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PENGUIN LESSON

音楽制作や映像編集のビデオ教材スクール「ペンギンレッスン」のブログです。この夏開講予定です。ただいま全力制作中です。音楽制作の様々な情報を発信していきます。Twitter(@othersidemoon)でつぶやいています。

音楽は時間の中で展開するものですから、例えば10分の曲なら、聴き終わった時には聴き始めた時の10分後の世界にいます。聴き終わった時には、聴く前とは確実に何かが違う世界に聞き手を連れていくこと、映画音楽の編曲家として常に意識していることです。

映画の中の各場面には、すべてに目的があり、物語を進行させるために(時には気づかないぐらい些細なことかもしれませんが)何かが変化します。幸せな日常を楽しんでいた主人公が、突然会社を解雇されたり、恋人に振られたり、トラックにはねられたりと、(うーん、ろくな展開じゃないな)、様々な出来事の連続によって、はじめから設定してある物語のゴールへと観客を導いていきます。

良い映画なら、ゴールにたどり着いた時に(その結果が個人的に好きか嫌いかは抜きにして)それが必然的だと思え、達成感があり、満足できます。それは伏線としてゴールを予感させるものが色々なところに散りばめられているからです。でも映画によっては、無理やり付け足したようなクライマックスもあって、「え? はぁ?」とやり切れない気持ちで映画館を後にすることもありますよね。

世の中には「音楽の方向性」を意図的に排除した作品もありますが、私が良い音楽だと感動する作品には、しっかりとした「方向性」があります。聴きながら「音楽がゴールに向かって進んでいる」と実感でき、その旅の途中で出会う様々なエピソードに必然性が感じられ、目的地にたどり着いた時に満たされた気持ちになります。

私がオーケストレーションするときには、常に「聞き手をどこへ連れて行きたいのか?」というゴールを第一に考えます。その目的地では、どの楽器がどの音域でどんな強弱でどんな響きで……と完全に頭の中でイメージできるまで膨らませます。その後で、このクライマックスに到達した時に最も大きな達成感(幸福感)を与えるためには、「その一つ前の場面はどう演出すればラストが際立つだろうか?」とか「この旅はどこから出発すれば良いのだろうか?」と逆算しながら構成を考えていきます。

失敗したオーケストレーションに多いのが、「とりあえず8小節単位でメロディを担当する楽器や担当を演奏する楽器を変えてみました」「クライマックスでは全員総出演で大きなサウンドにしたから満足でしょ?」みたいな編曲です。どれだけ各8小節が満足できるサウンドであっても、時間の中で展開する音楽ですから、時間の流れの中で意味を持っていなければ、つまり「物語」になっていなければ、質の悪いメドレーのように感じられます。

オーケストレーションによって「物語」を伝えることにおいてチャイコフスキーの右に出る作曲家はいないと思っています。特にくるみ割り人形(op.71)はオーケストレーションのアイデアの宝箱のような作品です。その中の「Pas de deux - Intrada」という曲は、何度聴いても鳥肌が立ちそうなぐらい、そして涙が出そうになるぐらい感動します。音大で何度かこの5分の曲の編曲だけを取り出して3時間のセミナーをしたこともあります。


YouTubeで見つけられた中ではこれが一番良い演奏でした。21分03秒のところから「Pas de deux - Intrada」が始まります。できれば同じGergievとMariinskyのCDを買って聞いてください。iTunesでこの曲だけ買うこともできます。以下、タイミングはこのYouTubeのビデオのものです。

この曲のメロディの核のアイデアは「ドーシラソファミレド」とただ音階を下りるだけなんですよね。チャイコフスキーはメロディメイカーですから、凝ったメロディもたくさん書いていますけど、ただの「ドシラソファミレド」をここまで感動的に聴かせられるのかと、正直悔しいぐらいです。この音階を下がるアイデアが曲の第1部では「ドシラソファミレド」と「ラソファミレドシラ」と長調版と短調版の組み合わせで登場し、第2部を間にはさみ、第3部では「ドシラソファミレド」「ドシラソファミレド」と長調版+長調版で再現されます。これはクラシック音楽では特別なことではありませんよね。

ここではメロディの楽器がどのように移り変わっているのかだけを見て行きましょう。楽譜は、各「下がり音階」の開始音で、音域がどのように移行しているのかが分かります。


最初に登場する「下り音階」のアイデアは、チェロによって演奏されます。(21:17)(楽譜の1)ハープと弦楽器のピチカートの中で登場するチェロは、もうこれだけで感動的です。チェロにとっては結構な高音域で情熱的で力強く聴こえます。しかし同時にチャイコフスキーやメンデルスゾーンらが凄いのは、学生オケやアマチュアオケでも演奏できるギリギリの範囲に必ずとどまっていることです。学生オケだったら、このG3より高い音は書きたくありません。

そのままチェロのメロディが続く中、2番めに出てくる「下り音階」はチェロに対する副旋律として、まずフルートとクラリネットによって長調版が、続いてオーボエとファゴットによって短調版が歌われます。(22:07)(楽譜の2)

良い音楽には「統一感(同じ部分)」と「コントラスト(違う部分)」の両方が絶妙なバランスで必要です。「同じ部分」がなければデタラメに聞こえるし、「違う部分」がなければ退屈です。

チェロの主旋律に対する副旋律として、弦楽器に対して木管楽器という違う音色で、しかもチェロの単色に対してフルートとクラリネットという複合色で、そしてチェロのG3という開始音に対して2オクターブ上のG5と1オクターブ上のG4と音域もしっかり差別化し、しかもチェロは1つの音域だけど木管はそれぞれオクターブを重ねるというように、しっかりと「違う部分」を演出しつつ、主役がチェロであり続けることと下り音階のアイデア自体は「同じ部分」です。

この木管の部分、最初の「フルートとクラリネット」と次の「オーボエとファゴット」で楽器の組み合わせを変えることでで音色を変化させているだけでなくオクターブ音域を下げているのも大切なポイントです。これこそがチャイコフスキーが多用する「魔法」なのですから。

チャイコフスキーの演出法というのは、ある楽器の音色やある音域の音色を重要な場面の前に予告編のように出してしっかり印象付けておいて、それをすぐに引っ込めて焦らすことによって、観客に無意識にその予告編で見せた音を「もう一度聴かせてくれよ!」と熱望させるように仕向ける心理作戦です。

もし予告編がなかったら、僕らは「何かが物足りない」とか「まだ全部出し切っていない」という不完全燃焼さを味わうことはなかったシチュエーションなんです。でも予告編でその音色の存在を知らされちゃったものだから、中途半端にその味を知っちゃったものだから、その後にどれだけ素敵なサウンドを聞かされても「その音色」抜きだと完全には満足できない耳になってしまっているのです。

第1部のクライマックスは、「下がり音階」がこれまでで一番大きな編成で豪華に歌われます。(22:25)(楽譜の3)上がフルート、第1クラリネット、第1ヴァイオリン、下がイングリッシュホルン、第2クラリネットに、冒頭を印象づけたチェロです。これまで「下がり音階」を演奏したのが弦楽器と木管楽器ですから、その2種のセクションが今までで一番大きな編成で歌われたら、普通なら大きな達成感があり、ゴールに到着したような満足感があるはずじゃないですか。

でも何かがまだ足りないような不完全燃焼な感じがします。たぶん、聞き手の多くはそれに気づいてさえいないはずですが、でも完全には満たされていないのです。それは、少し前に印象づけられたG5の音域が第1部の終わりでは省かれているからです。しかも、直前で「下がり音階」を歌ったオーボエとファゴットのダブルリードの音色が欠けているのも物足りなさを助長します。(一応イングリッシュホルンを目立たなく使ってはいますが。)続く第2部の出だしはオーボエが主役なので、無意識にオーボエを求めるように感情操作することは、第2部の出だしをより効果的に見せられます。

音楽はまだゴールに到着していないわけですから、ここで完全な達成感を与えてしまっては台なしです。でも第1部の終わりですから、充実したサウンドにしたい。充実したサウンドにしながら同時に不完全感を与える、これがチャイコフスキーの予告編の魔法です。

第2部についても語りたいことはいっぱいあるのですが、今回の目的からは外れるのでまたの機会にします。ただ曲の背景にこっそり音階の駆け上がりのアイデアがいっぱい隠れているのは面白いですね。音には引力があって、上がった音は必ず最後に降りてくるので、やがてやってくる最後のクライマックスでまた音階を駆け下りるのを潜在意識の中で期待させます。

あと伴奏の中の8部音符を連打しているアイデア、どんどん担当する楽器が増えていっていますよね。オーケストラでクレッシェンドを作りたいとき、ただpをmpにしてmfにしてfにしてと強弱記号を変えていくだけではクレッシェンド感は出ません。実際に楽器の数を増やしたり音域を拡大することでしか出せないのです。クレッシェンドやディミヌエンドをしっかりオーケストレーションすることも大切なスキルです。

さて、ここまでは背景にこっそりホルンがいたぐらいで、金管はずっとお休みでした。それが第2部の終わりで唐突にトランペットとトロンボーンのファンファーレが聞かれ、「下がり音階」のアイデアの変化版を思いっきり強奏します。(24:06)ffで全ての音符にアクセントついていますから、どんなに鈍い人でも金管の存在を意識するように力強く印象づけます。

ここでは「下がり音階」そのものではなく、その変化版が歌われていることが重要です。ここまでされたら、ちゃんとした「下がり音階」の方も聴きたくなるじゃないですか? 「トランペットもいるよ!」と印象づけるだけでなく、「トランペットで下がり音階を歌わせて欲しいな」と無意識レベルで切望させる見事な予告編の魔法です。

続く「短い第3部」的な部分で、「下がり音階」がバスクラとコントラバスを除く全木管楽器と全弦楽器によって盛大に歌われます。(24:34)(楽譜の4)第1部最後で出し惜しみしていたG5の音域だけでなくさらにオクターブ高いG6も加わって、4つの音域でこれだけたくさんの楽器が盛大に歌えば、普通だったらここがクライマックスに感じるはずじゃないですか!「ゴールに到達したんだ」という震えるぐらいの感動に涙がでるはずじゃないですか! しかも「長調版」+「短調版」ではなく、「長調版」+「長調版」ですから、これまでの音楽の文法が植え付けられている我々は本来なら満たされるはずなんです。

それなのに何かがまだ足りないと思える!!!! 直前にあれほど露骨に存在をアピールして印象づけた金管楽器が「下がり音階」に加わっていないからです。チャイコフスキーはこの後にもう1つゴールを用意しているので、ここで満足されたくないのです。

この次のセクション(24:51)、私には「これじゃないんだ、これじゃないんだ、これじゃないんだ、これじゃないんだ、これじゃないんだ、これじゃないんだ、これじゃないんだ」とオーケストラが叫んでいるように聴こえて平常心ではいられません。ここまで煽って煽って煽って煽って煽りまくるのは、ちょっと恥ずかしくて私にはできませんけどね(笑)。

そして最後の最後に、トランペットだけが高らかに勝利宣言するかのように「下がり音階」を歌う力強さ、充実感、高揚感、達成感、もう言葉では形容できないです。(25:09)(楽譜の5)

もう一度言いますけどアイデア自体はただの「ドシラソファミレド」ですからね。そのただの「ドシラソファミレド」をこれほど感動的に聞かせられたのが、オーケストレーションによる演出力です。

もしこの曲を知らずにメロディだけを渡されてアレンジしろと言われたら、私は最後のクライマックスは木管楽器、金管楽器、弦楽器の大合奏でドシラソファミレドを歌っちゃったような気がします。でも、それではこれほどのインパクトも感動もなかったでしょう。

もし最後にトランペットだけの見せ場を用意しているのなら、第3部の直前に露骨にトランペットを登場させるなんて思いつかず、最後の最後までトランペットを出し惜しみしてしまうのが凡人の発想です。でも、いると知らなかった楽器が最後に出てきたらビックリはするけど満足感はありません。劇中に全く登場しなかった人物が実は真犯人というミステリーを読まされている気持ちです。

トランペットで「ドシラソファミレド」が聴きたいという願望を無意識に抱かせて、それを焦らして、煽った後で叶えてあげるから、これだけの満足感があるのです。ゴールにインパクトを与えるためには、その直前との差別化が大事です。トランペットという単一の音色で1つの音域だけで歌われるのがラストですから、その前は4つの音域で金管を除くすべての楽器による大合奏にする。その大合奏で完全には満足させずに、どこか物足りなさを与えるためのハッタリ的な予告編の魔法。

冒頭のチェロから最後のトランペットまで、しっかりと計算された上で物語が構築されています。

単にバランスの取れた譜面を書くとか各場面の対比をしっかりつけるとかは、テクニックさえ身につければ難しくありません。でも楽器の選択によって聞き手の感情を操作し物語を伝えられること、これ自体が芸術だと思います。映画音楽のオーケストレーションは、ここでドキドキして欲しい、ここで笑って欲しい、ここで泣かせたい、の連続です。

私が敢えて「本業は作曲家です」ではなく、「本業はオーケストレイターです」といつも自己紹介しているのは、ただの「ドシラソファミレド」だけで聞き手を感動させたいと思っているからなのです。一度聴いたら忘れられない美しいメロディを生み出すのも楽しいけど、どんなにつまらないように感じるアイデアでもワクワクさせられるって夢があるじゃないですか。

【追記】チャイコフスキーの音楽はすでにパブリックドメインなので、以下のリンクからスコアがダウンロードできます。
http://javanese.imslp.info/files/imglnks/usimg/1/15/IMSLP03572-Nutcracker_-_15__to_pg._445_.pdf

お待たせしました。いよいよペンギンレッスンのビデオレッスン第1弾を近日中にリリースできそうです。
今日はウェブサイトを作ってくれている友人宅でサイトの打ち合わせをしてきました。私にとってはダウンロードの仕組みよりも、トップのバナーのペンギンを歩かせて欲しいというのが一番の関心事でして、無事ペンギンが歩き出した時点ですべてが満たされました。友人は絶えず「そこ重要?」と訊いていましたが、重要なのは言うまでもありません。

あとはウェブサイト職人にすべてを委ねました。

【Sibelius 101 基本操作編】は主に初心者の人を対象に、楽譜作成のひと通りの流れを、実際にボーカル2パートとピアノ伴奏の短い作品を作りながらお見せします。

主な内容は

ナビゲーションの基本
音符入力の基本
入力を効率化するテクニック
和音や声部の入力
歌詞の入力
コード記号の入力
スラーや強弱などの入力
レイアウトの整え方
パート譜の作成

です。

教材は1時間のHD動画(1280×720, MP4, AAC)が2本です。これまで3時間セミナーでやっていた内容を2時間に凝縮しました。レッスンの中で作成したSibeliusファイルとPDF形式のスコアとパート譜のお手本、楽曲のMP3ファイル、目次も付属しています。WindowsでもMacでもiTunes Playerやチャプターメニューに対応したソフトウェアで再生すると、メニューを使って簡単に頭だしできます。またiPhone, iPad, iPod touchをはじめ大体のタブレットやスマートフォンでも再生できます。例えばiPadやiPhoneでもチャプターの頭出しが簡単にできるので、見たいところをすぐに探すことができます。

今回ははじめてのレッスンビデオなので手探り状態で作りました。パソコンの画面を操作しながらの収録になるので、録音ブースではなく事務所で収録しました。よって、途中で救急車通ったりします。

まだまだ改善できることはたくさんあると思います。ぜひ、「こうやったらいいんじゃないの?」というご意見や今後こういう題材を扱って欲しいというリクエストをお待ちしています。準備ができ次第、ペンギンレッスンのウェブサイトを紹介します。

ペンギンレッスンでは、実際に楽曲を作っているところをお見せしながら、作曲や打ち込みや編集やミックスなど、様々なテクニックを紹介したいと思っています。今回のようにソフトを限定したものでも、ソフトに依存しない「アレンジ」とか「ブラスパートの打ち込みのコツ」みたいなものでも構いませんので、知りたい内容を(準備ができ次第公開するウェブサイトより)リクエストしてくださいね。
様々な楽器の音源の中でピアノ音源ほど種類が多彩な楽器はないと思います。私がよく一緒に仕事をする作曲家の中に、作曲家になる前は超大物アーチストのピアニスト兼音楽監督をしていた人がいて、ピアニストとしてアメリカ中のオーケストラやバンドから客演で呼ばれています。それだけ多くの名楽器を弾いてきた彼が、自身のスタジオに素晴らしいピアノを持っているのに、テレビの音楽では決して生ピアノを使わず常に音源を使っていました。

「良いピアノを良い音で録音するのは非常に難しいし、音源の方が音作りしやすいんだよ」とよく言っていました。「それに間違いを簡単に直せるしね」と。弾き間違いというよりも、編集を終えたビデオに合わせて作曲するアメリカのテレビ音楽では、タイミングなどをぴったり合わせるために編集が必要なことがよくあります。

その作曲家が数年前に使っていたのがSynthogyのIvory Italian Grandで、私がピアノ音源の音に初めて感動したのも、このIvory Italian Grandです。もちろん、素晴らしいプレイヤーが演奏していたのも大切な要素です。どこのレコーディングスタジオにもピアノが置いてあるので、なんで本物じゃなくわざわざ音源を使ったりするんだろうと思っていた私が、「音源のピアノもいいな」と感じるようになったきっかけはこの作曲家との出会いです。

ちなみにItalian PianoでサンプルされているのがFazioli F308と知り、後に本物のF308の演奏を聴き感動し、自分の中で理想のピアノの音になっているのですが、本物よりもまず音源でFazioliの魅力に出会いました。

また大好きなキーボーディストのJordan Rudessがソロピアノアルバム「Notes On A Dream」を本物のピアノではなくIvory Grand Pianosで制作したことにも影響を受け、しばらくIvoryのピアノをメインで使っていました。

それと同時に、その頃は周りがIvoryばっかりだったので、差別化をはかるために様々なピアノ音源を試すようになりました。オーケストラ音源は数もそれほど多くありませんから大抵の音源は試したことがあります。でもピアノ音源は多すぎて、とても全部試すことはできません。ですから、ここで紹介しているのは「ベスト音源」というわけではなく、現在の私のお気に入りピアノです。

まずそれほど個性的な音色ではありませんが、そのためどんな作品でも無難に使えて重宝しているのがGalaxy Vintage D (1920 Steinway D)です。素直な音色で豊富に用意されているプリセットも使いやすいです。Toneをコントロールするとオーケストラの中でも埋もれにくいサウンドに簡単にできるので、結構頻繁に使っています。

同じくSteinway D(1949)を録音したCinesamplesのPiano in Blueは、かなり個性的な音色で、すべてのジャンルに向いた万能ピアノではないと思いますが、ソロや小編成のアンサンブルで使いたくなる楽器です。Glenn GouldのGoldberg VariationsやMiles DavisのKind of Blueの録音で使われたピアノと聞き、ミーハーの血が騒ぎます。収録もKind of Blueと同じ機材で行ったそうです。詳細がしっかり聴こえるピアノというよりは、雰囲気重視な印象です。

憧れのFazioli F308をサンプルしたImperfect SamplesのFazioli Ebony Concert GrandもPiano in Blueと同じく個性的なサウンドです。こちらは驚くほど音の詳細がくっきり聴こえます。特にソロピアノとして最も私にとって気持ちいい音で、ピアノが打楽器であることをよく感じさせてくれるようにハンマーの感触まで録音されています。少なくとも私の技術では他の楽器とうまく同じ空間に配置するのは難しいです。basic、pro、complete、extremeと4段階用意されており、extremeはベロシティが127レイヤーという無茶ぶりですが、音にこだわる人でもcompleteで良いと思います。

フルオーケストラと同じ空間にピアノをうまく溶け込ますのは難しいので、Spitfire Audioからオーケストラ用にAir-Studioで録音されたOrhcestral Grand Pianoが発売された時は大興奮でした。しかし、音はともかく、ベロシティが1レイヤーしかなく、特に低音域でガンガン叩きつけるような場面以外では表現力に乏しく、Spitfireの全製品を所有する熱狂的なファンの私にとって、唯一がっかりした音源です。

その代わり、Spitfireから出ている変わりものピアノのFelt PianoとPlucked Pianoは、どちらも変化球ピアノですがお気に入りです。

Spitfireが中途半端だったOrchestral Grandのコンセプトを正しくやり直してくれたのがOrchestral ToolsのOrchestral Grandsです。Steinway DとSteinway BをTeldex Scoring Stageで録音しています。ベロシティは4レイヤーと今の基準から言えば決して多くはありませんが、上手にプログラムされているのでオーケストラの中で使うのなら十分な強弱の表現力があると思います。意図どおりオーケストラに馴染む音色が魅力的で、今後オケ用ではこれを主に使うと思います。

Yamaha C7もポップスをはじめ、様々なレコーディングで好まれる楽器で、IvoryやEast Westをはじめ、いろんな会社から音源も出ています。その中でダントツに好きなのがOrangeTree SamplesのEvolution Rosewood Grandです。明るく力強いサウンドが素晴らしく、すでにいろんな作品で使っています。(OrangeTreeはギターやベースを中心に良い楽器をたくさん作っており、ポップス用のフルートとして作られたPassion Fluteは、最も表現力のある木管音源の1つだと思っています。これをポップス以外にも拡大したフルートシリーズを制作中で、これにも期待しています。)

サンプル音源ではなくモデルピアノ音源のPianoteq 4は軽くて反応が抜群に良いので、ピアノの練習用に使っています。特にBluethnerがいいです。高音のコツコツした感じなどリアルタイムで弾いている時には気持ち良いのですが、作品の中で使うとなると、まだサンプル音源の方が自然に聴こえるかなと思います。でもPianoteq 3から4へは驚くほど進化しており、今後に期待できますね。
アコーディオンと同じぐらいリコーダーにも抵抗しがたい愛らしさがあって、オーケストラの中で木管楽器の1つとしてよく使います。ライブでは音量のバランスの問題がありますが、レコーディングや打ち込みでは問題ありません。私の木管セクションには必ずリコーダーの席があります。

リコーダー音源にも素晴らしいものがあります。まずEmbertoneのIvory Wind、これは10ドルとびっくりするほど安いのですが、音色もレガートもビブラートのプログラムもよく出来ています。リコーダーの中ではかなり芯がくっきりでた音色です。音域的にはTenor Recorderをやや拡大した広い音域を持っています。

レガートのトーンは好きなのですが、ノンレガートの時のアタックはやや不自然に感じます。それでも10ドルという値段を考えたら驚くほど素晴らしい楽器です。

リコーダーの本命はアコーディオン音源でも紹介したEduardo TarilonteのERA Medieval Legendsです。リコーダーはRenaissance RecorderとしてSopranoからBassの4種類とTraditional Soprano Recorderの計5種が収録されており、これだけでリコーダーアンサンブルが組めます。やや控えめで繊細な音色は惚れ惚れするほど美しく、テープシミュレーターのようなサチュレーションを少しかけて上手にリバーブを設定してあげれば、時間を忘れてひたすらその音の世界で遊んでしまうほど魅力的です。

Tarilonteの特徴としてレガートは控えめなんですが、速いテンポでも自然に聴こえ、ゆっくりとしたテンポでも私は物足りなく感じません。この音源だけでなく時々レガートのトランジションがそれほど全面に出ない楽器に対して不満の意見を目にすることがありますが、生で良い演奏者の演奏を聞いたことがあるのかなと疑問に思ってしまいます。

個人的には不自然なトランジションが入るぐらいなら全くない方がありがたく、実は実際の仕事でもあえてレガートプログラムではなくSustainやLongのプログラムを好むことが多いです。楽器そのものの音色の方がレガートトランジションなんかよりずっと大切だと思っています。

スタッカートのプログラムも装飾音も使いやすく、無駄の多い意味不明なUI以外に不満はありません。(画面の大半はドラゴンの絵で、そのためノブやボタンが分かりにくくなっています。)ERAにはリコーダー以外にも様々な古楽器が収録されており、Forest Kingdom IIと並んで愛用しています。

これらの音源はYellow ToolsのENGINEが使われています。不具合が多いという意見を見かけますが、少なくとも私の環境ではWINでもMACでも全く問題なく使えています。ただし、内蔵されているリバーブは切った方が良いでしょう。これがONになっていると、途端にCPUが暴れだします。Engineに不満はないものの、もうすぐ発売されるTarilonteの次回作はKontaktに戻ると発表があり、嬉しく思っています。

CinesamplesのCineWinds Proには数々のオーケストラには含まれない木管楽器が収録されており、SopranoとTenorのリコーダーもあります。しかし、これらの古楽器や民族楽器は、相当無理なスケジュールで収録されたようで、正直なところ期待はずれでした。

まず音色にリコーダー特有の柔らかさがなく、レガートも不自然です。またなぜかオクターブ下にマッピングされているのも、楽譜ソフトを使う作編曲家にとってはマイナスです。リコーダーだけ取れば10ドルのEmbertoneの方が好印象です。

最後にはAlbion II Loegriaにはリコーダーアンサンブルが収録されています。これが絶妙なピッチとタイミングのズレ具合で、作風に合えば気持ち良い楽器です。合わなければイラっとするでしょうけど(笑)

そのため使える場面は限定されると思いますが、今回紹介した中で最も人間味のある(個性のある)楽器です。実は結構大きな仕事でかなり露出する形でLoegriaのリコーダーを使ったことがありますが、監督やプロデューサーから「リコーダーの曲が素晴らしくて思わず泣いてしまった」と言われました。リコーダーだけが音源で、後はスタジオミュージシャンによる生演奏でした。生のオーケストラの中でも、きちんと書かれた音楽を正しく演奏してやれば、打ち込みの楽器だって決して劣ることはなく感動を伝えられるのです。
アコーディオンはオーケストラの楽器ではありませんが昔から大好きで、仕事ではない趣味で作曲する音楽には高い確率で登場しまし、編曲の仕事でもよく使っている方だと思います。

アコーディオンは自分自身で演奏したことのある楽器ではないので、はじめは欲しい音色を得るために譜面上にどのように指示を書けばよいか悩んだものです。アレンジの本にもあまり扱われていませんし、初心者用の教則本だとレジスターについて詳しく書かれていません。後で分かったことなのですが、楽器によって鍵盤数やベースボタンの数や笛の数が異なるようで、特に初心者用の本では高級なプロ用のアコーディオンのみで出せる音色全てに言及しても現実的ではないのでしょう。

数年前にレコーディングセッションの合間に素晴らしいアコーディオンのセッションミュージシャンを質問攻めにして、楽器の構造やレジスターの書き方やベース部分の記譜法について詳しく教わりました。プロ用のアコーディオンには通常4つの笛があって、その組み合わせで様々な音色を作れますが、通常15種類の切り替えスイッチ(レジスタースイッチ)がついているようです。ベース部には6列のボタンがあって、対位ベース、基本ベースとメジャー・マイナー・ドミナントセブンス・ディミニッシュの各コードボタンが5度進行で並んでいるそうです。

やっぱり楽器について学ぶときには、その楽器の演奏家に質問し、楽譜を見てもらうのが一番ですね。音大時代からずっと各楽器の専門家にいつでも質問できる環境にいたことは、編曲家として成長する上で大変恵まれていたと思います。また丁寧に頼めば、大抵の演奏家は快く楽器について教えてくれるはずです。自分の楽器に興味を持ってもらうことは嬉しいですし、楽器のパートがより良く書かれると演奏する方も気持ち良いですからね。

それだけ好きな楽器ですから、打ち込みで音楽を作るときにもアコーディオン音源にこだわりたくなります。幸いにも素晴らしいKontakt用の音源が出ています。私のおすすめはEduardo TarilonteプロデュースのAccordionsとIlya EfimovプロデュースのAccordionです。

Tarilonteは民族楽器のサンプル音源を得意とする人です。長年ケルト楽器の決定版として使われてきたAnthology Celtic Windなどの音源で有名で、最近ではBest ServiceからERA Medieval Legends, Forest Kingdom II, Desert Winds, Epic Worldなどユニークな音源をたくさん作っています。彼自身が素晴らしい作曲家でもあり、積極的にユーザーと交流する人なので、ファンもたくさんいます。

アコーディオン音源では各笛を単体でInstrumentsとして収録してあり、複数の笛を組み合わせたレジスターはMultiをして収録してあります。楽曲の中でレジスターを切り替える場合に若干扱いにくいのと、欲しい音を探しにくいような気がしますが、アコーディオンが出せる代表的な音色の多くが再現できるのは魅力的です。

アコーディオンでは楽器の構造上特になめらかな強弱の変化が大切ですが、モデュレーションによるダイナミッククロスフェードはとても自然です。アコーディオンに限らずTarilonteの音源はキースイッチ、レガート、ダイナミッククロスフェードなどのプログラミングがとても良く出来ています。

また左手のベース部は音域でベースソロとコードが分けてあります。これはEfimovの方も同じです。

Tarilonteの方はバンドネオンやコンサーティーナも収録してあるのも嬉しいです。

Efimovは質の高いギター音源の製作者として特に有名です。ギター以外にもロシアの民族音楽やベース音源にも力を入れていて、どれも丁寧に作られていて奏法の再現性が素晴らしいです。

アコーディオン音源については、Tarilonteのものを意識して作っており、実際に製作前に挨拶に行ったそうです。Tarilonteと比べての一番の改善点は、1つの「右手」というプログラムで、すべてのレジスターの切り替えができることです。UIに実際のアコーディオンと同じ15のレジスタースイッチがあり、これをクリックすることで簡単に切り替えられます。1つの曲の中で切り替えたいときには分かりやすいです。

モデュレーションによるダイナミッククロスフェードはTarilonteと同じぐらい優秀で、それとは別にスタッカートとクレッシェンドの奏法を録音してあります。楽器の性質上ほとんどの曲では切り替える必要なく演奏できるでしょうけど、上手に使えばよりリアルな打ち込みができそうです。左手のベース部はTarilonteと同じように音域で区切ってボタンを配置しています。演奏した時に、UI上のボタンを動くのが楽しいです。

音色自体はTarilonteの方が若干好みですが、どちらも素晴らしいアコーディオン音源で、モデュレーションの書き込みで手を抜かなければ本物と聞き間違えるような表現も可能だと思います。

シンフォニックオーケストラと別のアンサンブルとの共演というのが昔から無条件で好きで、「ロックバンドとオーケストラ」とか「ジャズバンドとオーケストラ」とか「古楽グループや民族楽器アンサンブルとオーケストラ」などをみかけると手当たり次第買ってしまいます。

毎回もうドキドキしまくりながら聴き始めるのですが、正直がっかりすることも多いです。企画としての面白さだけで音楽的に面白くないことが多いからです。バックにオーケストラを従えるというのは何とも贅沢で格好いいものですから、多くのアーチストが憧れるのは無理もありません。

でも、普段はロックバンドとかジャズバンドとして単体で演奏して「何かが欠けている、物足りない」と感じることはないわけですから、果たしてオーケストラが何を付け加えられるだろうかというのはアレンジャーにとって難問です。結局、いわゆる「WITH STRINGS」的なオーケストラが完全に裏方さんとして控えめに演奏している(アルバムでも寂しいバランスでミックスされている)作品が多いのです。

または2つのアンサンブルが完全に1つのサウンドになってしまうというのも、なんとなく物足りなく感じてしまいます。つまり「古楽器奏者のいるオーケストラ」とか「エレキギターやシンセのいるオーケストラ」とか「ジャズのソリストが参加したオーケストラ」など、「はじめからそういうアンサンブルなんだ」と聞き手に思われるとそれが「普通」になってしまい、もはや「特別」ではありません。せっかくいつもの編成ではない「特別」なことをしているのに「特別」に思えないのもアレンジャーとしては失敗だと思うのです。

普段、映画音楽やテレビ音楽をやっているので、ほぼ毎回がそういうエクストラのいるオーケストラですので特にそうなのかもしれません。私が聴きたいのは、大袈裟に言えば「異文化同士が対等にガツンとぶつかり合って、そこに化学反応が生まれるような刺激に溢れた音楽」です。

Bert Jorisの「Dangerous Liaison」は、数少ない成功例の1つだと思います。この作品はBrussels Jazz Orchestraというフル編成のビッグバンドとRoyal Flemish Philharmonicという交響楽団を合わせた100人の音楽家によるコンサートのライブ盤です。


これがジャズ奏者をソリストとして迎えた協奏曲的な作品であれば、成功した作品はたくさんあります。トリオやカルテットぐらいまでなら、オーケストラとの役割分担も比較的簡単です。でもフル編成のビッグバンドは、それ自体がオーケストラとして完成した形態です。そのジャズオーケストラに、さらに4倍の音楽家が参加するということは、普段の5倍の人数を集めないと表現できなかった「何か」を示せなければ失敗です。

(レコーディングの最中にプロデューサーから「あの楽器いるの?」と訊かれる恐怖といったら……ブルブル)

アルバムには4曲収録されています。そのうち1曲目のDangerous liaisonと3曲目のBetween hope and despairがこのコンサートのための委嘱作品で、どちらも17分超の曲ですが、全く退屈する部分のない名曲です。残りのAnnaとAlone at lastは自曲のアレンジですが、こちらはソリストとしてのBert Jorisが楽しめます。

やはりハイライトは1曲目の表題曲です。冒頭から異質な2つの独立したアンサンブルの対立であることを明確に意思表示しています。この編成でしか作り出せない音楽をきちんと理解しているだけでなく、それが確実に伝わるように書くこと、これは簡単なようで非常に難しいです。またこれほど編成が大きいと、クライマックスを作るのが難しいのですが、期待通りの構築の仕方で何度聴いても興奮してしまいます。音楽は時間の中で展開するものですから、感性に任せて勢いで書かれているように感じられる部分も、実際は綿密な計算に基づく構成に支えられています。

ソロの間どうオケが絡むのか、またどちらかのアンサンブルの性格を全面に出している時にもう一方のアンサンブルをどう使うのか、聴く度に発見があります。細部をしっかり聞いていくと、冒頭からの楽器の選択の意味が見えてきて、巧妙過ぎるフュージョンに感服します。

Between hope and despairは、「対立」は薄まりますが、決して1つのアンサンブルにまとまるわけではなく、頑固にそれぞれの独立性を守り抜きながらブレンドさせようとする強い意志を感じます。それがなければ、リズムセクションやジャズのソリストのいるただのポップスオーケストラになってしまうことを理解しているからだと思います。私はここから普段のアレンジの仕事につながるたくさんのアイデアをもらいました。どの曲もビッグバンドが全面には出ますが、シンフォニックオーケストラは決して控えめな伴奏ではなく、しっかりと自己主張しています。

今ヨーロッパのビッグバンドは熱いです。ずば抜けたアンサンブル力を持つ名バンドが多数ありますが、Brussels Jazz Orchestraは私の中でその頂点です。最新のJoe LovanoとのWild Beautyまで全アルバムを所有していますが、贔屓ではなく本当にハズレが1枚もありません。

Bert Jorisはベルギーで大人気のトランペット奏者で、Brussels Jazz Orchestraに最も多くの楽曲を提供しているコンポーザー・アレンジャーです。BJOとはDangerous Liaison以外にも2枚組のThe Music of Bert JorisやSigns and Signaturesなど彼の曲だけの名盤も吹き込んでいますし、ギタリストPhilip CatherineのMeeting Coloursを全曲アレンジしトランペッターとして参加もしています。

バート・ヨリスは自身のカルテットのアルバムもどれも素晴らしいのですが、敢えてBJOのピアニストNathalie LoriersのリーダーアルバムMoments D'éternitéをオススメしたいです。ピアノトリオ+トランペット+弦楽四重奏という編成で、9曲中7曲をヨリスが編曲、もちろんトランペットもヨリスで、地味な作品ですがいつまでもその音楽の世界に浸っていたい魅力に溢れています。

今月のはじめにWallander Instrumentsから発売されたNotePerformer(http://www.noteperformer.com)は、楽譜で作曲する私にとってはすでに「Best of 2013」なソフトです。作曲家仲間の多くが「Game changer」という言葉で形容していますが、まさに革命というべき画期的なプレイバックシステムです。


NotePerformerはSibelius専用です。単体の音源としてスタンドアロンで使用することもCubaseやLogicの中でプラグインとして使うこともできません。また、現時点ではFinaleにはNotePerformerにとって必要不可欠な機能がサポートされていないためFinale用のNotePerformerは予定されていないとのことです。

NotePerformerはインストール後、環境設定の「再生」の中で標準の再生設定として選んでおけば、あとは何の設定も操作もいりません。いつもどおり普通に楽譜を作成し再生すると、自動的にNotePerformerが演奏してくれます。初回以外は、存在を全く意識する必要がないのです。

NotePerformerの一番の特徴は、再生する前に楽譜全体を高速でスキャンして分析し、きちんとフレーズや奏法を理解した上で音楽的に演奏してくれることです。こう書くとなんとなく胡散臭いですが(笑)実際に体験してみると、「あっ、いつものプレイバックと全然違う!」とすぐに感じられるはずです。

私は楽譜作成ソフトの再生機能は、間違って入力した音符がないか確認するためだけで良いと思っているので、中途半端に変な表現をつける現在のSibeliusの再生機能を少しストレスに感じていました。そのまま演奏家に渡すことのできる、きちんとボーイングやフレーズや強弱を書き込んだ楽譜なのに、音楽的にはありえない場所にアクセントをつけられたり、フレーズを変なところで切られたり、短い音価の音符を長く演奏されたりと真剣に聴くとイライラします。また強弱のバランスもなかなか思い通りになりません。

だからと言って、短い音符をきちんと短く聴かせるために不要なスタッカートを音符の上につけまくるのも、Sibelius上でのバランスをとるためだけに強弱を入れるのも本末転倒です。

全く同じ楽譜をNotePerformerに演奏させると、ちゃんと短い音符の長さも様々なヴァリエーションがあるということを理解した上で、その状況にもっとも合う「短い音」を演奏してくれます。フレーズの山と谷も理解していますから、強弱の変化やアクセントの付ける位置も適切です。

ものすごい数のクラシック音楽の楽譜と実際の演奏を分析し、そこから得られた統計に基づく演奏なのだそうです。楽譜という表現手段を使う限り、これまでに作られた音楽から引き継がれてきた伝統から切り離すことはできません。演奏家も、小さい頃から様々な曲を練習してきた経験を基に、「こういう場面で書かれたテヌートはこう演奏する」「この手の曲のこのテンポの8分音符のスタッカートは、これぐらいの長さに切る」という判断をしますから、十分な量の音楽からの統計に基づくNotePerformerの解釈は、何の説明もなく楽譜からの情報のみで演奏家が演奏するときの解釈に近いはずです。

ということは、普段DAWに直接打ち込みをするような、あまり楽譜で発想することに慣れていない作曲家にとっては、楽譜でこのような書き方をしたら、演奏家は多分このように反応するだろうというのを事前に確認できる素晴らしいツールになりえるわけです。実際、よく書かれた楽譜は良い演奏で返ってきますが、書き方が未熟だとちゃんと未熟に聞こえます。

もう1つの大きな特徴は、ほぼ全ての楽器がサンプル音源ではなくモデリング音源なので、ほとんどメモリーを使わないことです。
http://www.noteperformer.com/?mode=instruments
上のリンク先で確認できるように、NotePerformerには膨大な数の楽器が収録されていますが、これら全てを合わせても1GBもありません。Sibelius 7の標準音源が40GB近くあることを考えると、この容量の小ささに驚きます。

Wallander Instrumentsは元々モデリングによる管楽器音源で有名です。Sample Modelingほどリアルではありませんが、値段もお手頃なので人気があります。モデリングによる管楽器は、特にウインドコントローラを使った時の表現力はサンプル音源では太刀打ちできませんから。その分、音自体はサンプル音源には敵わないことも多いですが。

楽器数の多い楽譜を作成している時には、ただファイルを開くだけでも、Sibeliusの内蔵音源を読み込む間ずっと待たなければいけないので、かなり時間のロスになっていました。また、結構スペックの高いコンピュータを使用していますが、処理が追いつかなくてノイズがたくさん入ったり途中で再生が止まることも頻繁にあります。

NotePerformerにすると、音源が立ち上がる時間が全く必要ありません。開いたらすぐに音が出せる状態です。エラーもノイズも出なくなりました。持ち歩いているMacBook AirからはSibeliusの内蔵音源はすべて消去しました。40GBの空き容量はありがたいものです。


何よりも私が嬉しかったのは、上のような弦楽器のハーモニックスを、正しい音で自動的に演奏してくれたことです。これまでは、「ソ」と「ド」の和音が鳴っていましたから、2オクターブ上の「ソ」が鳴った時には鳥肌が立ちましたよ。

楽譜を書くときには、楽譜のことだけに集中して、他のことは考えたくありません。どれだけ大きな編成でも立ち上げた瞬間に楽譜入力ができ、譜面として正しく作れば、経験豊富な音楽家がどう解釈するのかを正しく教えてくれるNotePerformerは、Sibeliusを使うすべての人におすすめしたいです。値段も$129で、内容を考えれば激安です。独学でオーケストレーションを学ぶ人にとっては、力強い教育ツールにもなります。
アンサンブル音源を使う一番の問題点は、「それぞれの楽器における高い音や低い音」という概念がなくなってしまうことです。オーケストラの全音域は、実はピアノの88鍵よりも狭いんですよ。もちろん、そのオーケストラにピアノも含まれているのなら、ピアノの音域がオーケストラの音域になりますけどね(笑)

それでも上手にオーケストレーションされ、上手に演奏されたオーケストラ音楽を聴くと、ピアノよりも音域が広く感じることも多いと思います。ピアノも常に最低音から最高音まで万遍なく使っているわけではありませんから、比較的全音域を使い切る傾向にあるオーケストラの方が実際に広い音域を活用していることも少なくありませんが、原因はそれだけではありません。

オーケストラには高音楽器や低音楽器など様々な音域の楽器があります。面白いのは同じ高さの音を演奏しても、その楽器にとって高い音なら、聞き手にも高い音に感じられ、同じ音なのにその楽器にとって低い音なら、低く感じられます。これはオーケストラの編曲をする上で、非常に重要な特徴です。同じ音を高い音にも低い音にも聞かせられるのは、ピアノにはない要素ですからね。この特徴をフルに活用することで、オーケストラの音域を実際よりも広く印象づけることができるわけです。

オーケストラ音楽では、3つから5つぐらいの異なるアイデアが同時進行しています。これらのアイデアを上手に交通整理することもオーケストレーションの重要な任務で、アイデアごとに音色や音域をしっかり差別化できれば分かりやすいです。例えばAのアイデアはオーボエで、Bのアイデアはトロンボーンなら、音色も音域も間違えようがないほど異なっていますから、ぐちゃぐちゃになりにくいです。

でも時には同じ音域で同系統の音色を使って2つの全く違うアイデアを描き分けたいこともあります。その時に、例えば一方のアイデアをヴァイオリンに、もう一方のアイデアをチェロに与えると、ヴァイオリンにとっては低い音が、チェロにとっては高い音になるので、聞き手にとってもしっかり区別できるわけです。

ハリウッドのオーケストレーションは、「その楽器にとっての音の高さ」というのに根付いています。現地で活躍する作曲家や学生が一度は参加するScott Smalleyの名物セミナーや広く活用されているSpectratone Chartも「その楽器にとっての音の高さ」をどう活用するかが中心です。

この「その楽器にとっての音の高さ」というコンセプトが、アンサンブル音源には全くありません。例えば、ヴァイオリンとかチェロとセクションごとに分かれたパッチを使う代わりに、「ストリングスアンサンブル」というパッチを使うと、ピアノを弾くように5声や7声のコードを弾けば1トラックで全部鳴らしてしまえるので便利かもしれません。でも、同じ音を高くも低くも聞かせられるオーケストラの面白さは、完全に失われてしまうのです。

譜面でしっかり各パートをアレンジする私のワークフローに合わないこともありますが、アンサンブル音源が苦手なのは、編曲の時の大きな武器を封印されてしまうからかもしれません。

それまで一般販売はせず、選ばれたアーチストのみに音源を提供してきたSpitfire Audioが一般向けの音源としてまず立ち上げたのがAlbionシリーズでした。2011年にリリースされた当初からの大ヒット音源で、第2弾のLoegriaと第3弾のIceniもリリースされました。

Spitfireはイギリスの最高の録音ステージ(Air Studio Lyndhrust Hall)でイギリスの最高のセッションミュージシャンで音源を作ることを目指しており、アメリカのCinesamplesと並び録音に参加した演奏家に印税が支払われる数少ないメーカーです。

Albionシリーズの一番の魅力は音質そのものです。これまでオーケストラの楽器が魅力的に録られている音源は珍しいと思います。どうしても音源用に録音するときは一音ずつ機械的に録る作業のため、なんとなく元気のない音に感じられるものが多いです。例えば現時点で最良の木管音源だと思っているBerlin Woodwindsも、しっかり表現をつけなければ、音そのものは覇気のない音に感じます。Albionは演奏しているプレーヤーの顔が目の前に見えるような生々しさで勢いがあります。

プログラム自体も、何度も改良を重ね、どんどん良くなっていっています。2011年のリリース以来、2年で大幅アップデートが4回も提供され、そのうち2回か3回は追加録音セッションまで行い、コンテンツも拡大しています。すべて無料アップデートです。"Living Library"常に進化し続ける音源をモットーにしているSpitfireというメーカーに絶対的な信頼を置くファンが多いのも納得です。

Albionシリーズは、前述のとおり3つの商品が出ていますが、それぞれ性格が違います。元祖Albionは、これだけで大編成の迫力のあるオーケストラサウンドが作れるように構成されています。弦楽器、金管楽器、木管楽器がそれぞれアンサンブルでHi(高音)とLo(低音)に別れて収録されています。弦楽器と木管楽器はユニゾンとオクターブで各奏法が収録されており、金管楽器のみ(ユニゾンはなく)オクターブのみです。金管楽器もユニゾンが欲しいという意見を聞き入れ、アップデートで中音域だけに絞ったMidというパッチが追加されました。

また音域は低音域のみに限定されていますが、オーケストラとよく混ざるピアノも収録されていますし、Darwin Percussion Ensembleという簡易版打楽器音源もついていますから、各楽器を分けてオーケストレーションしないのであれば、このAlbionだけで最高の音質のオーケストラサウンドが作れます。

個人的な好みで言えば、私はトランペットとホルンやトロンボーンとホルンを混ぜるのがあまり好きではないので、オクターブになっているせいで使いにくいこともあり、金管楽器は残念に思っている部分です。

第2弾のLoegriaはオーケストラの繊細で美しい側面にフォーカスした音源です。弦楽器は第1弾の時と比べて編成がかなり縮小されていて、さらに人数を半分にして録音もしています。またアンサンブル音源では珍しいミュート付きの音やハーモニックス、flautandoまで収録してあり、もう時間を忘れて何時間でも弾いていたい魅力的な音です。全弦楽器音源の中で、音色だけだったら最も好きな音です。

木管楽器は、なんとリコーダーをアンサンブルで収録してあります。またこの音色が官能的な美しさで、イントネーションの微妙なズレがセンスよく絶妙です。通常のオーケストラではリコーダーは使わないかもしれませんが、オーケストラともよく馴染むので、魅力的な音色だと思います。

金管楽器はユーフォニウムとホルンのアンサンブルとサックバットのアンサンブルが収録されています。第1弾の金管はオクターブになっていることとトランペットとホルンとトロンボーンがミックスされているので、コードを演奏するのには不向きでした。第2弾の金管楽器は、コードのパッドとして重宝しそうです。

第3弾のIceniは重低音にフォーカスした音源です。弦楽器はヴァイオリンやヴィオラはなしで、チェロ24人とコントラバス8人という編成! 金管楽器もチューバ2人、チンバッソ2人、バストロンボーン3人にコントラバストロンボーン2人、木管楽器はファゴット2人にコントラファゴット2人、バスクラリネット2人にコントラバスクラリネット2人、さらにヘッケルフォーンという本気ぶりです。

オーケストラにおいては常に低音が一番弱い構造になっていますから、予告編音楽など厚みが全てという音楽を作るときには大活躍しそうです。

Symphobiaの時にも書いたように、私の曲作りのワークフローにアンサンブル音源がうまくはまらず、Albionシリーズもほとんど使いこなせていません。各パートごとに打ち込んだあとに、例えばヴァイオリンの厚みを出したいときにAlbionのストリングスをLASSのヴァイオリンに重ねたり、オーケストラ全体が同じメロディを演奏している時にAlbionの木管アンサンブルを重ねたりするぐらいです。

Albionシリーズは、現在リリースが続いているBMLという各楽器ごとの音源シリーズと音響的にも奏法のプログラミング的にもマッチします。私のところに来る仕事は、今のところ「どれだけ時間がかかってもいいから、各楽器を作りこんで欲しい」というものばかりでなのですが、「できるだけ早くなるべくクオリティの高いものを!」という依頼にも応えられるよう、Albionシリーズでまず骨格を作り、大切なパートをBMLシリーズを使ってダビングしていくような作り方も研究してみたいと思っています。
オーケストラの譜面を書く上で作曲家を悩ますものに移調楽器があります。これは現時点でも1つのやり方に統一されていません。無数の流派に分かれています。ちなみに英語のschoolという単語、学校という意味だけでなく、流派の意味でも使われるんですよね。慣れるまで不思議な感じだったことを覚えています。

例えば現在のオーケストラで一般的に使われる金管楽器は、C TrumetとCC Tubaを除いたら、ほぼ全員が移調楽器です。しかしBbトロンボーンやFやBbやEbなどが使われるチューバは実音で書きます。それに対してホルンは移調して書き、トランペットも最近まではほぼ移調されて書いていました。しかも、ホルンはヘ音記号で書かれるときに2つの流派があって、ややこしい。

最近では、特にオーケストラによって演奏されるコンサート曲では、トランペットパートもトロンボーンのように実音で書くことが多くなり、私もジャズバンドや吹奏楽でなければ実音で書いています。

ところが何度か作編曲したことのある英国式ブラスバンドでは、トロンボーンやチューバ(バスと呼ばれます)も移調して、しかもト音記号で書きます。それなのに、バストロンボーンだけはヘ音記号で実音による記譜です。未だにチューバがト音記号なのにバストロンボーンがヘ音記号なのは違和感ありまくりです。

私はトランペット吹きです。オーケストラよりの練習をするときにまずやらされるのが、あらゆる調のトランペット用に書かれたパートを初見で頭の中で移調してBbやCのトランペットで演奏する練習です。それ用の教則本もあります。昔は自然倍音しか演奏できない楽器でしたから、曲の調に合わせて違う楽器に持ちかえるか、管を差し替える必要がありました。どのトランペット用に書かれた楽譜でも、そのまま自分が手にしているトランペットで演奏できることは、オーケストラ奏者なら必要な技術なのです。

言い換えれば、もはや何の調のトランペット用に書かれていたとしても、違う調のトランペットで演奏されることが多いわけです。だから、トロンボーンやチューバのパートと同じように、欲しい音を実音で書き、後はプレイヤーに任せてしまうのが一般的になりつつあります。そもそもオーケストラではBbトランペットよりCトランペットの方が主流になってきていますしね。そういう事情ですから、音域の上限は演奏家の力量で何とでもなるので極端に高くなければ構いませんが、下限については慎重になるべきで、確認なしに音域の限界まで使うのは止めたほうがよいでしょう。

ちなみに20世紀手前まではFトランペットがよく使われています。この楽器は、上向きに移調するんですが(つまり書かれた音より演奏される音が高くなる)現在のトランペットより大きく、フレンチホルンと同じ長さを持っています。現在のトランペットより随分大きな音が出たようです。マーラーなどの楽譜を見ていると、バランス的に疑問を感じる部分も出てくるのですが、当時のトランペットが今よりも大きな音がしたのだと考えると納得できる部分が多いです。

ソプラノクラリネットはBbとAが現在でも使われており、元々はフラット系の調の曲はBbの楽器で演奏され、シャープ系の調の曲はAの楽器で演奏されていました。両者は音色的な個性も異なるのですが、それ以上に演奏家による音色の違いの方が大きいですから、音色的な考慮によって使い分けることはあまりないように思います。

20世紀以降、新たに作曲される音楽の調性感も薄れてきていますし、調性音楽であっても1つの調に最初から最後までとどまることは少なくなりましたから、それほどBbとAを使い分ける必要がなくなってきていると思います。教育目的の譜面やジャズバンドなどを除き、楽譜にも調号を入れないことのほうが多いですしね。

実際に、今書かれるクラリネットパートの9割9分以上はBbクラリネットのはずです。もしかしたら、それをAクラやEbクラで演奏されていることはあるかもしれませんが、それはトランペットの時と同じで演奏家の問題であって、作曲家が心配することではありません。私も一度もAクラリネットのパートを書いたことはありません。Aクラリネットは例えばモーツァルトの有名な協奏曲のようにA用に書かれた曲を演奏するために現在でも用いられていますが、新曲ではBb用に書かれることの方が圧倒的に多いと思います。

というのも、木管も金管もサックスもアルトフルートみたいな例外はいますが、フラット系の移調楽器ばかりなんですよね。だから、「Aクラリネットを使わないと運指が困難になる」というのがAを選ぶ理由なら、クラリネットは大丈夫でも他の管楽器が全滅することになりますからね。

管楽器とハープはフラット系の調を好み、弦楽器はシャープ系の調を好むので、弦楽器のいない吹奏楽とかジャズバンドだったらまずはフラット系の調を検討しますが、もうあんまり気にせずに欲しい調で書けばよいと思っています。

指揮者用のスコアも、クラシックでは(プロコフィエフみたいに実音で書く作曲家もいますが)移調楽譜を書くのが伝統でしたが、これも吹奏楽やジャズバンドを除き、徐々に実音で書かれることが増えてきています。少なくともハリウッドでは実音楽譜を求められます。私も自分で指揮する時は移調楽譜を用意しますが、誰が指揮するか分からない時は必ず実音楽譜を用意します。

今は楽譜ソフトのおかげでボタン一つで移調楽譜と実音楽譜を切り替えられるので大事ではありませんが、私は癖になっているので鉛筆と五線紙によるスケッチから移調された音を書いています。Sibeliusに入力するときも、各楽器に移調された音を入力しています。10代の時にトランペットの練習として前記の初見での移調読み替えを嫌と言うほどやらされていたので特に苦じゃありません。移調された音で考えることによって、それぞれの楽器にとって高い音なのか低い音なのかを意識することになり、これは編曲の時に大切な考え方です。私がアンサンブル音源に対して感じている違和感もこの視点が欠如しているためです。

自分で指揮する時は、演奏家が見ている音と自分が見ている音が一致しているという安心感があるため、私にとっては移調楽器の方がやりやすいです。気をつけていても、人間ですから間違うこともあるわけで、その間違いを特定するのが移調スコアだと早いのです。元より自分で書いた曲ですから、移調楽譜だと曲をイメージしにくいなんてありませんしね。

さらに、ハリウッドだと、実音スコアをcopyist(パート譜を作ってくれるスタッフ)に渡すと、追加料金取られるんですよ(笑)移調スコアだとパート譜の清書代が安くなりお得なんです。実音スコアか移調スコアかに関係なく、パート譜は移調して書くのが一般的な楽器は必ず移調しますからね。あと、実音スコアでもオクターブの移調はしなければいけませんので、気をつけてください。

打ち込みだけで音楽を作るのなら、そもそも移調なんて考える必要もありませんが、誰かに演奏してもらうのなら必要なことです。書き始める前に必ず確認しないといけないことがたくさんあると思います。特にスタジオ録音では、途中で楽器を持ち帰ることも頻繁にありますからね。