけは、胸を張って正解だと言うことができる。決して誇張表現ではなく。



それくらい、僕はこの部から沢山の幸せを貰った。

「この部に入っていなかったら、今僕はどうなっていたんだろう」なんて、考えるのも恐ろしいほどに、幸せな三年間だった。



部活があったから、学校は楽しい場所になったし、部活があったから、勉強だって頑張れた。

僕にとって勉強をするモチベーションというのは、将来の夢とか、学びたい学問とか、そんな高尚なものではなかった。

ただ、「少しでも早く部活に戻りたい」。これだけだ。前期で決まれば、早いかなって。まぁ、実際にはもう僕は部活に出始めてしまっているけれども(笑)。



僕は、本当は、こんなに幸せな思いをすることのできる人間ではないのだ。

優しいわけでも、面白いわけでもない。自己中心的で、暗い。本来、友達なんてできなくてもおかしくないような、どうしようもない人間なのだ。

それにもかかわらず、こんな僕と喋ったり、笑ったりしてくれる人たちが、ここにはいる。

僕が吹奏楽部に入って良かったと思える理由は、何よりも、ここにいる素晴らしい仲間たちと出会えたから。それに尽きる。
きっと、部活が同じでなかったら、彼らとは一生話す機会などなかったろう。
だから、そういうことを考えると、恐ろしくなるのだ。




楽器に触れて、合奏をすることも、もちろん、とても楽しかった。

全員で必死になって一つのものを作り上げるということを、僕はそれまでにやったことがなかったから。

この高校の吹奏楽部でなければできない経験が沢山できた。




僕が部活で幸せに過ごせたのは、みんなのおかげ。
仲間たち、先輩、後輩、そして先生。
皆さんには言葉ではとても言い表せないくらい、感謝しています。本当にありがとうございました。







最後に……1,2年生に一言だけ。



僕から言えることはあまりないけれど、一つだけ、意識しておいてほしいことがある。

今、みんなは当たり前のように部活をやっていると思うんだけど、その当たり前は、意外と、当たり前じゃない。

今はみんな定演のことで頭がいっぱいだろうし、それでいいと思う。

でも、それが終わると、みんな進級して、特に2年生は忙しくなると思う。

2年生の引退まで、あと半年しかない。この半年は、決して長くない。

半年間ずっと部活をやるわけにはいかない。強歩だってあるし、テストだってあるし、3年生は補習だってあるし。



何が言いたいかというと、みんなが部活をやれる期間というのは、みんなの想像ほど、もう長くは残っていないということ。

2年生に向けての話になってしまうけれど……皆が今日までの2年間続けてきたものが、あと半年で、終わってしまうのだ。

だから、あと半年は、思いっきり部活をやってほしい。後で、後悔することのないように。やれるだけのことをやってほしい。


以上。