特に好きなのは4番。
通勤時にはよく聴いている曲の一つである。
この作品には別の意味で思い出がある。
それは終楽章。
このシンフォニーの終楽章は、パッサカリアになっている。
しかも、ソナタ形式風にまとめられたパッサカリアになっているのだ。
これは(多分)パッサカリアの歴史としては画期的・・・なんだと思う。
ここに出た「ソナタ形式風」というところがポイントで。
それは私がまだ大学生の時だった。
たぶん、1年目か2年目のことだった・・・と思う。
何かの集中講義で、この曲(4番の終楽章)を分析して発表しなければいけなくなった。
ってことで。テキトーに発表するわけだ。
当時、私は毎週の授業で楽曲分析をやっていたし、
しかも楽曲分析は結構好きなモンで、
正直、甘い気持ちで、かなりナメてかかっていたように思う。
それがよろしくなかったんでしょうねぇ・・・
学者系専攻の某先輩からツッコみが入ったのである。
「なんでこれをソナタ形式と言うのか」と。
ええっと・・・アタシ、「ソナタ形式風」とは言いましたけど。
「ソナタ形式」とは断言してないんですけど。。。
「パッサカリアなのにソナタ形式とは、おかしいではないか」
パッサカリアがソナタ形式、ではおかしいですぞ。
でもパッサカリアがソナタ形式風なら日本語としてもおかしくないと思うぞ。
「納得できる説明をしてください」
ヲイ! お前、最初から納得する気、ないだろ!?(▼▼) ←結論を急ぎすぎているアタシ
これって水掛け論になるので、私は説明せずに帰りたかった。
ところが、である。
この某先輩、演奏系専攻の学生からはとにかく煙たがられていたのである。
このとき、演奏系専攻の学生は後ろの方の席に座っていた。
私は発表するため前に立っている。
その私の目に飛び込んだのは・・・
「もっとやれーーーー(▼▼)
がんばるのだー(▼▼)
アイツはけちょんけちょんにしてやれ~~~(▼▼)
負けるんじゃないっっ(▼▼)」
という演奏系専攻の学生方の恐ろしいエール・・・・・・
いや、もう、目が殺意に満ちていて、怖いのなんのって・・・(汗
救いの手を求めて、この講義のセンセイを見たが・・・
「うん、続けてください(満面の笑み)」
アンタもアタシの敵かよ!(TヘT)
ここから私の地獄の10分が始まったのである・・・・・・
今もだが、私は人に説明する、人を説得する、というのがかなり苦手。
相手の頑なな心をほぐすことなんて、私にできるわけない・・・
なのにかなりがんばって10分間説明をしたのである。
が、当然ですけど、相手には伝わるわけもなく。(説明が悪いから、ですよ。念のため)
困り果て、疲れ果てて私はこう呟いた。
「ここ、再現感ありませんか? それがわからないんですか・・・?」(==;
繰り返すが、私は、、、疲れていたのである。
もう帰りたかったのである。
だから深く考えた発言ではなかったのである・・・。
しかし、言葉だけ聞けば、かなり攻撃的な発言。←人間の悪さが出ている。
当たり前だが、相手はヒートアップしてしまった・・・
こうなると、私はもう聞いているのもウンザリである。
何も考えることができなくなった私は、さらに、
「う~ん、ブラームスのほかの曲を分析したら、
これがソナタ形式風ってことがわかるハズなんですけどねぇー」
と火に油を注いだのである。←今思えば、本当に余計なことを言ったものだ。
ま、この話はこの辺で終わっていいのだけど。
この日私は、
「大学内ですら、ソナタ形式を理解できている人が少ない」
という事実を知ったのだ。
それだけでもうショックである。。。
ベートーヴェンやら、モーツァルトやら、ハイドンやら、その他多くの作曲が「ソナタ」を書いている。
でも、本当に理解できている人が、この世にどれほどいるんだろ・・・?
別に形式にこだわるつもりはないけど、
作曲者の意図って・・・全然理解されてなかったりするものだと思う。
余談だが、授業の後、演奏系専攻の学生のみなさんから、
「よくがんばった」
「えらいぞ」
「見直した」
「すばらしい」
という、明らかに方向の違うお褒めの言葉をいただいたことは言うまでもない。
これを含めて今となればいい思い出・・・なのかなぁ(==;