悲嘆と自己憐憫に陥らせてほしい。
こんばんは。
此の国に生まれ生きながら、そこに居る者の何一つ信じられなくなった一夜だった。
此の責任を何故彼の者が取らねばならないのか?
私が社会に出て三十年程、唯始めが遅れたからと言うだけで、唯社会に馴染めなかったと言うだけで、相当の辛酸を舐めてきた。それは今もって続いている。
友と遊ぶこともなく、海外に冒険することもなく、誰かを好きになる機会も得ず、人生の傍観者として、唯々仕事にー日々に消えてしまう収入を得んがためのー埋没してきた。
しかしそれは単なる泣き言世迷言、総ては自己責任だと言う。
そう、この世はすべて自己責任で成り立っているらしい。
私には分からない。何故なら、人との接触による激しい感情の起伏を何一つ経験せずここまで来てしまったのだから。
私には何もない。空っぽ。空疎。空虚。ただ虚。
なのに何故だろうか。泣けて、泣けて、仕方がない。
怖くて、怖くて、足元から震えが這い上ってくる。
放り出されたのは、今に始まったことではないのに。
さて、これからもこの虚の私に、さらに「出せ!」と迫り、搾り取ろうとするのだろう。
日照りの下で干からびた骸を晒した虫けらの如く、空っぽの私にこれ以上何を差し出せと言うのか。
いや、もしかしたらもう私などお払い箱なのかもしれない。日照りあがった虫がどうなるか、私は知っているではないか。
あまりに残酷に過ぎた一夜。
今日だけは、今日だけは、私のために涙を流したい。
