Facebook 始めましたが・・・
そもそもの話として、今更書くようなことでもないのかもしれないが、文庫主は実のところあまりSNSが好きではないらしい。
使いようによっては、わざわざ全世界ネット同時生中継中のテレビカメラの前で内緒話をするようなところもあって、そう、昨年アルバイトの心ないツイートとかが発端となって、幾つもの企業が店舗を閉めたり、謝罪に奔走するような事態になったことが相次いだが、その辺の狭間が不明瞭なので、文庫主は元来消極的であったです。
なので、当Blogも、開設自体、そんなに早いものではなく、周りのお薦めもあって、仕方ないか・・・と思って始めたのがきっかけでした。
んで、やっと私が重い腰をあげた頃、世はBlogからTwitter、あるいはFacebookなどのツールにさらに移行していき、またしても何だか取り残されたような気もしないではなく・・・。
まあ、それはそれでよし、と、それでも頑なに当Blog以外のツールを持たずに来た訳ですが、先週になって、当節Facebookなどやっていないと、身近な情報さえもはいってこなくなるのだということを痛感することがありまして、「ええい、仕方ない!」と、遂にFacebookのアカウントを取得いたしました。
喩えるならば・・・そうですね、居住している町内会に加入していないために回覧板が回って来ず、よってごくご近所で起きている様々なイベントや消息までもが耳に入って来ない、そんな感じとでも言えばいいでしょうか。
ご承知の通り、Facebookは実名公開が原則ですが、その一方、当Blogはこれまでもずっと匿名のまま進めさせていただいて来ましたし、今後も、文庫主のおかれた状況によほどの変化が生じない限り、その方針を変えるつもりはありません。
これからも、気が変わらない限りは、不定期更新ではありますけれども、当Blogもまた続けていくつもりはしておりますけれど、従いまして、BlogとFacebookとは別のものとして使っていくつもりをしております。ですから、当Blogから文庫主のFacebookにリンクを張るといったことをする予定はありません。
もしかすると、比較的パーソナルな事象を当Blogで扱うことは、今後減っていくかもしれませんが、それはそういう文庫主のスタンスであるということで、ご理解いただければと思います。
なので、オフラインで文庫主をご存じの方々は、あまり当Blogと私のFacebookを繋げないようにお願いいたしますです。
使いようによっては、わざわざ全世界ネット同時生中継中のテレビカメラの前で内緒話をするようなところもあって、そう、昨年アルバイトの心ないツイートとかが発端となって、幾つもの企業が店舗を閉めたり、謝罪に奔走するような事態になったことが相次いだが、その辺の狭間が不明瞭なので、文庫主は元来消極的であったです。
なので、当Blogも、開設自体、そんなに早いものではなく、周りのお薦めもあって、仕方ないか・・・と思って始めたのがきっかけでした。
んで、やっと私が重い腰をあげた頃、世はBlogからTwitter、あるいはFacebookなどのツールにさらに移行していき、またしても何だか取り残されたような気もしないではなく・・・。
まあ、それはそれでよし、と、それでも頑なに当Blog以外のツールを持たずに来た訳ですが、先週になって、当節Facebookなどやっていないと、身近な情報さえもはいってこなくなるのだということを痛感することがありまして、「ええい、仕方ない!」と、遂にFacebookのアカウントを取得いたしました。
喩えるならば・・・そうですね、居住している町内会に加入していないために回覧板が回って来ず、よってごくご近所で起きている様々なイベントや消息までもが耳に入って来ない、そんな感じとでも言えばいいでしょうか。
ご承知の通り、Facebookは実名公開が原則ですが、その一方、当Blogはこれまでもずっと匿名のまま進めさせていただいて来ましたし、今後も、文庫主のおかれた状況によほどの変化が生じない限り、その方針を変えるつもりはありません。
これからも、気が変わらない限りは、不定期更新ではありますけれども、当Blogもまた続けていくつもりはしておりますけれど、従いまして、BlogとFacebookとは別のものとして使っていくつもりをしております。ですから、当Blogから文庫主のFacebookにリンクを張るといったことをする予定はありません。
もしかすると、比較的パーソナルな事象を当Blogで扱うことは、今後減っていくかもしれませんが、それはそういう文庫主のスタンスであるということで、ご理解いただければと思います。
なので、オフラインで文庫主をご存じの方々は、あまり当Blogと私のFacebookを繋げないようにお願いいたしますです。
辛うじて松の内に・・・
ただいま、1月7日の22時40分。辛うじて松の内でございます。
ということで、今更ではございますが、謹賀新年。
実のところ、去る12月も色んな事があったのではありますけれど、あまりにバタバタしすぎて、とてもではありませんが、ブログの更新が間に合いませんでした。
今更・・・なところもございますので、その辺は割愛させていただくとして、まずは。
本年も、よろしくお願い申し上げます。
なんとも、こう・・・年を追うごとに更新頻度が低下しているようで、ぐだぐだ感も否めないところではありますが、引き続きなんとな~くのご愛顧を賜れば、幸いです。
ということで、今更ではございますが、謹賀新年。
実のところ、去る12月も色んな事があったのではありますけれど、あまりにバタバタしすぎて、とてもではありませんが、ブログの更新が間に合いませんでした。
今更・・・なところもございますので、その辺は割愛させていただくとして、まずは。
本年も、よろしくお願い申し上げます。
なんとも、こう・・・年を追うごとに更新頻度が低下しているようで、ぐだぐだ感も否めないところではありますが、引き続きなんとな~くのご愛顧を賜れば、幸いです。
三陸のこと、2題
あまりに夏が暑すぎたので、久しぶりに自宅用のラム酒を買い、これを舐めつつ過ごしていたら、いつの間にやら師走になってしまった。暦の上、どころではない、事実上のディセンバーだ。
生まれてから今に至るまで、年齢に応じて過ごしてきた時間はそれぞれの長さを持っているわけだけれど、もしかすると、人の記憶領域にふり当てられた、過去の時間のバッファというのは同じなんではないかと思う。
例えば、5歳の子供と55歳の大人がいるとして、これまで生きてきた5年ないし55年の記憶を一通り概観できるだけの記憶領域というのは実は同じサイズのメモリしかなく、したがって、記憶領域の大きさをxとすれば、5歳の子供にとって、1年分の記憶領域は
1÷5=1/5
もあるのに、55歳の人にしてみると、同じく1年分は
1÷55=1/55
となって、1年分の記憶領域は、実に1/5 と 1/55、つまり10倍の開きがある。
とすれば、5歳児にとっての1年分の時間感覚は、55歳にとってみればその1/10に短縮されるのではないか。
要するに、年をとればとるほど、過去を振り返った時に、1年、もしくはなんでもいいけれど単位時間あたりの記憶が短くなり、よって、年々時間が進むのが早く感じられるのではないか・・・ということなんだが、さて、真偽のほどは不明。
1)カンタータ「大いなる故郷石巻」
久しぶりにCDを買った。タイトルは上記のとおり。
作曲者は小杉太一郎といい、サイボーグ009をはじめとする様々な映画音楽の作曲をされた方だが、肝臓がんのため1976年に49歳の若さで亡くなられている。
1973年に作曲された本作は、宮城県石巻市の市制40周年を記念して作られたものだそうで、石巻市では10年ごとに演奏されているのだとか。
知らなかったのだけれど、震災の年、すなわち2011年に復興祈願の一環として一度CDプレスされ、先ごろ再プレスされて、文庫主はこれを入手した。
最終楽章の、「遥かな海と町の平和を守る/限りなき未来をこめて・・・」という一節を聴いていたら、知らないうちに目頭が熱くなってしまった。
大規模な合唱とオーケストラを伴い、かつ、ナレーション、ソプラノ・バリトンソロを必要とする編成だからなのか、それとも石巻市ローカルの作品だったからなのか、知られていなかったことが残念にも思われる。
あの震災があった後だから、余計にそう思えるのかもしれないけれど、機会あればぜひ聞いてみて下さい。今回のプレスは、一般CDショップでも購入可能らしいです。

2)あまちゃんシナリオ集
番組末期に見始めた「あまちゃん」については、何度か書いたように、どうやら文庫主もすっかり魅せられてしまったようだ。
別に「あまちゃん」を題材にして論文を書こうとか、そういうたくらみをしているわけではないのだけれど、(でも、時間さえあれば書きかねない・・・)全話を通して幾つか気になる点があり、それを確認するという名目(誰に対しての名目、なんでしょうかね
(;^_^A )
から、完全シナリオ集が出るという情報を知るなりこれを予約し、昨日入手した。
あまり戯曲とか台本とかについては好んで読む方ではないので、文庫主のライブラリに加わった書籍としては久しぶりのシナリオものということになる。

放送内容をトレースしたものではなく、恐らく脚本家レベルでの最終稿を書籍化したもの・・・なのでしょう。「内容が放送と異なる場合があります。」という断り書きがしてある。
文庫主なりに本作を分析していくと(だから、何のために?と思うのだけれど)、作品の性格を特徴づける重要な点があって、それが脚本レベルから確立されていたものなのか、それとも演出において初めて登場したものなのか・・・と考えていたところ、さくっとこのシナリオ集を見てみて、
イ.シナリオ段階からきちんと書かれていたもの
ロ.シナリオには書かれておらず、演出によるもの
の2種類があることが明らかになった。
ところで、文庫主が気にしているのは、そういう重要な部分のリフレインとでもいうべきものがあり、その点については、
・両方ともイ、すなわちきちんと脚本で書かれている
・イとロの両方、すなわち一方は書かれているが、もう一方は演出によるもの
の少なくとも2種類があることも、これを読んでみてはじめて把握できたところ。
可能性としては、
・いずれも脚本には書かれておらず、あくまで演出上のリフレインとなったもの
というのもあり得るのだけれど、今のところそれは見つけていない。
しかし、放送ではカット(もしくは撮影されなかったのか)された部分も相応にあったらしいこともこれを読むと明らかであり、裏設定・・・とまでは言わないまでも、ドラマの中では書かれなかった部分にもスポットを当てつつ、2度目の楽しみ方が味わえて楽しい。
* * * *
今日また(日曜にもかかわらず)仕事を終えて帰宅し、この秋から冬にかけて、最初の当文庫における「底冷え」感を覚えました。
つい2か月弱前までは真夏並みの暑さがあっただけに、この冬はどなた様にとっても相応に大変なものになるのではないかと予感します。
おおつごもりまであと30日、どなた様におかれましても、お体崩されることなく、つつがなくすごされますように。
生まれてから今に至るまで、年齢に応じて過ごしてきた時間はそれぞれの長さを持っているわけだけれど、もしかすると、人の記憶領域にふり当てられた、過去の時間のバッファというのは同じなんではないかと思う。
例えば、5歳の子供と55歳の大人がいるとして、これまで生きてきた5年ないし55年の記憶を一通り概観できるだけの記憶領域というのは実は同じサイズのメモリしかなく、したがって、記憶領域の大きさをxとすれば、5歳の子供にとって、1年分の記憶領域は
1÷5=1/5
もあるのに、55歳の人にしてみると、同じく1年分は
1÷55=1/55
となって、1年分の記憶領域は、実に1/5 と 1/55、つまり10倍の開きがある。
とすれば、5歳児にとっての1年分の時間感覚は、55歳にとってみればその1/10に短縮されるのではないか。
要するに、年をとればとるほど、過去を振り返った時に、1年、もしくはなんでもいいけれど単位時間あたりの記憶が短くなり、よって、年々時間が進むのが早く感じられるのではないか・・・ということなんだが、さて、真偽のほどは不明。
1)カンタータ「大いなる故郷石巻」
久しぶりにCDを買った。タイトルは上記のとおり。
作曲者は小杉太一郎といい、サイボーグ009をはじめとする様々な映画音楽の作曲をされた方だが、肝臓がんのため1976年に49歳の若さで亡くなられている。
1973年に作曲された本作は、宮城県石巻市の市制40周年を記念して作られたものだそうで、石巻市では10年ごとに演奏されているのだとか。
知らなかったのだけれど、震災の年、すなわち2011年に復興祈願の一環として一度CDプレスされ、先ごろ再プレスされて、文庫主はこれを入手した。
最終楽章の、「遥かな海と町の平和を守る/限りなき未来をこめて・・・」という一節を聴いていたら、知らないうちに目頭が熱くなってしまった。
大規模な合唱とオーケストラを伴い、かつ、ナレーション、ソプラノ・バリトンソロを必要とする編成だからなのか、それとも石巻市ローカルの作品だったからなのか、知られていなかったことが残念にも思われる。
あの震災があった後だから、余計にそう思えるのかもしれないけれど、機会あればぜひ聞いてみて下さい。今回のプレスは、一般CDショップでも購入可能らしいです。

2)あまちゃんシナリオ集
番組末期に見始めた「あまちゃん」については、何度か書いたように、どうやら文庫主もすっかり魅せられてしまったようだ。
別に「あまちゃん」を題材にして論文を書こうとか、そういうたくらみをしているわけではないのだけれど、(でも、時間さえあれば書きかねない・・・)全話を通して幾つか気になる点があり、それを確認するという名目(誰に対しての名目、なんでしょうかね
(;^_^A )
から、完全シナリオ集が出るという情報を知るなりこれを予約し、昨日入手した。
あまり戯曲とか台本とかについては好んで読む方ではないので、文庫主のライブラリに加わった書籍としては久しぶりのシナリオものということになる。

放送内容をトレースしたものではなく、恐らく脚本家レベルでの最終稿を書籍化したもの・・・なのでしょう。「内容が放送と異なる場合があります。」という断り書きがしてある。
文庫主なりに本作を分析していくと(だから、何のために?と思うのだけれど)、作品の性格を特徴づける重要な点があって、それが脚本レベルから確立されていたものなのか、それとも演出において初めて登場したものなのか・・・と考えていたところ、さくっとこのシナリオ集を見てみて、
イ.シナリオ段階からきちんと書かれていたもの
ロ.シナリオには書かれておらず、演出によるもの
の2種類があることが明らかになった。
ところで、文庫主が気にしているのは、そういう重要な部分のリフレインとでもいうべきものがあり、その点については、
・両方ともイ、すなわちきちんと脚本で書かれている
・イとロの両方、すなわち一方は書かれているが、もう一方は演出によるもの
の少なくとも2種類があることも、これを読んでみてはじめて把握できたところ。
可能性としては、
・いずれも脚本には書かれておらず、あくまで演出上のリフレインとなったもの
というのもあり得るのだけれど、今のところそれは見つけていない。
しかし、放送ではカット(もしくは撮影されなかったのか)された部分も相応にあったらしいこともこれを読むと明らかであり、裏設定・・・とまでは言わないまでも、ドラマの中では書かれなかった部分にもスポットを当てつつ、2度目の楽しみ方が味わえて楽しい。
* * * *
今日また(日曜にもかかわらず)仕事を終えて帰宅し、この秋から冬にかけて、最初の当文庫における「底冷え」感を覚えました。
つい2か月弱前までは真夏並みの暑さがあっただけに、この冬はどなた様にとっても相応に大変なものになるのではないかと予感します。
おおつごもりまであと30日、どなた様におかれましても、お体崩されることなく、つつがなくすごされますように。
またしても、眼が・・・
前回のブログ更新から1カ月近くが経過していることは自覚しておりますが、その辺はそれ、いつも申し上げるような事情により・・・ということで・・・。
さて、この2月、視力の変化ゆえにめがねを変えた由を書きましたが、何とも恐ろしい(?)ことに、その後も視力は変化し続け、暑かった夏が終わる頃には、視力がまたしても変ってくれて、新調したばかりのメガネが早くも役立たずになっていたのです。
まぁ、大なり小なりここ数年はかなり小刻みに視力も変化するに違いない!と予想していたので、予感的中と言えばそれまでですが、にしても半年でメガネが役に立たなくなる・・というのは、最も視力悪化が進行した中学生時代を上回るペースです。
ここ数年の傾向は、メガネを作りかえるごとに度を落としている(=よくいえば、視力が回復している)ので、ある意味では歓迎すべきことなのかもしれませんけれど、それにしても困ったものです。
2月に新しいメガネを作った時も、そんな次第から、できるだけ安くできるメガネ屋さんを選んだので、ま、そのチョイスは正しかったと思うべきなんでしょうね。
んで、わずか8カ月弱でまさかのメガネ更新。
どうやら文庫主の視力変化における犯人は、利き目たる右目らしく、左目については全く視力変化していないけれど、右目については、視力をワンランク落とし、かつ、乱視の度合いを変えてはいかが・・・?というメガネ屋さんの提案を受け入れる。
実のところ、ここ最近ブログを書く、もちろんブログを書くにとどまらず、PC画面を見る際は、メガネをはずしていたのですけれど、これにより当分の間は難渋せずに済みそうです。
ただし、その「当分」がどの程度の長さとなるのか、現段階ではその答えは神のみぞ知る・・・。ふぅ。
さて、この2月、視力の変化ゆえにめがねを変えた由を書きましたが、何とも恐ろしい(?)ことに、その後も視力は変化し続け、暑かった夏が終わる頃には、視力がまたしても変ってくれて、新調したばかりのメガネが早くも役立たずになっていたのです。
まぁ、大なり小なりここ数年はかなり小刻みに視力も変化するに違いない!と予想していたので、予感的中と言えばそれまでですが、にしても半年でメガネが役に立たなくなる・・というのは、最も視力悪化が進行した中学生時代を上回るペースです。
ここ数年の傾向は、メガネを作りかえるごとに度を落としている(=よくいえば、視力が回復している)ので、ある意味では歓迎すべきことなのかもしれませんけれど、それにしても困ったものです。
2月に新しいメガネを作った時も、そんな次第から、できるだけ安くできるメガネ屋さんを選んだので、ま、そのチョイスは正しかったと思うべきなんでしょうね。
んで、わずか8カ月弱でまさかのメガネ更新。
どうやら文庫主の視力変化における犯人は、利き目たる右目らしく、左目については全く視力変化していないけれど、右目については、視力をワンランク落とし、かつ、乱視の度合いを変えてはいかが・・・?というメガネ屋さんの提案を受け入れる。
実のところ、ここ最近ブログを書く、もちろんブログを書くにとどまらず、PC画面を見る際は、メガネをはずしていたのですけれど、これにより当分の間は難渋せずに済みそうです。
ただし、その「当分」がどの程度の長さとなるのか、現段階ではその答えは神のみぞ知る・・・。ふぅ。
香港で出会ったものたち 2
「夏の疲れが・・・」なんてよく言いますが、今年は10月の頭位まで、本当に、暑いのか寒いのかが定まらず、日々ものすごい温度のぶれ幅がありましたですね。おかげで、何やら、10月も下旬に差し掛かった今頃になって、夏の疲れに襲われているような気がしてなりません。
おまけに、よく台風の来ること。
先週の26号では、伊豆大島に相当の被害が出ましたが、文庫主は10年チョイ前くらい、何度か仕事で伊豆大島に通ったことがあって、TV映像で現場の映像が流れると、だいたいどこだか判るところもあって、いたたまれない気分になります。
こういう前置きの後で、全然違う話しに持っていくというのもいかがなものかと思いますが、先日の続きを書くことにします。
9月で放送が終わった「あまちゃん」では、三陸鉄道北リアス線をモデルとした北三陸鉄道リアス線なるものがたびたび登場し、劇中でも「かわいい電車」と呼ばれていましたが、香港に出かけた際の文庫主にとっての「かわいい電車」は、MTR輕鐡線が該当します。

香港の都心部から、MTR西鐡線という線に20分ほど乗ると、元朗という街に着きます。ここから、屯門という街まで、輕鐡と呼ばれる路面電車(正確には、欧米でLight Railというものの中国語訳から「輕鐡」というのであって、従来の路面電車とは色んな意味で異なるんですけど)が、結構細かなネットワークを形成しています。
沿線には殆ど観光地らしい観光地などなく、ひたすら超高層マンションの立ち並ぶニュータウンがあるばかりですから、何を観に行くのだ?と言われれば、「電車を観に行く」としか言いようがありませんが、この可愛らしい、しかし結構高速走行してくれる電車に乗って、元朗~屯門エリアの、香港でいう「新界」の一帯をうろうろするのが大好き・・・なんですね。
ご要望あれば事細かに書くことも可能ですけれど、とりあえずざっくりご説明すると、この路線網は、ある程度綺麗にネットワーク化されていて、複数の系統への乗り継ぎが可能な駅がターミナルとなり、そこを発着するダイヤが複雑に組まれてているのですけれど、ただ一か所だけ、特定の1系統だけしか発着しない駅があるので、今回はそこを観に行ってきました。

この輕鐡においては、ターミナル駅の多くは駅上空に高層ビルが建ち、低層部は商業施設、高層部は住宅となっているケースが多く、この三聖駅もまた同様の開発がされていました。

しかし、現状では1系統しか発着しないため、駅構内は、他の駅に比べて空きスペースが多く、上の写真のように(といっても判りづらいんですけど)、先に線路を延ばす空間が確保されながらも、現状では未だ線路が敷かれていない状態になっています。
他所の国の鉄道の話ですから、どうでもいい・・と言われればそれまでですけれど、私は、従前からこの駅についてはいずれ線路が延びる計画があるのではないかと考えており、今回、現場でそれを実感するとともに、それを裏付ける記述も見つけてきました。
・・・ということで、この続きは「その3」にて。
文庫主の住まい、武蔵野の地でも少しづつ雨音が激しくなってきた感があります。
どうぞ皆さま、風雨への備えはお早めに。
お休みなさいまし。
おまけに、よく台風の来ること。
先週の26号では、伊豆大島に相当の被害が出ましたが、文庫主は10年チョイ前くらい、何度か仕事で伊豆大島に通ったことがあって、TV映像で現場の映像が流れると、だいたいどこだか判るところもあって、いたたまれない気分になります。
こういう前置きの後で、全然違う話しに持っていくというのもいかがなものかと思いますが、先日の続きを書くことにします。
9月で放送が終わった「あまちゃん」では、三陸鉄道北リアス線をモデルとした北三陸鉄道リアス線なるものがたびたび登場し、劇中でも「かわいい電車」と呼ばれていましたが、香港に出かけた際の文庫主にとっての「かわいい電車」は、MTR輕鐡線が該当します。

香港の都心部から、MTR西鐡線という線に20分ほど乗ると、元朗という街に着きます。ここから、屯門という街まで、輕鐡と呼ばれる路面電車(正確には、欧米でLight Railというものの中国語訳から「輕鐡」というのであって、従来の路面電車とは色んな意味で異なるんですけど)が、結構細かなネットワークを形成しています。
沿線には殆ど観光地らしい観光地などなく、ひたすら超高層マンションの立ち並ぶニュータウンがあるばかりですから、何を観に行くのだ?と言われれば、「電車を観に行く」としか言いようがありませんが、この可愛らしい、しかし結構高速走行してくれる電車に乗って、元朗~屯門エリアの、香港でいう「新界」の一帯をうろうろするのが大好き・・・なんですね。
ご要望あれば事細かに書くことも可能ですけれど、とりあえずざっくりご説明すると、この路線網は、ある程度綺麗にネットワーク化されていて、複数の系統への乗り継ぎが可能な駅がターミナルとなり、そこを発着するダイヤが複雑に組まれてているのですけれど、ただ一か所だけ、特定の1系統だけしか発着しない駅があるので、今回はそこを観に行ってきました。

この輕鐡においては、ターミナル駅の多くは駅上空に高層ビルが建ち、低層部は商業施設、高層部は住宅となっているケースが多く、この三聖駅もまた同様の開発がされていました。

しかし、現状では1系統しか発着しないため、駅構内は、他の駅に比べて空きスペースが多く、上の写真のように(といっても判りづらいんですけど)、先に線路を延ばす空間が確保されながらも、現状では未だ線路が敷かれていない状態になっています。
他所の国の鉄道の話ですから、どうでもいい・・と言われればそれまでですけれど、私は、従前からこの駅についてはいずれ線路が延びる計画があるのではないかと考えており、今回、現場でそれを実感するとともに、それを裏付ける記述も見つけてきました。
・・・ということで、この続きは「その3」にて。
文庫主の住まい、武蔵野の地でも少しづつ雨音が激しくなってきた感があります。
どうぞ皆さま、風雨への備えはお早めに。
お休みなさいまし。
香港で出会ったものたち 1
時折・・・というか、たまのしょっちゅうで申し訳ないのですけれど、私のブログ、しばしば更新頻度が開くことがございますけれど、そういう場合は、往々にして何らかの(主に仕事上の)深みにはまっていて、更新がままならないんだな・・・という具合に思っていただければ幸い。
香港で見てきたものについて、書きます・・・と宣言したことも、忘れたわけではないのですけれど、そんな事情があるということで、大目に見ていただけないでしょうか。
さて、文庫主の職場同僚や上司ともなると、私の今回の香港行きが4度目ということも知れ渡っていて、「そんなに何度も行ってどうするの?」ということをよく言われます。
そのお答えとして、私が必ず行く場所というのが幾つかあって、その辺をお話ししようというのが本日のテーマ。
その場所とは、書店。本屋さんです。
香港にも日本から駐在その他で行かれている方が大勢いらっしゃいますから、聞くところによれば、日本語書籍を多く扱う本屋さんもあると聞きますが、わざわざ香港くんだりまで行ってそういうお店に行く意味が、今のところ見つかっていません。(もしかして、日本語書籍専門と謳いながら、実は香港でしか出版されていない本が置かれている・・・とかいうのであれば、この先行くこともあるかもしれないですけど。)
中国語は、きちんと勉強していないので、正直、読めません。
ただし、中国本土で使われている簡体字で書かれたものは、本当に太刀打ちできませんけれども、香港や台湾などで使われている繁体字で書かれたものであれば、字は解りますし、文字の並び順をジッと眺めていると、漢文的に読むことで、完全とはいいかねますけれど、ある程度は意味を汲み取ることができます。
そんなこともあって、過去4回、香港に行くたびに、自分的には何らかのテーマを持って本屋さんに行き、その都度、求めたい本をそれなりに見つけてきました。
今回の目的の一つは、「伊勢物語」。
そういえば、当ブログで触れたことはなかったかもしれませんけれど、文庫主にとって「伊勢物語」は特別な作品で、学生時代以降、文学から遠く離れてしまった今となっても、ひたすら追いかけ続けているもの、なんです。
そのアプローチの仕方も様々あって、
・原文を読む(古文、ですね。最も標準的な接し方、です)
・原文を比較する(往々にして古典はオリジナルが失われているため、様々なヴ
ァリアントが存在し、それらを見比べる、読み比べるのも楽しみ・・・なんで
す)
・原文の、リプリントを眺める(上記2つは、既に現代の文字に転記されたもの
が主な対象ですが、写本などのリプリント、あるいは秘蔵の江戸時代に出版さ
れたものなどを眺める、というのもたまらない愉楽です)
・誰かによる解釈(訳文)を読む
など、ほんと、いろいろあるんです。
で、4点目に関わりますが、5番目の楽しみとして、
・外国語訳された「伊勢物語」を読む
というのがあります。
これまでに、英独仏露、刊行物を手に入れたものもあれば、大学の図書館等で見つけてコピーしたものなど様々ですが、とりあえずこの4カ国語版は入手済みで、その他に、イタリア語版があるのは解っているのだけれど、まだ入手できていないのが現状。
ところで、はたと気付いたのが、「そういえば、中国語版も、ありだよね・・・」とおもったんですね、ごく最近に。
マイナーな古典ならばいざ、伊勢物語のような、日本古典の中でも超メジャー作品ならば、中国語訳が出ていない訳がない、と思って、今回も香港の本屋さんに足を運んだ訳です。
行くのは、商務印書館という本屋さん。聞けば、そのルーツは19世紀末に既にあったそうで、しっかり老舗、ですね。
中国古典はもとより、現代中国文学書籍ももちろん、中国語で書かれた様々な実務書、あるいは雑誌、通俗小説(あまりこういういいかたしたくないですけど)・・・およそ、日本の大きな本屋さんで並んでいるものと同じような趣向の、中国的な本であればだいたい入手可能。
行ってみました。ありました。

底本についての明確な言及がないので、どの系統の本を中国語訳したものか、断言はできかねますが、125段なので、定家本系の、最もスタンダードなものをベースにしているものとは思われます。
秋の夜長、時にはこの本をぼんやりと眺めつつ、中国語のニュアンスはよくわからないけれど、新たに手に入れた異国版伊勢物語も楽しめればな、と、おもっているのです。
商務印書館では、他にも何冊か購入したのですが、それはまた、別の話しに。
香港で見てきたものについて、書きます・・・と宣言したことも、忘れたわけではないのですけれど、そんな事情があるということで、大目に見ていただけないでしょうか。
さて、文庫主の職場同僚や上司ともなると、私の今回の香港行きが4度目ということも知れ渡っていて、「そんなに何度も行ってどうするの?」ということをよく言われます。
そのお答えとして、私が必ず行く場所というのが幾つかあって、その辺をお話ししようというのが本日のテーマ。
その場所とは、書店。本屋さんです。
香港にも日本から駐在その他で行かれている方が大勢いらっしゃいますから、聞くところによれば、日本語書籍を多く扱う本屋さんもあると聞きますが、わざわざ香港くんだりまで行ってそういうお店に行く意味が、今のところ見つかっていません。(もしかして、日本語書籍専門と謳いながら、実は香港でしか出版されていない本が置かれている・・・とかいうのであれば、この先行くこともあるかもしれないですけど。)
中国語は、きちんと勉強していないので、正直、読めません。
ただし、中国本土で使われている簡体字で書かれたものは、本当に太刀打ちできませんけれども、香港や台湾などで使われている繁体字で書かれたものであれば、字は解りますし、文字の並び順をジッと眺めていると、漢文的に読むことで、完全とはいいかねますけれど、ある程度は意味を汲み取ることができます。
そんなこともあって、過去4回、香港に行くたびに、自分的には何らかのテーマを持って本屋さんに行き、その都度、求めたい本をそれなりに見つけてきました。
今回の目的の一つは、「伊勢物語」。
そういえば、当ブログで触れたことはなかったかもしれませんけれど、文庫主にとって「伊勢物語」は特別な作品で、学生時代以降、文学から遠く離れてしまった今となっても、ひたすら追いかけ続けているもの、なんです。
そのアプローチの仕方も様々あって、
・原文を読む(古文、ですね。最も標準的な接し方、です)
・原文を比較する(往々にして古典はオリジナルが失われているため、様々なヴ
ァリアントが存在し、それらを見比べる、読み比べるのも楽しみ・・・なんで
す)
・原文の、リプリントを眺める(上記2つは、既に現代の文字に転記されたもの
が主な対象ですが、写本などのリプリント、あるいは秘蔵の江戸時代に出版さ
れたものなどを眺める、というのもたまらない愉楽です)
・誰かによる解釈(訳文)を読む
など、ほんと、いろいろあるんです。
で、4点目に関わりますが、5番目の楽しみとして、
・外国語訳された「伊勢物語」を読む
というのがあります。
これまでに、英独仏露、刊行物を手に入れたものもあれば、大学の図書館等で見つけてコピーしたものなど様々ですが、とりあえずこの4カ国語版は入手済みで、その他に、イタリア語版があるのは解っているのだけれど、まだ入手できていないのが現状。
ところで、はたと気付いたのが、「そういえば、中国語版も、ありだよね・・・」とおもったんですね、ごく最近に。
マイナーな古典ならばいざ、伊勢物語のような、日本古典の中でも超メジャー作品ならば、中国語訳が出ていない訳がない、と思って、今回も香港の本屋さんに足を運んだ訳です。
行くのは、商務印書館という本屋さん。聞けば、そのルーツは19世紀末に既にあったそうで、しっかり老舗、ですね。
中国古典はもとより、現代中国文学書籍ももちろん、中国語で書かれた様々な実務書、あるいは雑誌、通俗小説(あまりこういういいかたしたくないですけど)・・・およそ、日本の大きな本屋さんで並んでいるものと同じような趣向の、中国的な本であればだいたい入手可能。
行ってみました。ありました。

底本についての明確な言及がないので、どの系統の本を中国語訳したものか、断言はできかねますが、125段なので、定家本系の、最もスタンダードなものをベースにしているものとは思われます。
秋の夜長、時にはこの本をぼんやりと眺めつつ、中国語のニュアンスはよくわからないけれど、新たに手に入れた異国版伊勢物語も楽しめればな、と、おもっているのです。
商務印書館では、他にも何冊か購入したのですが、それはまた、別の話しに。
文庫主、真打披露興行に行く
時折触れているとおり、文庫主の大きな関心事として、ペンギン、交通、音楽の他、「落語」というジャンルがある。
何しろ文庫主の落語好きも、気がつけば30年を越えている(つまり、小学生のころから!)ようなので、それなりに筋金入りだと思う。出身地である名古屋在住中も、今から思えば夢のようなことなのだけれど、地元のラジオ局が、名古屋ローカルの落語番組を放送するため毎月公開収録(=公開落語会)を開催しており、一般視聴者は本来往復はがきで応募しなければならなかったのだが、幸い毎月ほぼ確実に招待券が入手できるルートが確立されていて、せっせと落語を聞きに行っていたものです。
もっとも、進学に伴って上京して以来、学生時代は暇も金もないことから、一時期はすっかり落語から遠ざかっていたけれど、近頃は、比較的積極的に落語を聞きに、都内あちこちに足を運んでいる・・・と思う。
ただし、どちらかというと噺をじっくり聞く、あるいは、好きな噺家さんの噺をじっくり聞くという方が好きなものだから、あまり寄席に行くことはなく、独演会のような、長講が楽しめる会を選択する方が多い。
よって、落語界ではポピュラーな
・正月初席
・住吉踊り
などのような興業には未だ足を運んだことがない。
同様に、これまで前座、二つ目と修業を積んできた噺家さんが真打に昇進することのお披露目会である「真打披露興行」というのも、これまで行ったことがなかった。
さて、この秋、東京では、落語協会に5人の新真打が誕生した。
香盤順に
川柳つくし
金原亭龍馬(金原亭小駒改め)
三遊亭天どん
三遊亭金朝(三遊亭金兵衛改め)
柳家喬志郎(柳家喬四良改め)
の方々である。
このうち、文庫主は川柳つくし師匠の師匠にあたる川柳川柳師匠が大好きで、滅多にない師の独演会にはできる限り足を運ぶようにしている。
川柳師は、昭和の名人と謳われた三遊亭圓生の二番弟子でありながら、かの落語協会分裂騒動に巻き込まれ、また酒の上での武勇伝には事欠かないことから、御年82歳という、落語界でも数少ない戦前生まれの、知る人ぞ知る重鎮(?)なのだ。
文庫主が生まれるより前の時代には、「柳家さん生」の名で、「ラ・マラゲーニャ」等のラテンネタを引っ提げて、売れに売れた時代もあるというのだけれど、今日では寄席以外で師の噺を聴くのは案外難しい。
んで、川柳師匠、これまでに弟子はただ一人しか取ったことがなく、その唯一の愛弟子が、今回真打となられたつくし師匠という訳。
落語界で真打の披露目となると、真打披露口上というのが必ずあって、新真打とその師匠、および(原則同じ協会の)役員クラスの噺家や先輩噺家が登壇し、それぞれにお祝いを述べるというしきたりがある。
したがって、重鎮の噺家さんともなれば、相応に口上の緋毛氈に並ぶ機会はある可能性がある訳だけれど、真打昇進する弟子の「師」として登壇する機会は、当たり前だがその最大数=弟子の数となる。
しかして、新人の落語家さんが真打に昇るまでには、協会によって差はあるものの、だいたい10~15年程度が必要であることから、これまでにお弟子さんが一人しかなく、しかも既に80歳を超えられている川柳師匠が「師匠」として登壇する可能性は、この先ほとんどゼロといってよい、今年だけの限定イベントにほぼ違いないのだ。(実際、今回の5人の新真打誕生に関し、最もレアなのは川柳師が黒紋付を着て口上の席に並ぶことだ・・・と書かれている文章を、複数目にしている)
ということで、今年の終戦記念日、川柳師の会があった際、つくしさん(当時)が真打披露興行のチケットを自ら手売りしておられた(しかも、その宣伝・呼び込みを林家彦いち師と春風亭一之輔師がやっていた!)とき、「これは行かぬ訳にはゆかない」と思い、10月上席、新宿末広亭の前売りを買っておいたのだ。
当然のことながら、新真打の披露目となれば、来場者は少なからずそのサポーター(?)、ファンが占める訳だから、逆に言えばさしてファンでもない噺家さんの会に行こうとも思わないので、今回は師弟ひっくるめてファンを自認する以上、足を運んだ次第。(も一つ難しいのは、今回のように5人真打だと、各寄席のお披露目興業、それぞれ10日間のうち、1/5、すなわち2日しかないから、10/01に寄席に行けるよう、結構頑張ってスケジュールも調整しましたです)

中入り後の口上は、司会役を務められる柳亭市馬師匠が下手に座を占められ、以下、下手から上手に向かって、
入船亭船遊師匠、川柳つくし師匠、川柳川柳師匠、林家木久扇師匠、三遊亭圓歌師匠
という席次。
初めてお披露目の口上を拝見しましたが、なるほど、色々と染みるものがあり、良いものでした。
中入り前は桃月庵白酒師匠、三遊亭白鳥師匠、柳家喬太郎師匠と、文庫主好みの噺家さんたちの噺を楽しみ、川柳師匠、そして中トリの市馬師匠。
中入り後の口上後は、船遊師匠、木久扇師匠、圓歌師匠と続き、トリのつくし師匠は「ソング・コップ」。
数年前の川柳師匠の会でも伺ったことのある噺ではありますが、真打になられて、噺に磨きがかかったのではないかと率直に思いましたです。
やっぱ、何事も足を運んでみて、実際に体験してみないことにはよくわからないですね。
川柳-つくし師弟のお披露目会、行って正解だったと思います。
めでたい。
何しろ文庫主の落語好きも、気がつけば30年を越えている(つまり、小学生のころから!)ようなので、それなりに筋金入りだと思う。出身地である名古屋在住中も、今から思えば夢のようなことなのだけれど、地元のラジオ局が、名古屋ローカルの落語番組を放送するため毎月公開収録(=公開落語会)を開催しており、一般視聴者は本来往復はがきで応募しなければならなかったのだが、幸い毎月ほぼ確実に招待券が入手できるルートが確立されていて、せっせと落語を聞きに行っていたものです。
もっとも、進学に伴って上京して以来、学生時代は暇も金もないことから、一時期はすっかり落語から遠ざかっていたけれど、近頃は、比較的積極的に落語を聞きに、都内あちこちに足を運んでいる・・・と思う。
ただし、どちらかというと噺をじっくり聞く、あるいは、好きな噺家さんの噺をじっくり聞くという方が好きなものだから、あまり寄席に行くことはなく、独演会のような、長講が楽しめる会を選択する方が多い。
よって、落語界ではポピュラーな
・正月初席
・住吉踊り
などのような興業には未だ足を運んだことがない。
同様に、これまで前座、二つ目と修業を積んできた噺家さんが真打に昇進することのお披露目会である「真打披露興行」というのも、これまで行ったことがなかった。
さて、この秋、東京では、落語協会に5人の新真打が誕生した。
香盤順に
川柳つくし
金原亭龍馬(金原亭小駒改め)
三遊亭天どん
三遊亭金朝(三遊亭金兵衛改め)
柳家喬志郎(柳家喬四良改め)
の方々である。
このうち、文庫主は川柳つくし師匠の師匠にあたる川柳川柳師匠が大好きで、滅多にない師の独演会にはできる限り足を運ぶようにしている。
川柳師は、昭和の名人と謳われた三遊亭圓生の二番弟子でありながら、かの落語協会分裂騒動に巻き込まれ、また酒の上での武勇伝には事欠かないことから、御年82歳という、落語界でも数少ない戦前生まれの、知る人ぞ知る重鎮(?)なのだ。
文庫主が生まれるより前の時代には、「柳家さん生」の名で、「ラ・マラゲーニャ」等のラテンネタを引っ提げて、売れに売れた時代もあるというのだけれど、今日では寄席以外で師の噺を聴くのは案外難しい。
んで、川柳師匠、これまでに弟子はただ一人しか取ったことがなく、その唯一の愛弟子が、今回真打となられたつくし師匠という訳。
落語界で真打の披露目となると、真打披露口上というのが必ずあって、新真打とその師匠、および(原則同じ協会の)役員クラスの噺家や先輩噺家が登壇し、それぞれにお祝いを述べるというしきたりがある。
したがって、重鎮の噺家さんともなれば、相応に口上の緋毛氈に並ぶ機会はある可能性がある訳だけれど、真打昇進する弟子の「師」として登壇する機会は、当たり前だがその最大数=弟子の数となる。
しかして、新人の落語家さんが真打に昇るまでには、協会によって差はあるものの、だいたい10~15年程度が必要であることから、これまでにお弟子さんが一人しかなく、しかも既に80歳を超えられている川柳師匠が「師匠」として登壇する可能性は、この先ほとんどゼロといってよい、今年だけの限定イベントにほぼ違いないのだ。(実際、今回の5人の新真打誕生に関し、最もレアなのは川柳師が黒紋付を着て口上の席に並ぶことだ・・・と書かれている文章を、複数目にしている)
ということで、今年の終戦記念日、川柳師の会があった際、つくしさん(当時)が真打披露興行のチケットを自ら手売りしておられた(しかも、その宣伝・呼び込みを林家彦いち師と春風亭一之輔師がやっていた!)とき、「これは行かぬ訳にはゆかない」と思い、10月上席、新宿末広亭の前売りを買っておいたのだ。
当然のことながら、新真打の披露目となれば、来場者は少なからずそのサポーター(?)、ファンが占める訳だから、逆に言えばさしてファンでもない噺家さんの会に行こうとも思わないので、今回は師弟ひっくるめてファンを自認する以上、足を運んだ次第。(も一つ難しいのは、今回のように5人真打だと、各寄席のお披露目興業、それぞれ10日間のうち、1/5、すなわち2日しかないから、10/01に寄席に行けるよう、結構頑張ってスケジュールも調整しましたです)

中入り後の口上は、司会役を務められる柳亭市馬師匠が下手に座を占められ、以下、下手から上手に向かって、
入船亭船遊師匠、川柳つくし師匠、川柳川柳師匠、林家木久扇師匠、三遊亭圓歌師匠
という席次。
初めてお披露目の口上を拝見しましたが、なるほど、色々と染みるものがあり、良いものでした。
中入り前は桃月庵白酒師匠、三遊亭白鳥師匠、柳家喬太郎師匠と、文庫主好みの噺家さんたちの噺を楽しみ、川柳師匠、そして中トリの市馬師匠。
中入り後の口上後は、船遊師匠、木久扇師匠、圓歌師匠と続き、トリのつくし師匠は「ソング・コップ」。
数年前の川柳師匠の会でも伺ったことのある噺ではありますが、真打になられて、噺に磨きがかかったのではないかと率直に思いましたです。
やっぱ、何事も足を運んでみて、実際に体験してみないことにはよくわからないですね。
川柳-つくし師弟のお披露目会、行って正解だったと思います。
めでたい。
長月最終日のインターミッション
紀行・・・なんて大げさなものでないけれど、折角香港くんだりまで行ったのだから、何か書いておこうと思いつつ、帰ってきてからこっち、すっかり気温が下がり、凌ぎやすくなったのが災い。
・・・毎晩、眠くて仕方がない。
帰宅して、夕餉とともに数杯の杯を重ねると、瞼が緞帳のように降りてくる。
何しろこの夏は暑すぎました。
夏バテこそしなかったけれど、すっかり暑さに体力を奪われ、今はエアコンなしで快眠できる日々がいとおしくて仕方がない・・・。
と思っているうちに、9月も今日でお終い。
10月頭ともなれば、文庫主はまた齢を一つ重ねる。
香港滞在時より年齢は一つ増えてしまうでしょうが、、そのうち、何か書くことにします。
ということで、ろくすっぽ何も書けなかった長月最後のブログは、訃報が報じられた山崎豊子氏のご冥福をお祈りすることで閉じたい。
平成に入り、「白い巨塔」、「華麗なる一族」、「不毛地帯」がそれぞれドラマでリメイクされ、「沈まぬ太陽」と「運命の人」がそれぞれ映像化されたけれど、「二つの祖国」がリメイクされないかな・・・と思っていたところ。(作品の殆どが映像化されている、という面で見ると、氏は滅多にいない作家だったな・・・と、改めて思う)
報道によると、遺作ということになるんでしょう、連載中の「約束の海」も、とりあえず所定量までは書かれていたらしいですが、完結しているのかどうかは不明。
ともかく、いずれ(遠からぬ将来に)刊行されることでしょうから、出たら読みたい、と思っております。
・・・合掌。
・・・毎晩、眠くて仕方がない。
帰宅して、夕餉とともに数杯の杯を重ねると、瞼が緞帳のように降りてくる。
何しろこの夏は暑すぎました。
夏バテこそしなかったけれど、すっかり暑さに体力を奪われ、今はエアコンなしで快眠できる日々がいとおしくて仕方がない・・・。
と思っているうちに、9月も今日でお終い。
10月頭ともなれば、文庫主はまた齢を一つ重ねる。
香港滞在時より年齢は一つ増えてしまうでしょうが、、そのうち、何か書くことにします。
ということで、ろくすっぽ何も書けなかった長月最後のブログは、訃報が報じられた山崎豊子氏のご冥福をお祈りすることで閉じたい。
平成に入り、「白い巨塔」、「華麗なる一族」、「不毛地帯」がそれぞれドラマでリメイクされ、「沈まぬ太陽」と「運命の人」がそれぞれ映像化されたけれど、「二つの祖国」がリメイクされないかな・・・と思っていたところ。(作品の殆どが映像化されている、という面で見ると、氏は滅多にいない作家だったな・・・と、改めて思う)
報道によると、遺作ということになるんでしょう、連載中の「約束の海」も、とりあえず所定量までは書かれていたらしいですが、完結しているのかどうかは不明。
ともかく、いずれ(遠からぬ将来に)刊行されることでしょうから、出たら読みたい、と思っております。
・・・合掌。
どうしても欲しかったので・・・
昨晩のうちに帰国しましたが、Upが遅くなってしまいました。
今回の香港見聞録はまた書くとして、とりあえず、今回(4度目の香港ですが)、どうしても欲しかったアイテムをやっと購入。
香港の街中を歩いていると、あちこち・・・そう、ビルの中(とくにお手洗い周辺とか)はもとより、工事現場、雨漏りのするところ、などなどで必ず何度も目にする看板があります。
その看板には、こう書かれています。
「小心地滑」
ちゃんと訳せば、「地面が滑りますからご注意ください」ということなんでしょうけれど、漢字四文字で実に単純明快、判りやすいこと。
んで、この看板、ところによってはビルやお店の名前が入っていることもありますから、特注というケースもあるのでしょうけれど、だいたいは同じようなスタイルなので、どこかに売っているには違いないのです。
実のところ、売っていそうな場所は既に何年も前からあたりをつけてあって、その都度買うかやめるか逡巡してきたのですが、今回は迷わず買うことに。
と思って探してみると案外見つけにくいものでしたが、香港は九龍地区、佐敦(Jordan)というエリアの西に、上海街という通りがあり、ここは東京でいえば合羽橋道具街のような、厨房器具屋さんが軒を連ねているところで、そこの文房具屋さんで発見。

文庫主の自宅は床が滑りやすいという評判もありますので、インテリアを兼ねて飾っておこうと思っておりますです。
今回の香港見聞録はまた書くとして、とりあえず、今回(4度目の香港ですが)、どうしても欲しかったアイテムをやっと購入。
香港の街中を歩いていると、あちこち・・・そう、ビルの中(とくにお手洗い周辺とか)はもとより、工事現場、雨漏りのするところ、などなどで必ず何度も目にする看板があります。
その看板には、こう書かれています。
「小心地滑」
ちゃんと訳せば、「地面が滑りますからご注意ください」ということなんでしょうけれど、漢字四文字で実に単純明快、判りやすいこと。
んで、この看板、ところによってはビルやお店の名前が入っていることもありますから、特注というケースもあるのでしょうけれど、だいたいは同じようなスタイルなので、どこかに売っているには違いないのです。
実のところ、売っていそうな場所は既に何年も前からあたりをつけてあって、その都度買うかやめるか逡巡してきたのですが、今回は迷わず買うことに。
と思って探してみると案外見つけにくいものでしたが、香港は九龍地区、佐敦(Jordan)というエリアの西に、上海街という通りがあり、ここは東京でいえば合羽橋道具街のような、厨房器具屋さんが軒を連ねているところで、そこの文房具屋さんで発見。

文庫主の自宅は床が滑りやすいという評判もありますので、インテリアを兼ねて飾っておこうと思っておりますです。
原寸大のノアの箱舟、そしてまた香港で見る「あまちゃん」
なぜこの街にあるのかはよく分からないのだけれど、香港には原寸大の「ノアの箱舟」がある。
香港島から船に乗って25分、馬湾(正しくは、湾は旧字体)島というところに、聖書に書かれた寸法で再現したノアの箱舟があって、まぁ、テーマパークとして運営、営業されているのだ。
夏休みも終わり、平日なので、殆ど来訪者はなく、大人一人あたり155HKD(≒約2,000円)という入場料もちょいと高いな、と思わなくはないが、

箱舟の入口(というか、動物たちが全部外に向かっているので、これは「洪水後」なんだろうけれど)に、これまた原寸大に作られたいろんな動物の、つがいの模型が並んでいる。
(文庫主的にいって残念だったのは、箱舟に乗せられた動物たち(もちろん模型だけれど)の中にペンギンがいなかったことだ。それなりに暑い地域であるこの街では、ペンギンに想いを馳せる人はいないのか・・・。 なお、この動物の模型群のなかでは、コツメカワウソ(だとおもうな)が妙に可愛かった、です)
箱舟の中に入り、色んな映像や展示を観て、初めてこの施設の趣旨が「環境教育」にあったのだ、と判るのではあるが、ううむ、日本では成立しないな、きっと・・・。
ガラッと話はかわり、この休暇中、当然国外にいるので、先月末の「朝まであまテレビ」以降にわかに観るようになった「あまちゃん」も、帰国するまで観れないだろうな・・・と思っていたのだが、ネット上には日々動画が上がっているようで(有料サイトではなく)、夜、一日の観光を終えてから、持参したPCで観ることができた。
香港でノアの箱舟を体験するのも変な経験ならば、インターネットを経由して、香港で「あまちゃん」を観るというのも変な経験。
地球は狭くなった・・・のかしらん。
香港島から船に乗って25分、馬湾(正しくは、湾は旧字体)島というところに、聖書に書かれた寸法で再現したノアの箱舟があって、まぁ、テーマパークとして運営、営業されているのだ。
夏休みも終わり、平日なので、殆ど来訪者はなく、大人一人あたり155HKD(≒約2,000円)という入場料もちょいと高いな、と思わなくはないが、

箱舟の入口(というか、動物たちが全部外に向かっているので、これは「洪水後」なんだろうけれど)に、これまた原寸大に作られたいろんな動物の、つがいの模型が並んでいる。
(文庫主的にいって残念だったのは、箱舟に乗せられた動物たち(もちろん模型だけれど)の中にペンギンがいなかったことだ。それなりに暑い地域であるこの街では、ペンギンに想いを馳せる人はいないのか・・・。 なお、この動物の模型群のなかでは、コツメカワウソ(だとおもうな)が妙に可愛かった、です)
箱舟の中に入り、色んな映像や展示を観て、初めてこの施設の趣旨が「環境教育」にあったのだ、と判るのではあるが、ううむ、日本では成立しないな、きっと・・・。
ガラッと話はかわり、この休暇中、当然国外にいるので、先月末の「朝まであまテレビ」以降にわかに観るようになった「あまちゃん」も、帰国するまで観れないだろうな・・・と思っていたのだが、ネット上には日々動画が上がっているようで(有料サイトではなく)、夜、一日の観光を終えてから、持参したPCで観ることができた。
香港でノアの箱舟を体験するのも変な経験ならば、インターネットを経由して、香港で「あまちゃん」を観るというのも変な経験。
地球は狭くなった・・・のかしらん。
