思ったこと。
やる気や、気力なんて無くて良いじゃない。
べつに寝坊したっていい。
とにかく、やっていればいいんだよ。
そこに気合いなんてものは必要かな。
いや、気合いなんてものは、あとから入ってくるものだよ。
実感とか手応えを得られたり、悔しい体験をしたりしたときに、「熱い想い」が出てくるもんなんだよ、きっと。
そうだとしたら、今のオレにそういったものが無いのは至極当然なことなんじゃないだろうか。
受験を離れて早一年半。
鬱な期間が長かったり、変なことに手を出したり、飲み会をやりまくったり…。妙な恋愛を何度かしてみたり。
初めての浮気だってした。あんなに電子上ではもう恋人は作らないって決めたのに、初めて可愛い人が引っ掛かったってんで流されもした。
バイトだってそうだ。
WILLCOMなんて買わなけりゃ、親を騙して飲みに酒を使うことなんてなけりゃ、アルバイトなんてする必要なかった。
(まぁ、それに関しては人間が広がったってことで良しとしよう)
ちょっとだけ、講習会に参加してみたり。
斎藤さんと知り合って常識を覆されたり。
とにかく色々やってきた。
オフ会参加や、幹事は自分に役立ったのかな?
まぁ、経験っていうものは、積み重なっていくものだよな。きっと。
でも、それらは「受験」の勉強とはほとんど関係ないものだった。
そう思うと、いま自分にやる気や集中力、気概が無いのはそんなに不思議な事ではないように感じる。
無い、というより少ない、といった感じかな。
これからではないか。
たしかに今はダラダラしている。
危機感もほとんど無いように思える。
だけれど、それを感じれるほどの外界からの刺激があっただろうか。
思い出せば、受験生になったばかりの高3の時期だって、クラスのみんなと遊んでばかりで勉強になんて少しも気が向かなかった。
予備校に行ったって、突発的なその時だけのやる気しか出ず、勉強が続くほどのものではなかった。
まぁ、「どうすれば良いのか」を分からなかったんだから、今までそういう体験が無かったんだから、仕方ないとも言える。
とにかく。
いまやる気や気力が無いのは、そんなに不思議なことではない、ということだ。
そのことで自分の心を責める必要はないと思う。
たしかに時間はないかもしれない。
しかし、最大限の「効果」、「成果」を出すには、ゆっくりやる気や気力がなくても、やることを普通にやっていくしかないんじゃないだろうか。
すくなくとも、焦って出たやる気は長続きしないのは、嫌というほど思い知らされた。
五年間も受験生をやっているからね。
とにかく、変にやる気を出そうとしたり、それが無い自分を責めたりする必要はないんだ。
それより、やる気や気力なんてなくったって、いくら寝坊したって、勉強を少しでもやれる方がよっぽど良いんだから。
あらがわずに、ゆっくりと。
来たるべき時は、きっと来る。
