創造的とは? | Where the wind starts.

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思ったことのメモなど

講義でこんなレポートを書きました。


本講義の大変有意義な雑談においては、研究の流れが仮説を立てるところから始まり、それを検証し、あわよくばそこで新しい発見をし、それを内外に向け発表するという流れで構成されていることを聞いた。また、研究のオリジナリティが最も発揮されるのは仮説を立てることであり、それがボンクラであってはつまらぬ研究になるし、また斬新であってもそれが立証できなくては研究の意味が無いことを知った。さらに、我々大学院生においては往々にして研究テーマが指導教員から与えられるわけであるが、バックグラウンドにしろ、その研究の方向性にしろ仮説にしろ、指導教員を超える意気込みで研究を行わなければならない姿勢の重要性を強く感じた。
 「どうしたら創造できるのか」これについては私も常日頃から悩んでいる事柄であり、よい機会だと感じたために本課題を選択した。水野先生がおっしゃったという、創造とは「既成のものに習いながら、既成のものから離れる」ことについては、今まで23年間の私自身の人生においても非常に共感する部分が大きく、非常に心に響いた。
 創造するということは自らの内より生ずる莫大な「エネルギー」を1つの「作品」として残すことと考えており、エネルギーを費やしていなかったり、もしくはそれが中途半端であっては「創造」ではないと考える。 どうしたら創造できるかという命題に対しては、まずは「ある対象に強烈な興味・好奇心をもっている」ことが第一条件としてあげられると考える。 これは「既成のものに習いながら、既成のものから離れる」ことを内包しており、猛烈な興味は自ずと私たちを勉強に向かわせ、知的好奇心から自ずとまだ知られていないこと、すなわち創造へと向かわせる。 
 であるから、よく物事をステップを踏んでやることの重要性が説かれているが、それは対象に興味があれば自然とやることである。しかし難しいのは、研究においては必ずしもその対象すべてに興味があるとは限らず、 やっていく内に徐々に興味を抱き始めることがある。 そういった場合、無知を恥じ何もしないとなると何時まで経っても対象が好きになれないのであり、始めのうちはかなりの忍耐力が必要となる。よって創造に必要な2つ目の要素として、「忍耐力」を挙げる。 軌道に乗れば、あとはその時点で猛烈な興味を持っているのであるから、創造へと向かうことになる。 例えば論文を読むにしろ、始めはタダの記号の羅列にしか見えないが、忍耐強く精読したり、様々なレビューを読んだりしてゆくうちに様々な興味が湧いてくるのであり、いずれは新しい発想が見えてくる(ことを強く願っている。)
 創造とは知的好奇心の産物であり、忍耐力も必要。豊かな発想を生むためにも、現代の教育には詰め込みよりもむしろ知的好奇心を抱かせる枠組みが必要であると強く感じる。