昨日まで心配な人がいた。それは、十五代目 酒井田柿右衛門。
5~6年前に、十四代目と共に柿右衛門窯での制作風景を紹介する体のドキュメンタリー番組に出ていたところを初めて見た。
イメージとしては、世界に誇る柿右衛門窯、伝統と格式を守るため、たくさんのことを犠牲にしてそれを成し遂げる人生を送る、厳しい世界に生きる人たち。。
ところが十五代目は、飄々としていた。父 十五代目に叱られる場面も多く挟み込まれ、スケッチをしてもどこか適当?ジャージ姿と、大丈夫か、十五代目!と心配せずにはいられない人となりだったからだ。
十四代目の自分を律し仕事一筋に人生を捧げる威厳に満ちた立ち居振る舞いとは、あまりに対照的で、また、それをそのまま映し出すドキュメンタリー番組にもショックを受けた。
見終えた感想は、一言、大丈夫なのか、十五代目。
そして、昨年、十四代目が亡くなった。
昨日、何気なくテレビを見ていると、勘三郎が自らの背負う重圧を振りほどくヒントを探すべく、さまざまな業界の、偉大な父親を持つ跡継ぎたちと対談するという番組が始まった。
すると、出てきたのだ。十五代目が。
さすがに柿右衛門窯の継承者となった十五代目はジャージ姿ということはなかったが、あの飄々とした感じは、そのままだった。勘三郎の切羽詰った、本気で今陥っている迷宮から抜け出そうとする態度とは裏腹に、十五代目は飄々としていた。
いろいろな角度から疑問を投げかける勘三郎、それを受け止めるでもなく、かわすでもなく、ただ、ありのままに返答する十五代目。そこには気負いもなければ嘘も感じられなかった。
そして思った。この人のペースは、こういうペースなのかもしれない。
その後、気になって十五代目の作品を見てみた。5~6年前に見たスケッチとは違っていたが、線が弱い感じの印象の薄い作品。それでも、十五代目は、もう十五代目なのだから、このままのペースで進んでいくのだろう。そして、いつか、十五代目の柿右衛門を見つけるときがくるのだろうな。
だから、もう心配するのは終わりにした。
なんとなくだけど、十五代目は覚悟をしているんだろうな、と昨日は思えたからだった。