the other half of the moon その2 | PENGUIN LESSON

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音楽制作や映像編集のビデオ教材スクール「ペンギンレッスン」のブログです。この夏開講予定です。ただいま全力制作中です。音楽制作の様々な情報を発信していきます。Twitter(@othersidemoon)でつぶやいています。

いざロサンゼルスで録音すると決めたら、まずはMusic Contractorを決めます。この人がミュージシャン1人1人に連絡を取り、必要な手続きをし、スタジオを押さえ、エンジニアなどスタッフを集め、その他諸々を取り仕切るので、とても重要な人です。今回はNoah Gladstone氏にお願いしました。お互いに金管奏者なので気も合います。

レコーディングが始まるまでを仕切るのがMusic Contractorなら、実際のレコーディングを仕切るのはMusic Mixerです。(今回はアルバムの録音ですが、映画音楽の録音ならMusic Scoring Mixerとクレジットされることが多いです)。ダニー・エルフマンやアラン・シルヴェストリらの仕事で特に有名なDennis Sands氏にお願いしました。

Dennisがエンジニアとして関わった映画作品は250本以上あり、バック・トゥ・ザ・フューチャー、フォレスト・ガンプ/一期一会、インディペンデンス・デイ、アメリカン・ビューティー、スパイダーマン、アリス・イン・ワンダーランド、GODZILLA ゴジラなど注目作が数多くあります。しかし、映画の仕事をメインにする前は、Count BasieやElla Fitzgeraldをはじめとするジャズレコードのエンジニアをしており、今回のプロジェクトを計画し始めた時から、ぜひこの方にお願いしたいと思っていました。

さてアメリカでは、シアトルなどの例外を除き、音楽家のユニオンが強く、作品の規模に応じた1セッション当たりの音楽家の最低賃金や録音していい音楽の総時間数、休憩時間、年金や保険などが細かく決められています。また映画のために録音されたものをサウンドトラックアルバムに再収録したり、映画をDVDやblu-rayで販売するときには、再利用料がかかるなども、ユニオンによって定められています。このユニオン規定の料金が高過ぎるということで、ハリウッドで制作された映画の音楽をもっと安い海外で録音することも少なくありません。

フリーランスの仕事では、特に経験の浅い人だと「他の人より安く仕事します」を売りに交渉することが多く、そうすると対抗して「その人よりもさらに安く仕事します」という人が出てきて、次はさらに安くしないといけない競争にならないというように、同業者が足を引っ張り合って報酬を下げ合う負の連鎖に陥る危険があります。ハリウッドでは、演奏者、指揮者、オーケストレーター、清書係など(作曲家以外の)ほぼ全ての役割で賃金が決められているので負の連鎖は回避できますが、超ベテランでも新人でも同じ条件ですから厳しい実力勝負の中で仕事を得なければなりません。

今回録音した編成(1日目17人と2日目24人)だと、通常の映画のための録音だと演奏家1人当たり1時間約100ドル、低予算映画だと1時間当たり1人$55~65ぐらいです。これらは、必ず3時間単位でブッキングすることになります。

今回のようなアルバム用の録音だと、プレスする枚数などによって値段が変わってきます。私のアルバムは予算がタイトなのでLimited Pressing Agreementと呼ばれる少数プレス用のプランで録音しました。1時間1人$62、各セクションリーダーや持ち替えの楽器がある人(例えばフルートとアルトフルートとピッコロを同じ人が持ち替えて演奏した場合)は追加料金がかかります。それに加えて雇用年金と保険と税金で$8,000以上かかりました。

1時間のセッションの内、10分間は必ず休憩時間で、50分が実際に音を出して良い時間です。今回のプランでは、その50分につき7分半までの完成作品を作って良いことになっていますので、例えば25分の音楽を録音するのなら、必ず4時間のブッキングが必要です。1日6時間のセッションで録音可能な最大時間は45分ですので、それより長いアルバムを作るのであれば、最低でも2日間確保することになります。

私は17人編成のアンサンブルを主体に、2日目には追加で9人の弦楽器を追加することに決めました。作曲をし始める前に把握しておかなくてはいけないのが、どの曲が1日目(つまり弦なし)でどの曲が2日目(弦あり)なのかを決め、さらに3時間毎に若干のメンバー交代の可能性があるので(通常3時間単位でブッキングするため)、3時間毎にきちんと録り終える(次のセッションや次の日に持ち越さない)プランを立てる必要があります。

これは、規模の大きい映画のオーケストレーションでも求められるスキルで、映画の録音では基本的に最大編成の曲から録音し始め、後に進むにつれ人数を減らしていきます。「この時点でトランペットが4人から3人になっている」みたいなことをきちんと把握して、最も無駄が出ない方法で編成を切り詰めていけるスキルがないと、レコーディング中に無駄に座っている人が出てしまい、プロデューサーからの「なぜあいつは何もしていないんだ?」という答えられない質問に大汗をかきます。

このアルバムでは、1日目の前半のセッションで録音する曲、後半の曲、2日目の前半の曲、後半の曲というマップを書き、それぞれの楽曲の分数を決めてから作曲を始めました。いつか、書きたいように自由な編成で書き、録りたい順番に自由に録れたらいいな、と思いますけどね(笑)

次回で、レコーディング前のお話は終わります。