以前から心理学に興味があったのですが、なんとなく疎遠になっていました。学部時代、心理学入門というコースを取りました。心理学理論領域では満点をもらったのに、統計が全くダメで(数学弱いんです。特に確率統計の計算はあまり得意ではなかったのです。 -言い訳です。 当時、SPSS(統計)のソフトがあれば、心理学専攻していたかもしれませんよね・・・うそうそ…)、単位を落としてしまって、心理学専攻にできませんでした。 とほほ…それで社会学に… 何という…。 今でも心理学理論の本は読むのは好きです。、が、あまり実際の心理学を知らずに今まで来ました。 (元々、理論が好きな人間です。) 勿論、心理学といってもいろいろな分野がありますから、ゲシュタルト心理学を経験したからと言って、心理学全体を知ったことにはなりません。

親友のちょんまげさんが2年ほど前からゲシュタルト心理学を学び始めて、もうすぐ心理療法士の免許を取ります。そのためのプロジェクトがあり、今日はその研究協力者(モルモット)になってきました。 

今日のセッションは、ちょんまげさんとの会話の中で、自分の形を見つけて行くという方法を使って進められ、不思議な体験でした。 心理学者の人々には変なことを言うなと言われそうですが、ホ―リズム(全体論)を重んじるゲシュタルト心理学は現象学に似ていると思いました。(私は何でも哲学に結びつけます… ほほほ・・・ 私の癖ですね…)

ゲシュタルト心理学とは、人間の精神を考える時、要素部分の集合体として考えるのではなく、その全体性や構造を考える必要があると唱えた心理学の一つ。 この全体性のある形態・構造をドイツ語でゲシュタルトと言います。 ちょんまげさん曰く、精神分析学を学んだ心理学者達が精神を分けて考える精神分析学に異議を唱えたのが始まりだそうです。(私も精神分析理論を哲学として使ったことがありますが、精神分析学は人間の心理を理解するものではなく、社会が人間心理をどう見るかということに目を向けているよう思います。)

1時間半にわたってセッションを受けまして、過去から現在を見つめ直し、これから自分がどうしたいのかが良く分かりました。 自分のことを客観的に考えることってなかなかありませんからね。良い機会でした!  客観的だけど実は主観的なんです。 これこそ現象学ですよ! でも、一度や二度のセッションでは何も変わりませんので、自分で自己分析し続ける必要があると思います。

私が今日経験したゲシュタルト療法は、いくつもの「経験」の重なりによって知覚・認識が構成されるのであって、単一的な考え方を寄せ集めて総合的な考え方を構成しているのでないと判断し、その経験の重なりのしくみをゆっくり考えていける画期的な療法だと思いました。 自分の精神状態を理解することは、心と体の関係、自分と他人の関係、そして、自分の中の自分を知ることじゃないのかな・・・漠然としてしか分かりませんが…   自分の経験の積み重ねからものの見方一つひとつが変わることが良く分かりました。

心理学は科学的なのかなと思いこんでいましたが、ちょんまげさんのセッションは哲学的で、私にはとても入りやすかったです。(彼のプロジェクトは質的分析でしょうか…統計ではないと思います。) ちょんまげさんは、科学は統計だけで判断するものじゃないぞ!と言っていましたが…うーんそうだな…何を根拠に科学って定義するんだろう…

おまけ: 今日、私の論文が査読を終えて、査読者からの厳しいレビューが送られてきました。 本の編集者は私の論文をどうしても出版したいから、頑張って改訂してくださいとメールが来たので…嬉しい知らせなのですが、なんだか大変なことになっています。 日本に行く前には完成できないので、どうしましょー。 さっさと発表論文をやり上げて、こっちに移りたいと思います。 査読者のシャープな批評・・・痛いけど…嬉しい。 査読者を納得させられるか分かりませんが、挑戦です、受けて立ちます! 私のヴィトゲンシュタインの使い方に異議があるそうです。彼は現象学者じゃないっていうことでしょうか…それなら、もっと良く分かるようにすれば良いんですよね。 私は彼が現象学者だと思うので、その考え方は曲げることができません。 またしばらく、ブログから姿を消すかもしれませんが、元気ですので…ご心配なく… 消さないかもしれないけど・・・