「あいのうた」を聴いた。
歌は、聞き手によって、
様々な思いを描かせる。
愛する人を残して、
去らなければならないせつなさ。
自ら選んだわけではなく、
運命を受け入れることしかできずに。
幼い娘さんを残していかなければならなかった、
カオリさんの気持ち。
私は、そんな想いを描いた。
「あいのうた」を聴いた。
歌は、聞き手によって、
様々な思いを描かせる。
愛する人を残して、
去らなければならないせつなさ。
自ら選んだわけではなく、
運命を受け入れることしかできずに。
幼い娘さんを残していかなければならなかった、
カオリさんの気持ち。
私は、そんな想いを描いた。
ある事件の容疑者逮捕。
動機はまだ良く分からないらしい。
借金があったとの報道がなされている。
守りたいもの、
大切にしたいものは、
人それぞれ違うと思うけど、
お金は、
色々な物やサービスの物差しにすぎない、
借金を返さないと守れない何か、
何が守りたかったのか。
他に方法はなったのか。
もしかしたら、
ほんの少しのことで、
結果は、大きく変わっていたかもしれない。
誰にも分からない。
「ラン・ローラ・ラン」
(1998年 主演フランカ・ポテンテ)
映画の中で、ローラが言う。
「走りながら考える。」
人生は、
決して戻れぬ阿弥陀くじ、
でも、目的や、目標がわかっていいるならば、
そこへ向けてたどり着けるよう、
阿弥陀に、道を書き加え、
何とかたどりつける努力もできる。
現実には、映画のようなやり直しは出来ない
だから橋を渡る前に、立ち止まり、
何度も橋をたたいてみたり、
大切に思うものや、思うことほど
一歩が踏み出せなくなる。
最善策、次善策、
さらにその次、次、次。
あるいは、
その時にできる最善策、
次の時点でとりうる最善策、
さらにその次の時点での最善策。
先のことは分からないけどやってみる。
出たとこ勝負か、
違う、ちゃんと仮説を立て、
実行し、また、最善策を考えなおす。
慎重すぎるか。
(だから今年もチョコは無理そうだ。)
「crossroad」という歌の一節を思い出す。
「あの時立った分かれ道の
反対側にあったのは
なんだったのかなって」
40歳を機に独立して自分の可能性を試してみるそうです。
間寛平さんのチャレンジを見て思ったのかも知れません。
体力は勿論、築き上げた人間関係、
人間の可能性には限界はないのだと。
私も思いました、この体も頭(脳)も、
上手く使えば、能力もまだまだ伸びるかもしれない。
誰かの役に立てるかもしれない。
この先、故障や事故もあるかもしれない、
壊れても何とかだましだまし、
その時の最善になるようメンテナンスしながら、
最後の最期まで、使い切りたい。
私のこの体と心は、命つきるまでは、
私、以外の人には使えないものですから。
がんばれ!
「私は、羽鳥アナを応援しています。」