手術から4日後の土曜日、休みを利用してカルタンが千葉からやって来た。
頼んでいた本を持ってきて。

*この土日月辺りがICUシンドロームのピークだったので、時系列があまりはっきりしていません。


この頃は完璧に夢と現実が同時進行していて、せん妄も見え始めていた。
自分が経験したことを話さなくてはと思い、カルタンに夢で見たことを事細かに説明した。

・『 インセプション 』みたいに夢には階層があること。
・今も目の前にアイコンのようなものが見えて、そこに集中すると夢の世界の方へ行ける。
・『 マトリックス 』みたいな世界があること。


「 インセプションってよくできてるなーって思ったよー 」
と意気揚々と語ったが、カルタンは内心「 なんかおかしいな 」と思っていたという。
( あと映画も良く出来ているが、夢が映画に影響されたのではないだろうか )

カルタンや母と「 退院したら◯◯へ行きたいねー 」と普通に会話しつつも、思考は完全に夢の方へ行っていた。
完全に目が覚めないというのもあるが、夢で会った夢の世界を自由に行き来できるおじさんたちとコンタクトが取れそうだったのだ。
それには様々な困難を乗り越えて、どんどん上に行かなくてはいけない。
そしてこの能力を利用しようとする人々に見つからないようにしなくてはいけないのだ。
上の空のまま母とカルタンに適当に話を合わせ、意識は完全に夢の世界にいた。

最終的に夢の階層の一番上まで行けたのだ。
そこは明るい庭園で、世の中には三人以外にもこの階層に自由に来ることができる人が数人いた。
人種も様々、若い女の子もいた。
夢の世界には言葉の壁がないから、会話もできる。
早速みんなで集まるから、意識をその場所まで飛ばすように言われた。
言われるままに意識をコントロールした。
なぜか病室の外に打ち上げ花火が見えた。


 日曜日。
このとき夢の中ではなぜかとても気持ちが悪く、めまいもして吐かなくてはいけない気がしていた。
でもなかなか吐けないし、めまいも治らない。
吐くには段階があり、一番軽いものから順に試したがダメで、一番最後の「 暗闇の部屋に高い窓から飛び降りる 」という選択肢しか残らなかった。
そして飛び降りてみたけれど、吐き気はおさまらないし目も覚めない。

現実世界では、母とカルタンがわたしの異変を先生に相談したりと大変だった。
先生から「 放っておけばそのうち治ります 」と言われても、本当に放っておいて大丈夫なのか?と二人とも不安になった。


看護師さんが「 食事をしたら良くなるかもしれない 」ということで、食事が始まる。
激不味の高カロリー食。
カルタンの話によると、それを見るなり、わたしはものすごい勢いで手づかみで食べようとして、みんなで必死に止めたという。
顔つきも変わっていて別人のようだったそうだ。

スプーンを持つなりガツガツ食べ出した。
もちろん不味い。とんでもなく不味い。
でも食べなければいけない、と夢の世界から指令がきていたのだ。
みんなに止められても「 食べなくちゃいけない! 」とガツガツ食べていた。

そして母とカルタンと会話をしていて、目を覚ますには吐かなくてはいけない、という気持ちになる。
夢の中で色んな方法を試したけど吐けないし、目も覚めない。
「 カルタンのiPadに吐けば目が覚める 」
「 カルタンの鞄の中に吐けば目が覚める 」
と誰かが提案する。
その言葉に従い、自分は言葉巧みにカルタンにiPadを出させる。でも吐けない。

その日の夕方、後ろ髪ひかれる思いでカルタンは千葉へ帰って行った。
新幹線の中でICUシンドロームについて調べながら。

これが日曜日の夕方か月曜日に起きたのかわからないのだが、病室の目の前の白い壁に、古い映画のポスターが見えた。
色はなく浮き彫りの状態で、たぶん『 サウンド・オブ・ミュージック 』だったと思う。
そのことを特に不思議に感じず「 患者さんを楽しませるためにやってるんだなー 」と思った。
でもベッドの隣に座っている母との間に、数本透明なテグスのようなものが通っているのが見えた。
それが母の顔に当たりそうで、思わず「 危ないから気をつけて! 」と言った。

夕方、看護師さんに「 少し歩いてみましょう 」と提案され、術後初めて歩くことになった。
点滴棒と看護師さんに支えながら病室を出るとカーペット地の廊下に絵が見えた。
これも浮き彫りの状態で、トトロやアニメの柄だ。
「 廊下に絵が描いてあるんですね 」と看護師さんに言っても、看護師さんは否定せずに話を聞いてくれた。
そしてよろよろ歩きながら、看護師さんのご主人の実家と我が家が近いことや、関西のテレビの話をした。