ビフォー
今日の人生相談は仕事で怠け癖が出たら迷惑をかけてしまうのではないかということで、自分を変えたいという悩み相談だった。
習慣やら癖やらパターンやらの定義をしたことはなかったし、自分を変えようとする時に、自分の当たり前を見つめようとすることもしたことがなかった。
気付き
習慣とは、ずっと続けることで、嫌だったものが嫌ではなくなることである。今まで続けていなかったものを続けることで、それが好きだというものではなかったものが好きになるぐらい続けていったら、習慣になるということか?どんなに続けていっても嫌なものは嫌だなぁと思うこともあるけど、嫌なままでも習慣になっているものもあるのではないか?嫌なものが嫌なままでも続けているなら、習慣と言えるのではないか?嫌なものが嫌で無くなるまで続けられたら、本物の習慣と言えるのかもしれないね。嫌なものが嫌なままなら習慣と言ってもいいかもしれないけど、たまにやらないことがあるのは嫌だからだよね。悪い習慣は習慣ではなく、パターンである。パターンの、意味は型ということだけど、悪い習慣には型であるパターンがあるのは確かだ。だが、習慣にもパターンがあるとは思うけどね。良い習慣にもパターンがあると思うし、悪い習慣にもパターンがある。悪い習慣の方がまたこのパターンかという言い方をするのではないか?習慣はやめるのが簡単なのはパターンがないからではないか?一定の型が固定して決まっているわけではないから、習慣はやめやすいのではないか?ということは、習慣にはパターンがないとも言える。辞めやすいパターンがあるのが習慣なのかもしれない。習慣は身につけるまでは大変だけど、辞める時には、能動的にやめられる。習慣を作るには、行動を積み重ねて身につけるのに時間がかかるけど、辞める時にはパターンが固定化されていないから、辞めにくいパターンがないから、習慣は、簡単にやめられるのではないか?悪い習慣であるパターンはなかなかやめることができない。悪い習慣はパターンとなって、一定の型が定着しているから、辞めにくいのではないか?良い習慣というのはパターンを変えても続けていくことは可能なのだろうか?やっぱり、良い習慣にも悪い習慣にもパターンがあるように思えてならない。癖は自覚が困難である。人から言われないと癖は、自分ではわからない。自覚が分かってる悪い行動は癖ではなく、パターンなのだろう。癖や習慣やパターンを定義することが大事なのではなく、言葉を定義することで、対策を取れるということだ。言葉を定義しなければ、自分がどの問題意識を持って何を解決していけばいいのかが分からないのだろう。相談内容にある怠け癖というのは、自覚しているということはパターンなのだろう。自分を変えるとは、自分の中の普通や当たり前を変えることであり、当たり前の行動や当たり前の価値観の両方を変えることである。自分も変えるといった時には、認知を変えなければ、変わらないけど、認知の手前には前提があり前提というのが当たり前や普通と思っていることであるのだ。当たり前の価値観や普通だと思っている価値観が定着していて、自分を縛っているから、当たり前の価値観や普通の価値観というもの変えていくために当たり前にやっている行動や当たり前の価値観を変えていく必要がある。自分の中の当たり前や普通というものを変えていく時に、自分の行動と価値観を変えていかなくちゃいけないけど、行動と価値観の両方を変える時に、どちらを先に変えればいいのだろうか?当たり前の価値観は、自分のとった行動の数で決まるのだ。行動が先で価値観が後なのである。私の場合は、まず価値観を変えてから行動を変えようと思っているから、本を読んで、情報を取得して、価値観を変えてから行動を変えようと思っていたが、行動をしなければ、価値観が決まらないというのは、まず決めて行動していかなければ、判断基準がつかないのと同じように、判断基準がつくまでに情報を取得するのもいいけど、結局行動しなければ、最終的な判断基準はつかないのだから、行動してみなければ、価値観を変えることはできないのだ。色々な行動をしてみて、自分に合った価値観を選んでいく時に、たくさんの行動の回数を重ねたものが、自分の価値観になりやすい部分も確かにある。自分はいろんな行動をしてみて、価値観として、この価値観で行動することが、自分にとってはいいなぁと思っていても、それが悪い習慣になってしまうのであれば、価値観を変えなければならない。当たり前の行動を変えていくことによって、自分が新しい行動を繰り返せば、自分がやっていることは重要なんだと思って、価値観を変えることがあるのだろうか?自分が欲しい、普通を、手に入れたいなら、普通に値する行動を継続して、それが普通だという価値観を育むしかないのだろう。習慣形成が難しいのは、自分が当たり前にしたい価値観を作っていくために、当たり前の行動を変えていって、自分が欲しい当たり前の価値観に値する行動を続けていくことで、自分がやりたくないものだったけど、嫌ではなくなる可能性もあるし、習慣を作ろうとして行動を変えて当たり前にしたい行動を続けて継続していっても嫌なものは嫌なままであるけど、習慣になっているものもあるだろう。嫌なものが嫌じゃなくなるのが習慣だけど、嫌なものを続けていっても嫌であることが変わらなかったとしても継続し続けていれば、それが当たり前の習慣になり、当たり前の価値観になり、当たり前の行動になっていくこともあるのではないか?とにかく、自分が中間にしたいほど、自分を変えたいと思うならば、自分を変えるべくして行動を変えていき継続して行動を続けて行けば自分が欲しい当たり前の価値観が手に入りやすいのではないだろうか?色んな試行錯誤して行動を変えていき、新しい行動を継続させて、新しい価値観を育んでいくことであり、新しい価値観を得ようと本を読むことでは、決して新しい価値観が定着することはないから、必ず、新しい行動をしなければ新しい価値観を持つことはできないということだろう。どんなに本を読んで、新しい価値観を考えついたとしても、新しい価値観に値する行動を継続し続けなければ、自分の新しい当たり前の価値観を定着させることはできず、自分を変えることはできないのだろう。
TO DO
習慣とパターンと癖を定義して、自分のことを変えようとすることをして行く時には、まず、自分の当たり前を変えていかなくてはいけないから、当たり前にしたい行動を継続してみて、自分が当たり前にしたい価値観を自分に定着させて、習慣を変えていき、自分を変えていこう꒰。•`ェ´•。꒱۶
歯磨きを朝昼晩食後にやるのが当たり前になったければ、朝昼晩の食後に歯磨きを実行してみて、継続し続けてみて、新しい当たり前の価値観である、歯磨きは、朝昼晩の食後にすることが望ましいということになり、自分を変えていく。