こんにちは、やまけんです。
私は文章の書き方を改めようと考えています。1か月程ブログを継続してきましたが、文章の書き方を改める必要性を感じています。
理由は、私の文章が伝わりづらいからです。
私にとって文章は読み手に伝わることが大切です。なぜなら私の中にも伝えたい何かがあり、それを読み手の方に伝えるために書いてるからです。
それにも関わらず、私の想いをイマイチ伝えられていないと感じています。そう感じるのは、高度な内容をすんなり理解させてくれる優れた文章に日々触れていることが原因かもしれません。私が関心を持っている社会学の本を読んでいると、よくもこんなに難解な内容を上手に伝えることができるなと大変感心するのです。それと共に自身の文章の伝わらなさを強く実感します。私は伝わる文章が書けるようになりたい。
これまでの私は好き勝手に書くことを重視してきました。これには恐らく二つの理由があります。1つは気持ちよさです。文章の構成も決めずに、その場その場で思い浮かぶことを即座に書く。そういった手法で勢いを持って書き進めるのは、実に気持ちいいものです。そのおかげで毎日投稿が続いた側面はあったと思います。もう1つは神聖さです。その場で思いつくアイデアを書き留めていくことにある種の神聖さを感じていました。頭に浮かんだインスピレーションを即座に書き連ねていけば、そこには何の打算もなく、純粋な世界が広がります。そういった世界を大切にしたいという想いがあったのは事実です。この2つの理由は、結局のところ、自分を大切にしたいというワンフレーズに集約できると思います。
しかし他者に自分の伝えたいことが伝わっていないならば、それは自分自身にも伝わっていないのではないでしょうか。つまり大切にしたい自分も大切にできていないと思うのです。自分の考えというのは言語化して、初めて認識できるところがあります。それを他者に伝わるように言語化できていないようでは、結局のところ、伝えたい何かを自分すらしっかりと認識できていないのではないかと思うのです。文章の書き方を見直し、読み手にとって分かりやすくすることで、伝えたい何かを自他ともに理解していきたい。そしてゆくゆくは読み手の人に役立つ内容、感動する内容を届けられたらと願っています。
以上のような反省から、私は自分の文章の書き方を見直していきたいと考えています。慣れない内は、かえって読みづらく、見苦しくなってしまうかもしれません。ご容赦いただけますと幸いです。
今回は以上です。
お読みいただき、ありがとうございます。
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(補足)
今日の午前中から、文章の論理構造について調べていましたが、文章に対する認識がガラッと変わりました。
文章というものの可能性が閉ざされているように感じていたのが、一気に開かれ、視野が広がった気がします。
どのような認識変化があったかは、また別の機会に披露させていただくとして、ここでの主張は"rethink"することの重要性を改めて実感したということです。
従来のやり方を疑い、抜本的に見直すことは精神的な重荷を感じることもありますが、それにより一気に別の景色が拓けることもあるということを学んだのでシェアさせていただきます。
やまけん