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Penntoro Stream

人にかかわるときの自分に気づく。「私」の形。
わがままな自分自身と、素直な「私」。
社会が「私」をかたどるけれど、自分自身を忘れてはいけない。
そんな、わたしのひとりごと、きいてね。

私は自分がどのようにつくられてきたのか、と思うことがある。

「私」が何なのか、わからない、というのがその根本にはある。

外国へ出てみると、自分とは違った人を多く目にするが、

それはそれぞれの人が選んだわけではなく、自然に身についたものだとわかってくる。

でも、同じように育てられたきょうだいでも、

同じ話を聞いているはずの同級生でも、みんな違っているものだ。

 

それが「私」なのかな、と思いつつ、答えは出ない。

最近になって考えていることは、私のこれまでの時間に関わりをもった人たちの影響だ。

日本という国の出来事、世界的な事件、まわりの人々の話や生き様……

なによりも大きいといまさらながらに思うのは、

本や漫画、アニメ、音楽、ドラマ、映画といったもの。

 

私を育ててくれたのは、父や母だけではなく、アンデルセンやグリム兄弟、鉄腕アトムの手塚治虫やひょっこりひょうたん島の井上ひさしだったりする。

ああ、ディズニーも入っている。

私が小学生のときに初めてみた映画は「シンデレラ」で、

学校の講堂での映写会だった。

実はそのころ、加山雄三の「若大将シリーズ」も見ていたけど、どちらが先だったか覚えていない。そのあとだと思うけれど、お正月には家族で「寅さん」も見に行った。

中学生になって、初めて友達と「小さな恋のメロディ」を見に行った。

ゴッドファーザーなんかも見た。物語よりも私の中には音楽がしみ込んでいった。

 

言語ではなく伝わるもの、それを私たちは生まれてからずっと受け止めてきている。

たぶん、生活のなかでも言葉ではないものをいつも感じ、受け取っているのだと思う。

だから、いろいろな事柄や人や景色や、音楽や空や風や大気を感じて、生きているのだろう。

近頃は外へ出歩かなくなり、近くのこんもりとした木々に集まる鳥たちの声を聞きながら、今日も生きている。

 

 

 

 

今日は天気がよいので昼間、久しぶりに散歩した。

部屋に戻ってからも、外を眺めていたら、南の空高くに半月が見えた。

え? こんな昼間から月が見えるなんて。

ちょっと目をうたぐったけれど、はっきりと半月が見えている。

 

こんなに早い時間から月が見えていたなんて知らなかった。

本当に知らないことばかりだ。

よかった。昼間から月が見られて。

 

今日もまた得した気分になった。夕方の空をながめつつ、

気持ちのよい秋風を感じる午後でした。

毎年、体育の日に、新宿の大久保まつりが開催されていた。

今年、大久保まつりはコロナ禍で開催されなかった。ところが、カレンダーを見てみると、いつもなら赤くなっているはずの祝日がない! なんで? 知らなかった。「体育の日」がなくなっていた。

調べてみると、2020年から「体育の日」は名称を変え、東京オリンピック開会式の日を「スポーツの日」にしたんだそうだ。来年もオリンピック開催にあわせて、7月23日「海の日」、7月24日「スポーツの日」と、わざわざ「海の日」も移動している。

じゃあ、大久保まつりはどうなるのかなあ。新宿区ではあちこちで毎年大きなイベントが行われていたのになあ。

 

学校の夏休み中の祝日なんて、あまりうれしくもない。オリンピックにあわせてっていっても、それ50年に1回あるかないかじゃない。それで、10月の祝日が今後はなくなるってことに私は納得がいかない。

私は子どものころから祝日を全部暗記していた。ハッピーマンデーの案にも私はちょっと違和感があったけど、まあ受け入れた。

6月に祝日がないのは、5月のゴールデンウイークのしわ寄せだと考えれば、まあ仕方ない。

そうすると10月に祝日がなくなるのは、9月のシルバーウイークのしわ寄せと考えるべきなのか。

6月も、10月もいちばん季節がよい時季なのに、本当に残念だ。

10月10日、体育の日の消滅に、悲しい思いを募らせた一日でした。