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Jarosław Kubiak martwi się o zdrowie Michała Kubiaka siatkarza reprezentacji Polski https://t.co/ggMmFh0Eak
— Volley@YONE (@vballworldy1) 2018年10月9日
クビアク選手のお父さん、ヤロスワフ クビアクさんのインタビューです。
Jakub Radomski(以下略):
- アルゼンチン戦や、控えとしてスタートしたフランス戦から、ミハウの身体はすごく悪かったんじゃないかと思うのですが。
- アルゼンチン戦や、控えとしてスタートしたフランス戦から、ミハウの身体はすごく悪かったんじゃないかと思うのですが。
ヤロスワフ クビアク(以下略):
「メディカルドクターが、ミハウがしていること、フランスやセルビア戦で戦ったということを分っていると、わたしは信じたいです。でも、息子の健康は甘く見られていたと、わたしは強く思います。ミハウがいつか、何があったのか細かく話すかも知れませんね。でも、彼はどれだけ犠牲を払っても、プレーしたがっていましたよ。
私と彼のある雑談があるんです。息子の言葉を覚えていますよ:”僕はベッドの上より、コートの上で死ぬ方がいい。” 続けて、”パパ、パパが僕にそう教えたんだよ。”」
「メディカルドクターが、ミハウがしていること、フランスやセルビア戦で戦ったということを分っていると、わたしは信じたいです。でも、息子の健康は甘く見られていたと、わたしは強く思います。ミハウがいつか、何があったのか細かく話すかも知れませんね。でも、彼はどれだけ犠牲を払っても、プレーしたがっていましたよ。
私と彼のある雑談があるんです。息子の言葉を覚えていますよ:”僕はベッドの上より、コートの上で死ぬ方がいい。” 続けて、”パパ、パパが僕にそう教えたんだよ。”」
- どう思いました?
「2008年を思い出しましたね。ミハウは、イスラエルと契約して、クリスマスに帰って来たんです。あの子は、イスラエルに行くべきかを、私に尋ね始めました。ハイファで爆破事件があったとメディアで情報が流れていたから、恐かったんです。私は手短に言いました: ”約束したんだろう、契約したんだろう、なら行け。” と。
実をいえば、私が彼(の背中)を押したんですよ。だから、ミハウの言葉は理解るんです。」
実をいえば、私が彼(の背中)を押したんですよ。だから、ミハウの言葉は理解るんです。」
- 世界選手権中の身体は、メディアが言っていたよりもずっと悪かったのでは?
「ええ。ミハウは第一に入院すべきです。誤解しないで欲しい、でも私は恐れている。あれらの試合をすることや金メダルを獲るのに、彼がどれだけ犠牲を払っているのか、きっとすぐに分かるでしょう。
何かが違うと分かっていました。大会の第1ラウンド後、私はインタビューを受けて、そこで、フィンランド戦で息子が(スタメンから)外されなかったことに驚きました。監督が、自分の選手が病気だという情報を得た時、反応すべきだと思います。選手は、健康的にプレーすべきなのです。人は良識を持ち続けるべきで、結果だけを当然と考えるべきではありません。選手が絶不調ならば、新しい人を連れてくるものです。」
何かが違うと分かっていました。大会の第1ラウンド後、私はインタビューを受けて、そこで、フィンランド戦で息子が(スタメンから)外されなかったことに驚きました。監督が、自分の選手が病気だという情報を得た時、反応すべきだと思います。選手は、健康的にプレーすべきなのです。人は良識を持ち続けるべきで、結果だけを当然と考えるべきではありません。選手が絶不調ならば、新しい人を連れてくるものです。」
- そのインタビューで、こうも言っていました。昨年のヨーロッパ選手権後、ミハウには深刻な健康の問題があったと。
「大会後、とても悪かったですね。ミハウはひどく酷使された。もし早く対処しなかったら、おそらく彼は、長い間バレーボールができなかったでしょう。これは、脅しじゃない、事実だ。」
- たくさんの人が、あなたは息子さんの性格に最も影響を与えたと言いますね。何回言ったんですか? ”潰れるな”って。
「何度も言っていましたよ。たぶん乱用していましたね。でも直らなかった。
ただ、小さなミハウに1番影響を与えていたのは、Blazejだと思います。想像してみて下さい。何でもできるピワの近くの小さな町に住んでいて、1歳半上のお兄ちゃんがいて、何かと競争する。そこには”大会”があったんです -どっちが先にバイクに乗るだろうか、どっちがスケートボードに乗るのか。ミハウは常に、Blazejを追いかけ、彼にとって(Blazejが)1番大きなモデルだったんです。」
- その後、彼は何度もその価値を証明しなければならなかった。
「練習生の頃、人々はこう繰り返していました: ”ミハウ クビアクって誰? 小っちゃい、チビ、本当にバレーボール選手なの? 低すぎる、跳んでいないじゃないか。” 今の彼になるのに、子どもがどれだけハードにワークしなければならなかったのか、理解する人はほとんどいませんでしたよ。
ミハウが、トリノからトロフィーを持って帰ってきたのは、美しいTV的映像ですが、内からは全部違って見えます。
ミハウが、トリノからトロフィーを持って帰ってきたのは、美しいTV的映像ですが、内からは全部違って見えます。
昔ヴァウチュでのキャンプ中、監督が彼に言ったんですね: ”お前をチームに連れていかない。許してくれ、でもお前は弱すぎる。” ミハウは部屋を出て、心の中で考えたんです: ”勝手にしろよ、いつか見せてやる。” 数年経って、その人物はポーランドで重要な役割を担っています。
今心に浮かんだ2つ目は、息子がオルシュティンに行った2006-2007シーズン。有名な監督が彼を使わず、それ以上(何も)できなかった。ミハウは全シーズンプレーせず、ただ控えにいただけでした。息子は18歳で、オルシュティンは上位を目指して戦っていた、それは分かります。だが、ミハウは降格したJoke・ピワで前シーズンプレーしていて、チームはその時7位だった。」
今心に浮かんだ2つ目は、息子がオルシュティンに行った2006-2007シーズン。有名な監督が彼を使わず、それ以上(何も)できなかった。ミハウは全シーズンプレーせず、ただ控えにいただけでした。息子は18歳で、オルシュティンは上位を目指して戦っていた、それは分かります。だが、ミハウは降格したJoke・ピワで前シーズンプレーしていて、チームはその時7位だった。」
- 2016年、ミハウが日本のクラブ、パナソニック・パンサーズと契約した時、こんな声があった: ”彼は何やってるんだ? お金のためだけに行くんだ。劣ったリーグだ。”
これらにあなたはどうリアクションを?
「収益に関するそういう議論(反論)は、ミハウ クビアク、バルトシュ クレク、ファビアン ジズガは、ナショナルチームをクビにすべきだと主張する人たちが、引き合いに出したんですよ。そういう人は、日本のリーグの試合を見たことがなくて、(リーグは)弱いというフレーズを繰り返す。皆さん、いつか試合を見てみるといい。そうしたら、リスペクトするでしょう。」
- 試合を見ていますか?
「もちろん。私は、日本でどうバレーボールがプレーされているかに、とても感銘を受けました。今、それぞれのチームには1人の外国人が入れられるんですよ。もし2人目も許されたら、レベルはさらに高くなると、私は確信します。
日本のリーグを理解するためには、その国の人々のメンタリティを考慮しなければならない。彼らにとって、ゲームは戦い。日本のバレーボール選手は、大きなハートを持ってプレーしています。出場している人はみな、ミラクルを追い求めていると考えていますから。」
日本のリーグを理解するためには、その国の人々のメンタリティを考慮しなければならない。彼らにとって、ゲームは戦い。日本のバレーボール選手は、大きなハートを持ってプレーしています。出場している人はみな、ミラクルを追い求めていると考えていますから。」
- あるインタビューで、ミハウは、対戦相手を挑発することに関心がなかったわけではない。彼は: 相手のバランスを崩すことに基づいたスキルでもある、それはより悪いゲームにさせる、と述べました。
同意しますか?
「それはこういうことです: 相手が下手にプレーしている時は、挑発する意味はない。でも止まらない相手なら、結集する意味(必要)はある。何とかして、リズムを崩し、目をそらさず、(相手を)失望させ、注意を他に移さなければならないんです。
準決勝のアメリカ戦を覚えていますか? テイラー サンダーはすごかった。ミハウがネットから彼を睨んで、お互い言い合い始め、アメリカは少し熱くなっていました。すぐにチームメイトが近寄り、息子から引き離し始めました。おそらく、アメリカには次の事態が分かっていたからです。そしてそうなったので、アメリカは悪くプレーし始めました。サンダーは、クビアクが自分を見ていたり、何か言っていたりする時、クビアクが何をするのかに気が集中してしまった。」
- あなたが、ブルガリアとイタリア、2つの世界チャンピオンの指導者だったというのを、みんなが知っているわけではないですね。
「ピワで働いていた頃、19歳のダミアン Shulzが入って来ました。彼は、レンボルクからやって来て、誰もユースリーグに連れていきたがらなかったんです。彼は動きのセンスがすごく良くて、それはサッカーもやっていたからなんですけど、バレーボールの基本スキルはあまりありませんでした。ジムの練習を覚えていますよ。バーベルの下で横たわって、長いこと戦っていましたよ(笑)
次に、2013年クラクフでの大会中、わたしはバルテク Kwolkaに気がつきました。ウッチのチームメイトたちより、1年下なのに、1番大きな声で叫んでいて、特色がハッキリしていましたよ。意見を言うのを、恐れなかったんですね。
私は、彼が興味深い選手になれると思って、ヤストシェンブスキに連れて行きました。そして見ての通り、私は正しかった。」
私は、彼が興味深い選手になれると思って、ヤストシェンブスキに連れて行きました。そして見ての通り、私は正しかった。」
- バルテク クレクの変貌を、あなたならどう説明しますか? アルゼンチン戦やフランス戦では、残念なプレーでした。
「監督・Vital ヘイネンは、バルテクがどんな風にトレーニングしているか見ていて、コンスタントに彼を出しました。ヘイネンは、彼のポテンシャルは最終的に爆発するだろうと言っていて、そうなりました。
私は他の選手のことも話したいですね。パヴェウ ザトルスキは大会個人賞を獲って、サーブを受けるのはとても重要なことですが、バレーボールはゲームを走らせる(動かす)ことがカギです。良いレセプションをもってしても、選手がすべきプレーをしないことは、しばしば起きます。
一方、ファビアン ジズガは、個人的にですが、大会を通して見事にプレーしました。難しいシチュエーションを解決して、ゲームを適合させた方法には、感銘を受けました。世界選手権トップ6(=ドリームチーム?)には、私なら彼を選ぶでしょう。印象的でしたね。」
私は他の選手のことも話したいですね。パヴェウ ザトルスキは大会個人賞を獲って、サーブを受けるのはとても重要なことですが、バレーボールはゲームを走らせる(動かす)ことがカギです。良いレセプションをもってしても、選手がすべきプレーをしないことは、しばしば起きます。
一方、ファビアン ジズガは、個人的にですが、大会を通して見事にプレーしました。難しいシチュエーションを解決して、ゲームを適合させた方法には、感銘を受けました。世界選手権トップ6(=ドリームチーム?)には、私なら彼を選ぶでしょう。印象的でしたね。」
- 準決勝のアメリカ戦の中で、勝利を信じるのをやめた瞬間はありましたか?
「第3セットの数点リードされた時ですね。ミハウが最後でミスをしたので、結局セットを落とした。そのセットが終わって、私は思いました: ”ポーランドはすべての力を手離した、もうだめだ” と。私には、ポーランド選手は限界に見えました。負けると確信したんです。第4、第5セットのためのエネルギーをどこから得るのか、私には思いつかなかった。
私たちは弱いチームとみなされていた。そこだけじゃなくても、自分たち自身を信じていませんでした。のちに、監督・ヘイネンは、大きな成功には早すぎる、もしメダルなしでポーランドに戻ったら、何も生まれないだろうという現実のために準備したんだと言っていました。彼はこう考えている関係者(組織の人?)を信じなかったんです: ”スタメンの6人はOK、あとからウィルフレド レオンが入って、東京でのオリンピックでメダルを獲るだろう”」
- 常に信じていたのは誰?
「たぶん2,3人でしょう。」
- 大会前、ミハウがインタビューを受けて、そこで、バレーボールはサッカーよりもはるかに高いレベルで賢さが要求されると言って、たくさんの人から非難を受けていましたね。
「息子はまったく正しいと思います。ダイレクトには言わなかったですがね。遠回しに。」
最後は、シンクロの話に続くんですが、わかるようなわからないような感じにしか訳せなかったので![]()
ヤロスワフ クビアクさん…ヤロスワフって聞いたことある。と思ったら、クビアク選手のミドルネーム?ですよね。ミドルネームにお父さんの名前まんまつけるの?と思ったので、今回はyahoo先生にお願いしてみた。
洗礼名は、先祖や親の名前、響きや意味が好きなもの、聖書に出てくる好きな人物などをつける。らしい。そうなのか。女性は旧姓をつける人もいるんですって。勉強になるなー。
視点が変われば、でしょうか。おもしろいインタビューでした。選手や監督とちょっと趣向を変えて、敬語で書いてみた。
小っちゃい頃の話とかも出てきましたね。ポーランドはバレーボールが人気だけに、いろいろ意見とか飛び交うのかな。アンチじゃなくても、いろいろあるんだろうな。
今大会は、ポーランドだけじゃなくてもジズガ選手の評価がとても高い。
パナソニックの話も出てきた! たしかにVリーグの外国人選手は、実際来てみたら思ったよりレベルは低くなくて、良いサプライズだよみたいにいいますよね。リスペクトしてくれて、うれしいですね![]()
Thank you for reading.