丁度タイに行く前に、ショーンを徒歩で送って行く途中、工事現場のガードマンのおじ様が、2回ほど顔合わせただけだったんですけど、呼び止められて立ち話。那覇で料理人してたけど、子供も出来んかったから、今は宮古に戻ってきた・・・等と言ってられました。


話も終わり、『じゃあ』と立ち去ろうとした時、『今度うちに遊びにおいでよ』と言われました。


ちょっと驚いたものの・・・ふと思い出しました。今、青少年の家で無料で畑を借りてますが、その長をされてる役員さんが、宮古テレビに出られてたのを以前見たので、『前に出られてましたよねーお家でインタビューされてて』と言った次の言葉が、『あ、見た?そうそう、良く出てるからねー。今度一度うちに来たらいいよ。』と。


(何でそう繋がる???シラー)と不思議だったけど・・・


宮古の人は直ぐに家に呼びたがるんですね。やっぱりそういう所がタイっぽいなあ・・・と思いながら家に帰ると、




近所のお宿の方から差し入れがまた、ぶら下がっていました。タイで住んでた時の光景を思い出しました。いつも隣近所の方々が食べ物をぶら下げてくれていて、中身を見れば誰だかわかる。でもちゃんと誰からか書いてくれてるところが日本だなーと思ってたら、

最近、色んな方がメモ無しで掛けてくれてるので、中身も季節により野菜も変わるので、一体どなたなのか区別もつかなくなってきました。





ジョーさんも農家さんから一杯貰ってくるもんで、大変助かります。またこれを友人にお裾分けするとまた他に頂いたりで、何か物々交換みたいになってます(笑)音譜


宮古島の大きなイベント「旧十六日祭」(ご先祖様のお正月)が有った時には、前々日くらいから、宮古島中のスーパーが物凄い行列でした。お供え物や食材、燃やすための紙で見立てたお金など、調達に来る方でごった返してました。

スーパーで前に並んでられたお爺ちゃんが、まるで知り合いの様に話しかけて来られました。オードブルやお寿司3段重ね何千円分もの商品を指さし、『これ全部1人で食べなきゃいけないんだよーあせる困ったなー』と笑うお爺ちゃん。

『女房が亡くなってからは、こういう時が困るんだよねー』と。

『子供さんは??』と聞くと、『静岡に行ったきり、帰って来んよー』と。

何だか可哀想になって、袋詰めしながらも、終わってからも話を聞いてしまう私。

でも、ショーンのお迎えが有った、ウロウロしてられない!と切り上げた私でしたが、きっとこのまま喋ってたら、

『うちに遊びにおいでよ』と繋がっていたんでしょうねにひひ

宮古の若者は、内地に行ってしまう方が多いから、皆、寂しいんでしょうね。。。



十六日祭の翌日、保育園に行く途中のお宅がまた私を見つけ、たくさんお供え物に使ったお菓子など、持って出て来てくれました。音譜



私、サムイ島に居たころは、



『何か・・・由美子ちゃん、いつもタイ人に交じって、どこかの家でご飯食べたり、座ってるよねにひひと言われてましたが、何となく宮古島でもあまり変わらないような気がしてきましたあせる



そのうち、知らない人も居なくなって、皆んな知り合いになってたりしてなぁ・・・と。シラー