私はセクシャルマイノリティだ。

最近の言葉でいうとLGBTQである。

しかし、最近のLGBTQ界隈には違和感しかない。

それは言葉をちゃんと理解し、正しい使い方をしない(出来ない)からだと思っている。

どういうことかというと、身近な言葉で言うならば確信犯である。

本来は自分の政治的・宗教的な信念や道徳に基づいて、正しいと信じて(確信して)なされる犯罪やその行為を行う人のことを意味する言葉であるが、大抵は「悪いことだと分かっていながら行うあざとい行為」だと思っている。(この語句に関してはもうワケワカメなのでなるべく使わないようにしている)

※下記サイト参照





こういう現象がセクシャルマイノリティ(LGBTQ)界隈でも起きている。

それは10年ほど前からそうかもしれない。

その語句は使われていたけどニュアンスをはっきり覚えてない。

それはトランスジェンダーという言葉である。

最近めちゃくちゃよく聞く。

Twitterで1番よく聞くのはトランス女性ですかね。

トランス女性ってなんだよ!と内心ずっと思っています。

10年ほど前に自分がセクシャルマイノリティだと思った時には、性同一性障害という言葉が使われ始めていた頃だ。

今では性別違和なんていう診断名に変わったらしい。


で、私が言いたいのは私はあくまでもトランスセクシャルだってこと。

ジェンダーっていうのは社会における性別役割という意味であって、男らしさ女らしさがそれである。

それをトランス(超越)って別に女性がバイク好きとか、男性が編み物好きとかで、できるんじゃね?という話。


以前、Twitterで見かけてなるほどなと思ったのが、子供の頃からそういったジェンダーを押し付けられてきたけど、自分は女らしくない(男らしくない)から私は反対の性別なんじゃないかっていうトランスジェンダーがいるってこと。

なるほどなー。

自分の場合は女として生まれてきたけど、ずっと男の子向けの遊びをしていたが、外見を見て知らないおばちゃんに「ぼくー?」って声をかけられると「違う!女の子!」って答えていた。

というか、まあ小学生になっても自我と言うのがあまり無くて、ありのままに好きなものを好きって言って男の子みたいな格好して、男の子と遊んでただけ。

だから、それには当てはまらないけど、他人なら有り得そうだなと。

で、大体のトランス男性(FtM)の話を聞くと、幼少の頃からヒラヒラの洋服が嫌だったとか、人形遊びが好きじゃなかったから、という理由でもうその頃から違和感を持ってたと。

それなら違和感を持つのはジェンダー観(男らしさ女らしさ)の方であって、自分の心の性別では無いのでは?と今は思うのです。

そういう人たちに限って早く性別適合手術をする!ガイドライン無視して早く男になりたい!って言ってた。

それも違和感があった。

男になりたい?

戻りたいじゃなくて?

(私はなりたいと思ったことはなくて、戻りたいというか違和感を無くしたいとずっと考えている)


そういう人たちは本当にトランスジェンダーって言葉がピッタリだと思うのです。



じゃあ、私は?という話になるのですが、これが難しくて、あくまでも主観でしかないので、性自認のお話と同様にそれって本当なの?って話ですが、トランスセクシャルだと思っています。

セクシャルっていうのは性という意味です。(まんま!w)

日本語に訳すと性的超越者となりますかね。

ジェンダーと違うのは、男の子の趣味が好きだから私は男だと思う、ということではなく、身体的な感覚の話です。

そういうことなのでたぶんほんとにこっちの方が眉唾モノなのだと思います。

この話は10年ほど前に性同一性障害の人の集まりで同じFtM(女性として生まれたが性自認が男性)の方々数人に聞いたのですが、お茶を濁された話です。

男性にしかわからないある感覚があるのです。

女体なのに。

それをトランスジェンダーの方々に聞いて回ったところ、はっきり答えてくれる人はいず、感覚のすり合わせが出来てないので、ただのやばい人の可能性もあります。

ただ、これ、本当に逆の場合、子宮がある感覚がするーっていうそれなので、は??って話なのですが、、、、、、、、。


トランスジェンダーとトランスセクシャルは違う!

最近はファッションでトランスしてる人がいる!

って話です。


ちなみに、トランス女性が良く言われがちな本当に女なら女性トイレに男性が入ってくる恐怖心が分かるはず、というあれ。

自分も分かりませんでした、一応女(体)なのに。

それに私が性同一性障害だと言った上で女扱いしてきた男性の気持ちもはかることはできませんでした。

わたしには女性の気持ちも男性の気持ちもわかりません。

他人の気持ちなんて分からないのに、なぜ、みんな○○なら分かるはずという推論をたてるのでしょう??

その辺不思議でなりません。


もうひとつ、ちなみにな話がありまして、

前にもブログで言ったことがありますが、

はりまメンタルクリニックに通院していて、性同一性障害の診断も受け、毎月マジで意味の無いカウンセリングと数分の診察がありました。

その時に針間先生にホルモンも何もしてないのに、男性トイレ入ってもいいよ、大丈夫とお墨付きを貰いました。(男性トイレに入ったトランス男性(FtM)が事件にあったり、その逆でトランス女性が女性トイレに入って事件を起こしたりしたら、針間克己氏はどう責任を取るんでしょうか???)

男性トイレに入るとたまーに男性に遭遇しますが、バレてない(パスできている)と当時思っていた行為が実は、女性トイレに男性が入ってくるのと逆で加害されるおそれがないからスルーしていただけと気づいたのです。

つまり、男性も女性もトランスジェンダー(トランスセクシャル)を受け入れては無いということなのです。

トランス女性と女性が相いれないように、トランス男性が男性のホモソーシャルには入ることを許されないのです。









次は下記記事のタイトルについてです。

(記事は最初の方ざっと目を通しただけです 悪しからず)



「女性として生まれた。でも振袖は着たくない」Xジェンダーがメンズスーツをつくり、成人式を開くまで


うん、うん、ね。


これこそ、ジェンダー(男らしさ女らしさ)問題だと思うんです。


女性のシルエットが出るからーって、それって最近話題の女性用の服にポケット少ない(小さい)問題と一緒ちゃいますか?と。


単に異性装をしたいのであれば、異性装をすればいいだけの話です。

私は女体ですが、ほぼほぼメンズの服を好んで着ています。

単に好きだからです。

シルエットは…確かにスーツの時に直面しました。

(その後メンズスーツ買ってもらった)


なんかこういう自分のジェンダーの役割果たせないから反対の性別なんじゃね?とかXジェンダーでいいやみたいに軽く考えすぎなんじゃないですかね?

それとジェンダーに違和感あるなら、女性用の服のポケット問題みたいに問題提起すればいいだけなのでは?と私は思いますよ、まじで。




とはいえ、自分のこと棚に上げて言いました。

自分は今、性自認ってなんだ!?ってフェーズに入っています。

もし、ジェンダー観が合わなくてー だとしても、じゃああの感覚は何なんだろう?ということで、未だに自分が何者なのかわかりません。

(昨日今日とメンタルがやばいのでペンギンになりたいだのペンギンにならなきゃだのリアル独り言を呟いています)