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私の始めての

海外添乗業務(5)

 

第2の試練がパリで

 

(先週木曜日からの続きです)

我々をロンドンへ連れて行くはずの航空機が

未だパリのシャルル ドゴール空港に来てないのだ。

 

もう出発の時間も過ぎてしまった。航空券にはAIの

記号が書いてある。 Air Indiaだ。

インド航空だ。乗客を受け付けるゲートが開かない。

何処にも無い。団体の航空券を持って、

Air Franceのゲートへ行った。

人数分の空き席は無いかと聞くために。 

こんな交渉事は添乗員の業務だと云う事は、ここまでの

仕事の流れで解って来ていた。だから、Air 

France の女性職員に必死に食い下がったが、

全然開いている席は無いと断られてしまった。

 

しかし、会社も何故パリからロンドンへ飛ぶのに

Air India を予約したのか?

多分、この日は始めから開き席が無かったのだ。

 

4月の初旬の出来事だった。ヨーロッパ中が冬眠から

目覚め、動き出す季節です。野山は緑で覆われ、庭の

花は芳香を散らしていた。人々の思いも同じです。

全てが春です。ヨーロッパの旅はこの時期に行くのが

Bestです。

 

その時の私には、未だ対策を提案する能力は無かった。

現地のガイドさんが事務所と連絡を取って、(多分東京

とも協議したでしょう)、次善の策を持って帰って来た。

これからパリの北駅へ行き、列車で一路ロンドンへ

向かう、ドーバー海峡を船で渡ろうというアイデアです。

 

私は既にまな板の鯉でしたから、頷くだけでした。

忘れ物無き様に全員に号令を掛け、10台位のタクシー

に分乗して北駅へ急いだ。

 

現地のガイドさんは北駅で我々全員の切符を買ってくれて

そこで自宅へ帰って行った。後は何かが起これば、私が

一人で処理をせねばならない訳だ。添乗員の大変な面を

このツアーで十分に味わい知った私でした。

 

船に乗船する時にフランスを出国して、船を降りた時に

イギリスに入国手続きをしました。また列車に乗って、

ロンドンに着いたのは私の記憶が正しければビクトリア

駅だったと思う。

 

貧乏学生だった駆け出しの添乗員にとって、このツアーは

3倍も、4倍も世界中のいろいろな面を見せてくれた

ツアーでした。一年生の添乗員には、上級の教科書で

業務内容を教えてくれたVirgin Tourでした。

 

話しはこれで終わりません。次は大西洋を飛び越えて、

ニューヨークに到着しました。3つ目の試練です。

今度は幸運のAcademicな試練でした。

(明日に続きます)

 

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