ロボットについて | 開成ボーイのmadなdays

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人生は為したいことを為す手段であって、目的ではない。
生きる理由は、それしかその手段がないからである。

これからの日本では恐らく人口減少や産業空洞化がますます進んでいくでしょう。
そうすると、日本は国民だけでは産業も社会も成立しなくなってくると考えられます(よく言われていることですが)。その対策は少なくとも二つ考えられます。一つは、これからも進むであろうグローバル化(あるいはその先の宇宙化)に合わせて、国内のグローバル化(あるいは宇宙化)を促進して、移民を受け入れる、というもの。が、そこには1.移民の人権問題、2.日本人の島国的排他性の二つの障壁が(日本限定で考える場合には)生じるわけです。ですから、それについては、一まず自分なりの対策を先の二つの記事では書いてきました。
二つ目は、機械にもできうる作業は機械化・ロボット化する、というもの。そうすることで、人間は人間にしかできない職業、ロボットを中心とした機械は機械にもできる産業、という風に機械と人間の分業体制を作り上げることができますから、産業空洞化に歯止めをかけられると予想できます。
そこで、一つロボットについて今日は考えたいと思います。

まずは原則から。
1.ロボットは機械。よって権利は認められない。
2.ロボットは機械であるから、人間に反抗した場合、処分される。又、人間は、故意に人間に反抗するようなロボットを作ってはならない。
3.ロボットでも、人間に対して忠告することは認められる。が、その忠告の後、人間が下した最終判断には、それがいかなるものであっても、従わなければならない。
4.ロボットは機械であるから、その所有者は、これを財産として、他の人間を害さない限り、任意の仕方で扱って良い。
要は、ロボットについては、奴隷のごとく扱って良い、ということです。
古くから、ある集団の平等を成り立たせるためには、そこに酷使・搾取される別の集団が必要でした。ギリシャ・ローマの市民に対する奴隷、近代の先進国にとっての植民地、などがその例ですが、これは人間ー人間の関係であったから、いずれもやがては搾取されていた側の反乱などで崩壊してきました。そこでこのグローバル時代は、その反省から全ての地球人の平等が図られて(宇宙化を意識した俺は宇宙人を含めた全ての人間のそれを図って)いるわけですが、そのしわ寄せとしての被搾取層はどこかしらに生ずるでしょう。その層として、人間が生産したロボットは最適だと考えます。ロボットは、人間が造った人間のものですから、動物などの生命のような自由さを持たないわけですから。

具体的に話しましょう。
仮にロボットを奴隷扱いすると、例えば学校での(人間に対する)いじめの根絶用に、いじめられロボットを教室に置くのは許される。ストレス発散などのために人間ではなく被搾取層であるロボットは犠牲となっても構わないからです(そうは言っても、なるべくならものに当たるのは良くないのは事実ですが、人間に当たるよりはマシでしょう)。あるいは「誰でも良かった殺人」犯の予備軍のストレス発散などのために殺されロボットを大量に集めた施設などを建造することも許される。つまり、第一に、ロボットを人間のストレス発散の切り口に使うことが可能になる、という効果があるわけです。
第二に、ロボット奴隷と人間の分業階層関係は、人間側に、人間にしかできない仕事をしている、という充足感を与えるでしょう。今の管理社会において代替可能性を有する誰かでしかない人も、機械にもできる職から解放され、ロボットより上位にあるという優越感に浸ることができる。ですから人間全体のそもそものストレス軽減にも役立つでしょう。
他にも、恐らく多くの良い効果があるでしょう。ですから、ロボットについては奴隷のごとく扱って良い、と主張するわけです。

あなたはどう思いますか?
ではまた