長文になりますが、私がどの乳房再建術にするか悩んでいた時期、以下の点を

考慮しました。

※放射線治療が必要な場合はインプラントは不向きとされています。

※二次再建希望の場合は自家組織再建しか選択肢がないこともあります。

 

やはり自家組織再建の一番のデメリットは、胸以外の箇所に新しい傷を作ること

です。インプラントの場合は、全摘手術の際にできた傷を利用するので、それ以上

傷はできません。再建の選択肢を調べ始めた時は、私も「せっかく胸以外は

問題ないんだから」と、傷を増やすことに抵抗を感じ、インプラント寄りで

検討していました。

 

傷の形も、インプラントの場合は一本の線で済む一方、自家組織再建の場合は
移植する際に縫い合わせる必要があるため、丸い傷や葉っぱ形の傷になります。

 

手術・入院・回復期間

手術時間は大きく異なります。まず、全摘手術が2〜4時間と言われており、

私が選んだお腹のお肉を取る自家組織再建は手術時間が6〜8時間とされています。

対してインプラントの場合は1〜2時間だそうです。

 

自家組織再建の入院期間は一般的に術後10〜14日のようですが、私の場合は

(若いから治りも早かったんでしょうか?)ちょうど1週間ほどで退院しました。

看護師さんも驚かれていて、これはインプラントの方とあまり変わらない期間

だそうです。

 

回復期間は、欧米では6〜8週間(インプラントの場合はもっと早い場合も)と

ありますが、日本では基本、術後3週間ほどで仕事復帰の許可が出ます(職種にも

よりますが)。ただ、許可が出ても体がまだ追いついていないことが、特に

自家組織再建の場合は多いかと思います。胸より、お腹などのいわゆるドナーサイト

の問題です。個人差があるとは思いますが、私は胸は驚くほど回復が早く、

退院した時点では断然お腹の方が重傷でした。

 

大きさの調整

大きさの調整は、インプラントの方が余地があります。自家組織再建は脂肪を移植

するので、細身の方や、胸が大きな方は、脂肪が足りないという可能性があります。

また、手術を目前にして始めて「ちょっと足りないから少し小さめになるかも」

と言われることもあります。

欧米でこのタイミングはなかなかありません…「患者の知る権利」などで訴えられそうです(笑)。

 

欧米では、細身の方のために Stacked DIEP という自家組織再建の手法が

ありますが(通常の DIEP Flap* はお腹の脂肪を取り、実は半分から3分の1ほどの

脂肪は処分されるところ、それを処分せずに二重に重ねて胸の膨らみを作る、

というものです)、残念ながら日本ではまだ承認されていないようです。

*深下腹壁動脈穿通枝皮弁

有名人では女優のシャナン・ドハーティーなどがこの手法で再建しています。

 

感触

私が自家組織再建を選んだ理由の一つは、感触です。自家組織だと生きた細胞
なので、温かみや柔らかさもありますし、異物感はありません。インプラントは
人工物なので、どうしても硬さや冷たさ、また、体と一緒に動かないことなどが
懸念されます。(それがどれほど気になるかは個人によると思いますが。)
中には「診察室で触ったときは柔らかく感じたのに、いざ体に入ると硬く感じ、
子供とハグをする度にインプラントが当たる感覚が耐えられなかった」という
体験談もありました。泳ぎに行くとインプラントが冷たくなることや、
テニスをするとサーブの時に衝撃がインプラントに響く(「大きな弦をはじくような
感覚」)とも語っています。
 
また、豊胸手術の場合はインプラントの上に大胸筋と乳房があるため、
胸本来の感触と変わりませんが、再建手術の場合は、同じように大胸筋の裏に
インプラントを入れても乳房がないので、インプラントの凹凸が肌に響いたり、
波打ってるように見えることもあるそうです。

ちなみに、アメリカでは大胸筋の裏(従来の手法)ではなく、にインプラントを乗せる手法

(prepectoral breast reconstruction) の方が、術後の痛み・違和感、筋肉への負担などを軽減できる

とされ、用いられる例が徐々に増えていますが、日本ではまだ承認されていないようです。実はこれも

私がインプラントを選ばなかった要因の一つでした。

 

メンテナンス

インプラントは一生持つものではないので、定期的に入れ替えが必要となります。

インプラント自体の耐久性は種類によって10〜20年とされますが、

合併症見た目の問題などで、入れ替えがそれより早まることが多いそうです。

また、若年性の身としてはまだ遠い話のようですが、前向きにこの先も長生きする

ていで考えると、70歳、80歳になってもインプラントの入れ替え手術をする覚悟

あるのか、という点も考慮しました。

 

自家組織再建の場合は、一度やってしまえばその後のメンテナンスは

特にありません。ただ、よく「手術1回だけで済む」と思われがちですが、

自家組織再建の場合も形を整えたり調整するために、(本人が希望するかにも

よりますが)手術は平均として3回ほどのようで、1回目以降は大体外来で

済む比較的小さい手術とのことです。

 

起こり得る問題

私が自家組織再建に決めた一番大きな理由はこれでした。

    自家組織再建

    まず、自家組織再建で起こり得る問題は主に術後数日間の間に多いようで、

    可能性としては、血管の繋りが悪かったり血流が十分に流れていない状態による

    移植した部分の壊死や、傷の感染などです。また、将来の妊娠希望も考慮する

    ことが大事です。これに関して日本はまだ慎重な姿勢ですが、欧米ではDIEP Flapの再建後に元気な赤ちゃんを無事出産しているケースが年々増えています。

    お腹に十分な脂肪をつけるため、術後2年は待つことが一番安全だそうです。

    また、これまで無事に出産されている例は、いずれも赤ちゃんが一人の場合

    のようで、ご自身やお相手の家族に双子などがいる場合、あるいは体外受精で

    受精卵を複数移植する場合は、要注意点かもしれません。また、私はお腹のお肉を移植するDIEP Flapにしましたが、自家組織再建には太もものお肉を取る

    遊離大腿皮弁法(PAP Flap)などもあります。

    背筋を利用する広背筋皮弁法もありますが、これは筋肉を切り取ってしまいます。欧米の掲示板サイトこの手術をした方たちが、消えない痛みの後遺症のことや、「出来栄えは満足してますが、この手術のせいで今も障害者です。おすすめはしません。」などと書かれているものを見てしまったため、私は割と早い段階で選択肢から外しました。
     

    インプラント

    インプラントの場合は、妊娠で気にする点は特にありませんが、その他の注意点が割と多い印象を受けます。まずよく言われるのが、インプラントの破損、漏れ破裂です。特に何もしなくても起きてしまうこともあるそうですが、例えば

    交通事故や、何かにぶつかったり、転んだりして衝撃を与えてしまったりと、

    予期せぬ出来事があり得る中、個人的にはその都度インプラントが大丈夫か

    心配するのは、疲れそうだなぁ…と思いました。

     

    また、被膜拘縮 (capsular contracture)などの合併症も懸念され、これは

    異物であるインプラントの回りに体が(通常は柔らかい)を作りますが、

    被膜拘縮の場合はその膜が硬く、高密度のものになってしまう症状です。

    それによって伴うのが痛み胸の変形となります。英語のサイトになりますが、

    こちらに症例写真が載っています。

     

    更に、日本で承認されているインプラントの種類も個人的には大きな要因でした。インプラントには表面がザラザラしたもの (textured surface) とツルツルしたもの (smooth surface) の2種類があります。ザラザラした表面のメリットには、上記の被膜拘縮が軽減されることや、インプラントの位置が凹凸によってより固定される点が上げられます。対してツルツルしたものは感触がザラザラのものより柔らかく、インプラントを入れ込む際の傷口もザラザラのものより
    小さく済むと言われますが、デメリットとしては滑りやすく、胸の左右にズレて

    しまったり、下の方に下がっていく傾向があります。

     

    ザラザラの表面の一番のデメリット悪性リンパ腫との関連性です。表面の凹凸に細菌気泡などが付着してしまい、菌の繁殖の原因になるとも言われています。2019年の秋にアラガン社が全世界で自主回収したインプラントも、この
    ザラザラのタイプでした。それまで日本ではアラガン社のこの一種類の
    インプラントしか承認されていなかったため、インプラント再建が一時的に停止してしまい、他社のものも承認済みの他国に比べ、日本の打撃は特に大きかったと言われます。その後、2020年10月からはアラガン社のツルツルの表面のものも含め、複数の種類が新たに承認されています。

    こちらに詳しい説明があります。)

     

    ちなみに、日本同様、ヨーロッパやオーストラリアでも、インプラントを選ぶ
    患者の約90%がザラザラのものを使用していますが、アメリカでは90年代前半から徐々に減り、現在は約90%がツルツルのタイプと、真逆です。また、
    アメリカではこの悪性リンパ腫との関連性を懸念して、多くの病院ではザラザラのインプラントを取り扱ってもいないことが多く見られます。フランスでは2019年にザラザラのインプラントの使用が新たに禁止されました。

     

    この悪性リンパ腫の症例数は稀とされますが、具体的なリスクに関しては意見が

    異なります。英国では、2018年までにインプラントとの関連性が認められる

    悪性リンパ腫が45人に見られ(内1人が死亡)、リスクは24,000人に1人

    想定されています。一方、オーストラリアでは2018年までに72人の発症が

    確認されており、発症のリスクを約1000〜10,000人に1人と広い幅で見ています。アメリカでは2019年7月までに573人の発症(内33人死亡)が確認されていますが、本人がまだ把握していない例も含めると実際はもっと多いと想定されます。いずれにしても、微小とはいえ、ザラザラのインプラントによってリスクが高まると報告されています。

     

    日本では2019年に初めて発症例が報告されました。67歳の方で、2002年に
    50歳で乳がんと診断され、その際にザラザラのインプラントで再建手術を
    行っています。2017年12月に胸の腫れや赤みなどに気づき、翌年6月には症状が悪化していたため病院で受診して、インプラントを取り出す手術を行っています。この時点ではまだ悪性リンパ腫は把握されておらず、その3ヶ月後に反対側のリンパ節の腫れが見受けられ、生検を行ったところ悪性リンパ腫が確認され、その後抗がん剤治療を行ったとのことです。また、この方は高齢のご両親の介護に伴う筋肉痛緩和のためによく胸のマッサージを行っていたそうで、これがさらに腫れや赤みなどの症状を悪化させたのではないか、との説も発表されています。こちらの論文は英語ですが、症例写真などもあります。

 

報告されている長期の満足度

更に私が割と影響を受けたのが、乳房再建をした女性たちのその後の満足度です。

探せば意外と長期追跡調査が沢山行われており、その期間も10〜20年後など、

手術からずいぶん時間が経ったものもあります。

 

まず、胸の見た目の満足度では、インプラントと自家組織再建を比較したところ、

術後3年ほどまではインプラントの方が満足度が高いですが、そこから徐々に低下

していき、長期の満足度自家組織再建を行った方が高く報告されています。

こちらの最後のページにその図表があります。)

 

また、フランスで行われた QOL(生活の質、quality of life)を調べる調査でも、

自家組織再建の枠の方が、インプラント/再建なしのいずれの枠よりも10〜20年後の

QOLスコアが高いと発表されています。アメリカ、スウェーデン、ノルウェーで

行われた調査でも、同じように自家組織再建後の長期の満足度が報告されています。

 

参考になったビデオ

最後に、各種再建術のメリット・デメリットや、どのような手術なのか

アニメーションで説明されているビデオも沢山見ました。ものによっては

日本と多少異なる部分もありますが(まだ承認されていない手法や、入院期間、

費用、医療機器の違い、など)、個人的にはとても参考になりました。

 

特にジョンズ・ホプキンス大学はこのようなビデオに力を入れているようで、

複数作成されています。(以下すべて英語です)

余談ですが、19世紀後半に世界初の乳房全摘手術が行われたのもジョンズ・ホプキンス大学です。

 


出典
 

シャナン・ドハーティーの乳房再建を取り上げた記事

 

インプラント再建後の違和感や心境を語った体験談

 

両胸全摘後にインプラントで再建した女性の体験談。胸の感覚を失ってからの恋愛や、パートナーとの

コミュニケーションの大切さなどについても語られています。

 

英国の DIEP Flap 再建術後に妊娠・出産した方々の体験談

 

36歳で2018年6月に両胸全摘・DIEP Flap 再建後、2019年12月に無事女の子を出産した女性の体験談

 

米ジョージタウン大学が発表したDIEP Flap術後に2回妊娠した二人の女性のケーススタディ

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22877890/

 

米UCSF(カリフォルニア大学サンフランシスコ校)が大胸筋の上にインプラントを乗せる手法が

有効的と発表

Prepectoral Breast Reconstruction: A Safe Alternative to Submuscular Prosthetic Reconstruction following Nipple-Sparing Mastectomy (Sbitany et al. 2017)

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28574950/

 

欧米の被膜拘縮の症例写真

 

英国のNHS(国民保険サービス)によるインプラントの表面の説明

https://www.qvh.nhs.uk/wp-content/uploads/2019/02/BIA-ALCL-0700.pdf

 

2019年にフランスでザラザラのインプラントが禁止される

 

ザラザラのインプラント術後に悪性リンパ腫が見つかった女性たちの体験談(英ガーディアン紙)

 

https://link.springer.com/content/pdf/10.1007/s12282-020-01064-5.pdf

 

がん研究会の患者向け乳房再建のしおり(最後のページに満足度の図表あり)

 

↑の図表の元となる研究論文

Patient-reported aesthetic satisfaction with breast reconstruction during the long-term survivorship Period (Hu et al. 2009)

 

フランスの乳房再建術のQOL長期追跡調査

Long-Term Follow-Up of Quality of Life following DIEP Flap Breast Reconstruction 

(Hunsinger et al. 2016)

 

アメリカのDIEP Flap 再建後のQOL長期追跡調査

Function and Strength after Free Abdominally Based Breast Reconstruction: A 10-Year Follow-Up (Nelson et al. 2019)

 

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5505823/

 

ノルウェーの乳房再建術のQOL長期追跡調査

Quality of life, patient satisfaction and cosmetic outcome after breast reconstruction using DIEP flap or expandable breast implant (Tonseth et al. 2007)

https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S1748681507002859

 

ジョンズ・ホプキンス大学の乳房再建の説明ビデオ

 

ジョンズ・ホプキンス大学の乳房再建ページ