僕は2度寝を諦めて、彼女に向き直った。

 「コントみたいな会話って言っても、話題がないと喋れないだろ」

 「提供しろ」

 「せめて考えてから起こせよ・・・・・」

 溜息をつく。溜息をつくと幸せが逃げるって言うけど、彼女を拾ってしまった時点で幸せも何も無いと思う。

 彼女は考え込むように、しっぽを一定のリズムでゆらゆら揺らしながら僕をじっと見つめた。

 彼女のしっぽがゆらゆら揺れる。催眠術でもかけられそうな感じだ。ゆらり、ゆらり。

 ぼんやりその動きを目で追っていると、突然ぴたり、としっぽが停止した。

 「思いついた」

 「何?」

 「あたしの名前をまだ決めてないだろ?」

 ・・・・・なんだか今更だけど、こいつは本格的に僕の家に居座るつもりなのか。

 ああ、頭が痛い。

 「どうだっていいよそんなの・・・・・」

 「よくない。飼い主の責任だろ」

 「僕はお前の飼い主になった覚えはないんだけど」

 白猫は聴こえない振りを決め込んでいる。

 はぁ。

 「じゃぁ、白猫だからシロ」

 「安直すぎる」

 「・・・・・」

 うわ。駄目出しされた。

 「じゃぁあえてクロ」

 「どの辺に黒の要素があるんだ」

 「間を取って灰色」

 「もう名前じゃないだろそれは」

 「なぁ、どうでもいいけど僕たちボケとツッコミが反転してないか?」

 彼女は得意げににやっと笑った。なんだかチェシャ猫みたいな笑みだ。っていうか猫って笑えるのか。

 「すごいだろう。あたしはツッコミもできるんだ」

 「そんな事自慢されても・・・・・」

 結局コントみたいな会話になっていることに気付いて僕は頭を抱えた。

 「あぁもう、なんだっていいだろ!!トラとかミケとか、なんか好きな名前選べよっ」

 「成る程、自分で考えるっていう手があったか」

 白猫はまた考え込み始めた。しっぽがさっきより大きい振れ幅でぱたり、ぱたりと揺れる。僕はちょっと拍子抜けして彼女を眺めた。

 まさか本当に自分で考え始めるとは思わなかった。っていうか自分で考えられるなら最初から自分で考えろよ・・・・・。

 彼女はまだ考え込んでいる。ふと時計に目をやると、そろそろ6時になる頃だ。彼女を見ていても仕方ないので、僕は学校に行く支度を始めた。

 僕が鞄の中身を詰め終え、着替えをし終ったころ、彼女は突然言った。 

 「よし、シロにしよう」

 ・・・・・結局それかよ。

 




































 今日、僕は彼女に名前を付けた。


 

 いや、正確には僕が、というより彼女が自分でつけた。最初は僕が考える予定だったのだけれど。

 まあ詳しいことはこれから順を追って書いていこうと思う。


 

彼女は結局僕の部屋に居座ることになって、というより強引に居座って、精神的にも肉体的にもなんだか疲れ切ってしまった僕はさっさと風呂に入って眠りに就・・・・・・こうとしたらベッドには先客がいた。

 「にゃーぉ」

 「可愛らしく鳴いてごまかすな・・・・・・」

 今まで全くそんな風に鳴かなかったくせに。

 ひらひらと手を振って彼女を床に追いやる。彼女は不満そうに僕を見上げて、

 「あたしに床で寝ろって言うのか」

 ・・・・・・じゃあお前は僕に床で寝ろって言うのかよ。

 僕は溜息をついて、ベッドの右半分を彼女のために空けてやった。彼女は嬉々としてそのスペースにもぐりこんで、にゃぁ、と満足げに鳴いた。

 そういうわけで、僕と彼女は仲良く並んで眠りに就いた。



 そして今朝。

 僕は白猫にたたき起こされて目覚めた。

 寝起きの習性で時計に目をやる。時刻は午前5時。・・・・・・・5時?

 僕は即座に布団を被りなおした。布団の上から彼女にぼふぼふを叩かれるが無視する。しばらくすると彼女は諦めたのか叩くのをやめて、


 僕の布団にもぐりこんで顔をぺろん、と舐めた。


 「うわっ」

 思わず跳ね起きてパジャマの裾で顔をこする。彼女は僕の前に座ってふぅ、と満足げに溜息をついた。

 ・・・・・・・猫って溜息つけるのか。

 「何で起こすんだよ。まだ5時なのにっ」

 「あたしが暇だからだ」

 一瞬本気で窓から放り出してやろうかと思った。殺気のこもった目線で睨みつける僕には目もくれずに彼女は鼻の頭をぺろんと舐めて伸びをしている。

 「大体僕を起こしたところで暇なことに変わりはないだろっ」

 そういえばいつの間にか彼女に対する口調が砕けている。敬語で話しかけていた最初の頃が嘘みたいだ。・・・・・・・っていうより、馬鹿みたいだ。

 「いや、お前を起こすとコントみたいな会話が楽しめる」

 「自分でも自覚してるのかよ・・・・・・」

 うん。多分口調が砕けた原因はこのコントみたいな会話だと思う。

 

 

 この辺りで人目につかないところといえば・・・・・公園?いや、誰が来るか解らないから却下。そもそもこんな都会に人目につかない場所なんてそうそうない・・・・・・・

 あ、そうか。家に連れて帰れば良いんだ。親は共働きで家に居ないし、妹は今日は部活があるはず。うん、そうしよう。

 そんな事を考えながら足元を見下ろしてみる。もしかして消えてるかも、なんて淡い期待を抱いていたのだけれどそう都合良くは行かないみたいだ。しっかりついて来てる。いや憑いて来てる?・・・・・・うわぁ。ロクでもないことを考えてしまった。

 自分の連想に自分でショックを受けて軽く落ち込む僕を、白猫が何やってんだこいつ、みたいな目で見上げてくる。なんだかさらに落ち込んだ。人間じゃない、どころか生きてすらいないやつにこんな目で見られる僕って一体なんなんだろう。

 そんな下らないことを考えている間にいつの間にか僕たちは家の前に着いていた。僕の家はまぁどこにでもあるような普通のマンションで、多分動物を入れるのは禁止だけれど、生きていないんだし良いだろう。そもそも僕以外の人には見えないわけだし。

 僕がエレベーターに乗り込むと、当然のように白猫が後ろから憑いて来る・・・・・違った、ついて来る。それを見下ろしてなんとなく溜息をついて、僕は7階のボタンを押す。微かに振動しながら上昇するエレベーターの中で、白猫はなぜか毛づくろいなんてし始めた。死んでるのに毛づくろいをする意味はあるんだろうか、とかちょっと思ったけれど黙っておく。

 エレバーターが止まると、白猫はさっさと毛づくろいを止めて僕より先にエレベーターから降りた。どこだ?みたいな目で見上げてくる。解らないならなんで僕より先を歩こうとするんだよ、と思いながらも結局教えてしまう、猫より立場の弱い僕だった。

 「そっちの右側の、三番目・・・・・そう、そこ」

 あれ、でもあいつドア開けられないよな、とか考えている僕の目の前で。

 「えっ―――」

 白猫は開いていない上に鍵までかかっているはずのドアをするっと通り抜けて姿を消した。

 ・・・・・・・忘れていた。あいつは幽霊なんだった。

 幽霊ではない僕は普通に鍵を開け、ドアを開けて家に入った。玄関に白猫が座って僕を見上げている。ちょっと満足気だ。

 「なんでわざわざドア通り抜けるんだよ」

 「悪い悪い。いっぺんやってみたかったんだ」

 「・・・・・・・・・・」

 さいですか。

 「で、あたしはこれからどの部屋で生活すればいいんだ?」

 「お前この家で生活するつもりなのかよ・・・・・」

 「当たり前だろ。お前にしか見えないんだし」

 「しかも当たり前なのかよ・・・・・・」

 ああ、頭が痛い。っていうか僕、いつか溜息のつき過ぎで死ぬんじゃないだろうか。そんなわけないけれど。

 「つーわけで今日からあたしはあんたのペットな」

 「・・・・・・・・・・」

 こんなペットは要らない。絶対に要らない。

 僕の気も知らずに白猫は勝手にリビングのソファに陣取って、丸くなりながら僕を見上げた。

 「んじゃあ今日からよろしく」

 こうして僕と彼女は出会った。 

 7月1日、快晴。

今日、僕は彼女と出会った。



 排気ガスと騒音が立ち込める4車線くらいの比較的大きな道路脇を、僕はいつものように歩いていた。学校の帰りだったから時刻は多分午後4時半くらいだったと思う。その道を僕は特に何を考えるでもなくぼーっと歩いていて、何気なく一瞬道路の方に目をやった。

 

 そして、見てしまった。


 車が途切れた一瞬をついて道路を渡ろうとしていた一匹の猫が、某宅急便のトラックに跳ね飛ばされる瞬間を。


 猫は本当に洒落にならないくらいの勢いで跳ね飛ばされて、僕が歩いていた道の数メートル先にぼとり、と落ちた。反射的に僕は足を止める。その横を、気付かなかったんだろうか、クロネコのマークを付けたそのトラックが何事もなかったかのように通り過ぎていく。道の上に横たわっているその猫は残念ながら(何が?)白猫だったけれど、毛並みが血で染まってまるで紅猫、みたいだ。

 混乱した頭でそんな不謹慎なことを考えながら、ぼくはその場に立ち尽くしていた。どうしよう。この場合どうすべきだろう?埋める、といっても一都会の道路脇に埋められるようなスペースがある筈もなく、でもここにこのまま放置していくのはさすがに気が引ける。持って帰る、とか?いやいやいや、こんな血みどろの猫を抱いて帰るなんていくらなんでも無理だ。というか嫌だ。

 あれ、そういえば、そもそも生死の確認をしていない。まさか生きてはいないと思うけど、一応確認しておいた方がいいのかもしれない。やっとそこまで考えが至って、僕は歩き出した。いや、正確には歩き出そうと、した。

 「え――・・・・・」

 僕が右足を地面から浮かせかけた次の瞬間、

 「嘘――」

 

 猫が、消えていた。

 というか、よくみたら、何時の間にか僕の足元に居た。


 「・・・・・・・・・っ、」

 僕が悲鳴を上げるタメに入った直後、

 「あ、叫ぶなよ。めんどくさいことになるから」

 喋った。猫が。女の声で。

「え・・・・だって・・・猫・・・・・っていうかメス?」

 処理能力の限界を超える事態に直面した僕の脳はどうやら完全に思考活動を放棄したらしく、そんなどうでも良い事を僕は口走る。この猫がメスかどうかなんて本当にどうでも良い。違う、問題はそこじゃなくて、

 「なんで喋ってんの、ってか?まあそれは訊くだけ無駄って奴だな。なぜならあたしにも解らないからだ」

 そうか、一人称はあたしなのか。

 ってだからそうじゃなくて。

 「い・・・・生きてたの・・・・ん・・・ですか?」

 猫に敬語で喋ってしまってから自己嫌悪に陥る。何してんだ僕。

 「ん?ああ、そっちか。なんだ、さっきの見てなかったのか?死んでるに決まってるだろ」

 「・・・・・・・・・」

 じゃあ何で動いてるんだ。

 「まぁ幽霊みたいなもんだろ。多分お前にしか見えてないと思うぞ」

 その台詞に我に帰って辺りを見回す。確かに見えてないみたいだ、僕以外に猫の存在に気付いている風な人はいない。・・・・・・うわぁ、っていうか僕、完全に挙動不審人物をみる目でみられている。そのうち通報されかねない。

 足元の猫を見下ろす。そいつは首を傾げて見せた。

 「・・・・・・・・・」

 うん。取り合えず人目につかないところに移動しよう。

 溜息を一つついて、僕は歩き始めた。