http://www.iza.ne.jp/news/feature/5024/
http://www.iza.ne.jp/news/feature/5024/event/allnews/

いまやっている裁判の1つ。
大切でもあるし、初めての裁判員が入った裁判でもあるから旬の話題でもあるけど、
実際には人が殺されていて、そして重大な事件は他にもたくさんあるという事を忘れないで。
まるで、いま行われている裁判はこの件1つだけのような感覚は危険です。


ところで、
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検察官「殺意とは『絶対殺してやる』という程度のものもあれば『死ぬかもしれない』というものもあります。検察側は藤井被告が『ほぼ確実に死ぬ』『人が死ぬ危険性が高いと認識していた』ことを主張します。一方、弁護側は『死に至るかもしれない』、つまり、検察より弱い殺意を主張しています」
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http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/285514/
上記ページより、一部抜粋。


人が人を裁くのはとても難しいことです。
「なぜ人を殺してはいけないのか?」という話をする気はありません。

正常な判断が出来ていて、かつ自分がやったことを認めている。
そんな人に対して、殺意の強弱を争点とする意味があるのか。
71歳になって、背後からナイフで人を数回刺すという行為がどうなるのかが判断できないのか。
こんなレベルでの話を大人数でかつ莫大な費用をかけて行う無駄。時間の無駄。
裁判という形式を取らなければいけないから、弁護人も立てなければいけないから
重要性さえもあやしい争点で裁判をやるのか。

そして、被害者よりも加害者の人権を手厚く遇する制度はどうかしていると常々思います。
先に殴った方が得をするような印象が拭えません。
被害者やその関係者からすれば、加害者の自分勝手、支離滅裂で不快な言語を静聴しなければ
いけないだけで、はらわたが煮えくりかえる思いのはずです。
被害者の精神的負担を軽減する方向に動いていってほしいものです。

その点、「目には目を、歯には歯を」の考えは、とても優しいし、易しい。
裁判員制度よりも、裁判そのもののあり方を見つめ直す良い機会だと思います。



ふと思ったんだけど、私も人権って言葉を安易に使ってしまっている。
裁判中や服役中の人の選挙権ってどうなるんでしょう?
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail.php?queId=9638907
ふむ、調べてみるとあれこれ出てくるもんですねぇ。