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Penntoro Stream

人にかかわるときの自分に気づく。「私」の形。
わがままな自分自身と、素直な「私」。
社会が「私」をかたどるけれど、自分自身を忘れてはいけない。
そんな、わたしのひとりごと、きいてね。

吉福伸逸が亡くなって早8年になろうとしている。

けれどもその後も、私は吉福ワールドとともにある。

吉福は私にとって家族のような存在。

とても親しいけど、そう密に会うわけでもなく、

でもいつも私のなかにいた。

「いまを生きているか」といつも問われていた。

答えの主語は必ず「I」。

だけど、日本語は自分のことを話すにも、

いつも世界に配慮がある。

まわりを見る目。自分が生かされていると感じること。

ただし、世界のシステムや物差しが自分には合わないことがある。

まわりを見る前に、自分自身をよく知っていなければ、

生かされることもない。

「まず、自分にとってよいこと」

「第二に、自分の親しい人にとってよいこと」

「第三に、多くの人にとってよいこと」

世界は、自分中心で考えなければ、生きていかれない。

生きていくのがつらければ、

まず、自分にとってよいと思うことをやること。

そこからでしか世界は広がらない。

 

そして、活動しているとそとからたくさんのことが生まれてくる。

私が世界の一部になって、生かされていくのかもしれない。

2021年になった。

今年最初に買った本は「新潮1393号」。筒井康隆の「川のほとり」を読むためだ。

私が編集者になるために上京し、影響された新しい仲間の一人が筒井康隆のファンで、

それから私も筒井の本を読むようになった。

田舎から出てきた私はそれまで演劇にふれる機会はほとんどなく、

元劇団員の同僚に連れられて行った紀伊国屋劇場の公演が初めての体験だった。

私の中で、観劇の忘れられない思い出の一つに、

原宿ラフォーレで観た演劇に出演していた筒井康隆の姿がある。

それまで私は知らなかったが、筒井康隆は小説家であり、劇作家、俳優でもあった。

私が子どもの頃に見ていたテレビアニメ「スーパージェッター」の脚本も書いていたという。

 

現在では映画として知られる「時をかける少女」は、

私が中学生のときにNHKのドラマとして放送され、大人気だった。

その原作者が筒井康隆であることも、当時の中学生の私は認識していなかった。

けれど、私のなかにはすでに筒井康隆が入り込んでいたのだろう。

 

それから筒井は、1993年9月、「私、ぷっつんしちゃいました」と断筆宣言。

しばらく、名前を見聞きすることがなくなった。

そして、今年、その名を目にし、どうしても読みたくなった。

短い文章。自然体の筒井康隆がいた。すでに86歳になっていた。

 

今日は、そろそろ年賀状の準備をしないとなあ、と思いはじめ、

いつもオーダーしているサイトを確認していたら、

私のこれまでの年賀状が12年分も残っていて、おもしろいからながめていた。

そうしたら、自分ではすっかり忘れていたブログのアドレスが残っていた。

もう私の記憶にはなかったのに(笑)。

 

いまはこのamebaで書いているが、その前にも書いていたらしい。

 

 

 

本当に忘れてしまうんだなあ。怖いなあ。

そして、いまの時代、というか2000年くらいから、無防備に書いたブログが駄々洩れして、世の中に残されてしまっている。掃除しなくていいのかなあ(笑)。

 

若かりし頃の自分に会い、当時を思い出し、また現在を振り返る。

出会いが少なくなっている今日この頃、

でも、ネット社会がひろがって出会いや交流ができるようになっていることは、本当にすごいことだと思う。

 

年賀状、というツールもやっぱりいい。

丑年がまたくる。どんな年賀状にしようか、もう少し考える。