http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/earthquake_disaster_prevention/
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/typhoons/

大雨や地震での被害が大きく出てきていますね。
実際、被害は数で語ってはいけない。
もし自分の周りで災害が起こったとして。
最終的にその災害での怪我人は一人であったとしても、その数字が自分の事であったのなら
その1とは全てという意味になる。だから数字で語らない方がいい。
あれこれ考えながらも、被害を見ていたら心が痛みます。
自然には勝てませんので、いかに共存するのか、いかに生きさせてもらうのかを
主眼とすべきかと思います。


で、戦国武将ブーム。
戦国無双とかパチンコのように、その人の見た目そうだったのかはともかく
魅力溢れる生き様だったのでしょう、400年前であっても、未だに人を惹きつける。
でも、戦国武将は戦ってばかりではありません。
現実には「治水」ばかりに力を注いでいます。
堤防等に彼らの名前が残っているのはたくさんありますね。

そして現代。
昔と生活環境も大きく変化しています。
山も切り開いて、治水の状況も変化しています。
大きな気象の変化もあります。
そして痛ましい災害は毎年起こっています。
そんな中、治水工事に注力する現代の武将はどれだけいるのでしょう?


災害が起こった直後だからマニフェストに掲げるのはポイント稼ぎに見えちゃうかも
しれないけど、今後生きていく上で必ず必要な事なんですよね。
社会保障がどうこういう前に、生命の危険を取り除くことが急務。
本当に10年後を見据えている人って、どれだけいるんだろう?
あれこれと社会体制を変えて、住みにくくしているのは誰なんだろう?
役所の中身を複雑化させるのは別にいいけど、それを利用する国民を混乱させるなっての。
年金の確認とか、役所の不手際を個人の責任にすり替えるなっての。
今の日本の状況は人災です。


政治のあり方が変わり、人々の価値観が昔とは違ったとしても、尊敬され続ける人っているもんです。
覇権を握ろうと内乱を続ける日本の中で、人殺しの将。それが戦国武将。
戦国無双みたいに、舞うように人を斬るだなんて難しいんだけど、実際に人を殺めている。
400年前の現実。
でも、それをすることで理想とする世にしようとした。
時の運というのもあるので、必ずしも皆の理想的な世に平定されたとは限らないけど。強者の弁。
少なくとも戦国武将は、自らの采配で人々の生死を分かつことぐらい把握していた。
今の武将、今の政治家は400年後に誇れる行動をしているのか? 400年後に尊敬されるのか?


義理立てることに美学を見出す日本人。
その義理ってのは誰を対象としているのか。駄洒落になるけど、誰を大将としているのか。
国民主権ってのは方便か。
選挙が終わった後も頭を下げる政治家ってどれだけいるんだ。
もう、政治のあり方から変えたい。
なんで消去法とか、情けない手段で代表を選ばなければいけなんだろう。
武将の義理立てを社会の上下関係に当てはめて慰めているだけなら、なんの学びもない。
彼らの努力は400年後のいまも生きている。
我々の努力は400年後に続くのだろうか。
昔は良かったの一言で未来を見ようとしない、そんな国民になりつつあるのか。もうそれなのか。
個人主義を強く言いたいのであれば、社会とか国家とか集団での理屈は言わない方がいい。


災害に関しては、ある程度自分で判断することもできるので、他人任せにはしない事ですね。
暴れ川だった河川近くに建てない。
地盤のしっかりした土地を選ぶ。斜面や崖を選ぶ人もいるけど、自己責任で。
リスクのある土地を選んでおいて、後から「知りませんでした」は通用しない。
被害を叫べば助かるわけじゃない。自分の命は自分で守ろう。