



2、3日したら帰るつもりだった
何も告げず真庭の家を出て来た
夕方実家の玄関で
母は少し驚いていた
たったひとりだったから
そのころ
ボロボロの軽四に乗っていた
私が運転した唯一のミッション
高速道路で100キロ出すと
空中分解しそうで笑えた
オートマにはない臨場感
ある時、連島の信号で
突然動かなくなった
焦げ臭い匂い
クラッチがいかれていた
あ~何でこんな目に合うの
怒りが込み上げてきた
自分の描いている展開が崩れると
パニくって取り乱す
悪態つく
張り詰めていた糸が
プチッと切れる音が聞こえる
往生際悪いのが私の欠点
助手席の幼い息子を怯えさせたはず
携帯もまだ普及してないころ
道路の反対側の店先
赤電話見つけた
生きていくことは、もしかしたら
アクシデントを生きることかも
ゴールデンウィークが終わっても
帰る気にはならなかった
久しぶりに会った妹の顔が
映像の1コマのように遠い
え、こんな顔してたっけ
意外とかわいかったんだぁ
意識が遠のくような感覚
息子のことが気になった
亡き父の植えていた木に
思ってもいなかったサクランボ
赤く熟したルビーを目一杯箱に詰め
仕事前、小学校に寄った
2年生の教室に直行し
先生に渡した
クラスの生徒の目が注がれる中
息子は私を見ようとしなかった
職場まで往復3時間
勤務時間4時間半のパート
朝7時過ぎに出れば充分間に合った
働き始めて3カ月間めに入っていた
支給される交通費は大幅に赤字
一体何してんだろう、私
息子を置いたまま最低な母親
仕事帰り実家をスルー
玉島E地区まで足を伸ばし
日が暮れるまて海を眺めていた
帰り道
ストーカーのように
チャックBに追いかけられた
夏衣類持って実家にも来た
餅つきの件は尾を引き
何かあっても助けてもらえないんだ
と、傷口は痛んだ
仕事を終えた後
3人で食事したり
夏休みに入ると
息子は玉島に泊まりに来たり
ふたりで鳥取砂丘、梨狩りバスツアーにも出かけた
息子も私も20世紀梨が大好き
玉島から出発し
プール当番を終えた後
チャックBと話し合った
真庭の家を出て
近場で3人で暮らすという案
いいけど
話していて
これじゃあ、また同じことと思えて決裂した
2学期が始まり
私は運動会に行かなかった
この辺りの小学校の運動会は
地域一体
保育園、幼稚園はもちろん
老人クラブ、消防団も参加する
お弁当も三段重ねの重箱を
家族みんなで囲む
去年極々普通のお弁当を
用意しただけの私は驚いたの何の
その年出来合いのお弁当を前に
息子は元気なかったらしい
無理もない
私のせいだ
それがきっかけとなり
11月、近くの団地に引っ越した
玉島のアパートより
ひと部屋多い3DK
でも京間というのかな
狭い6畳
エレベーター無しの4階
ベランダは広く
山が近くに迫っていた
見たことないほど
小さな3DK
再出発のマッチ箱



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つづく