ペンギン保健室

ペンギン保健室

中小企業向けの他にはないメンタルヘルスサポートを模索中ペンギン

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こちらのブログ、

2017年の桜の頃、

コピスや吉祥寺の街のこと書いたっきりでした。

その前には復活ペンギン、と宣言していた。


インスタにシフトしたということもあったけど、

その後の家族や客人それぞれ動きがありすぎて、

プライベートが頭を占領するようのになった事と、

また別の脳で本格的に面談員として仕事していたら、

自分の隠れていたとんでもない問題に当たってしまい、

今までにない深さで折れてしまい、

当時のスーパーバイザーにはスピリチュアルエマージェンシーと言われ、

かっこいい名だけどそれ何ですかと言って余裕かましてみたけど、1年〜2年かかりますよ、と言われた通り、打ち寄せる試練に次ぐ試練に立ち上がれなくなり、

そうこうしている間に長男が不調に陥り、

それを助け出してあげられずに一緒に堕ちて行ってしまった。

 

もうこんなことはいけない、

とやっと這い上がってきたところ。

 

その前にも"私根無草なんです"と、当時のメンターにぼやいたのが48歳。


そこから5年かかったけど、

今はどうにか根の生えた人間になれた。

地球🌏に生えた🌳人間。

 

紆余曲折。

感慨深くもなくただ紆余曲折、

と言えてる中庸さにちょっと満足。

 


井の頭公園駅の桜。

北鎌倉駅のようにホームと平らで桜が咲いてる。





 

 

ここ数年、お店がある日、急に無くなる。

いいお店は残るという安心が得られない。

 
吉祥寺も、減りましたね。お店。
あるいは品数。
 
 
雑貨屋さんや布屋さんの品揃え、
バーや喫茶店、映画館、
本屋さん、
いろんなお店、
いろんな人、
 
その雑多感がなくってる。
 
 
 
ヨドバシできたり、
アトレ、
コピス、
キラリナ、
 
駅近くにこれだけ増えたら、
沢山のお店見られ、楽しいよ。
元々パルコも丸井もあるわけだし。
 
 
でも、コピスのこの春のリニューアルは、
おそらく子育て年代をターゲットにしていて、
私はそこに行く用がなくなってしまいそうだ....
 
子育て世代をターゲットにする吉祥寺
 
なんかなぁ
もっと違う町じゃなかったっけ。
 
昭和の昔々だけど、
6歳上のお姉ちゃんの学校が三鷹にあり、
小さい頃から井の頭公園も吉祥寺も憧れだった。
お姉ちゃんの学校も自由で変わっていたしなぁ
 
井の頭公園では、
俺たちの旅とか、中村雅俊さんらが撮影してたとか、
 
自由で、雑多で、おしゃれで、
 
オトナがおしゃれに不良できた町、
 
じゃなかったっけ。
 
武蔵野のお屋敷との混在も良かったのに、
今は観光地化してるし、
 
 
ブックス泉とか、
好味屋のパンとか、
もうないし。
ソニープラザもない。
地下のビレバンの喪失感は引きずってる。
 
新星堂はあるのかな。
シェーキーズはあるね。
 
姉も通ったシェーキーズに、
自分の子も学校帰りに行くことになるとは、
予想外だった。
 
今も変わらずあって嬉しいのは、
カーニバル、
かな。
 
吉祥寺、
食べるところも減ってるー
あるいは、お客さん減ってるー
 
どこにいくのじゃ吉祥寺ーー
 
高円寺はいい感じに進化してるのに、
吉祥寺は発展しちゃった感じ。
 
 
とにかく、
いいお店は残る、
を、祈りたい。
さみしいもの。
 
 
でもこの発展でよいこともあった。
 
テナントで新しく入るお店は、
流行の切り売りが減ってる。
 
お店ひとつひとつのコンセプトが深い。
 
ライフスタイルがある人達に、
選んで貰える商品と店づくり、
 
逆から言えばライフスタイル提案型。
 
洋服とともに食器も家具も鞄も靴も、と、
コンセプトが広く深いのは、
 
わたしにとっては、
 
生き方とか、姿勢とか、
そういうところに価値観がきてる安心感がある。
ひとりひとり、
生き方がある、
って言われてるみたいで、
 
この店のターゲット年齢から外れてないか?
といちいち気にしないで済む。
それは良かった。
 
でもそこに、憧れるものは、
なかなか売ってないんだよなぁ。
 
お家に帰ろ。
お家を大切にしよ。
 
 
今までに吉祥寺で少しずつ安く買い集めたもので、物を大事に、生活大事に、暮らして行こ。
なんて新しい悟りを新しい吉祥寺にもらいました。
 
 
 
町大好き、
買い物好き、
飲むの好き、
なわたしも、
とうとうお家に落ち着く時が来た。
 
ラーメンもうちで作るぞ。
量も味もコントロールできるしね。
 
 
これ老化とも、諦め、落ち着き、とも言うんだろうけど、
 
いいのさ。
 
立つ姿、歩く姿、後ろ姿、
いつどこでも、
恥ずかしくない、
おばあさんに進化するための、
ひとつの卒業だ。
 
 
末広通りも今年、人気のパン屋さんが無くなり、
この桜の前の美容院もお引越しされた。
お水もらいに行ってた農協だって無くなった。
大きなセブンになってちょっと便利だけど、
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井の頭公園の一番端っこのこの桜、
枝が低くてお花見には最高です。
 
でも人気だし、桜は他にないので、
場所取りは、気合い入りそう。
毎日どなたかが場所取りしてます。
 
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井の頭公園近くのお屋敷。
これは変わらない。
佇まいがいい....
 
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 夜の桜と井の頭線。月も綺麗でした。
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どのくらい長い旅だったのか、
父の死からまさかの迷子、
人生の棚卸しと、
受け容れることの難しさ、
翻弄され彷徨うおばさんペンギン。

どうにか戻ってきて、
自分の足二本で地面に立つことができました。 

このアラフィフのモラトリアムは、
必要な経験と時間であったと思うけれど、
結構な人生の期間を費やしました。

皆さんにはないことなのでしょうか。

できるだけ自力で切り拓く、
と思っていたので、
遠回りもあったし、
今もまだ挑戦というか奮闘中。
課題山積。

でもどうにか、
戻ってまいりました。

それも、
前とは違う自分です。

地に足ついた自分です。

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あ、友達のプーさんも居ます。

生まれ直し中のペンギン。
静か~にしております。
孵化中と思って、
殻を破れる日まで、
成長しながら、
耐えています。


息子の広範囲の痒みと、
旦那さんの朝にだけ出る湿疹、
私の肌の老化、

消炎、解毒効果があると聞いて、
庭のどくだみを、
お茶にするため、
夜になると摘んでいる。


バラの手入れで手や腕も傷が絶えない。
それにも効くかなと、
化粧水も仕込んだ。


気を付けても、バラの棘が刺さる。
棘が皮膚に入り込んで、
埋まってしまって、
こちらは諦めるのだが、
時間をかけ、
異物を外に出そうとする、
健気な肌のシステムに感動したりする。

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いやいや、

まさかこの年でインナーチャイルドに向き合うことになろうとは…。

 

父が亡くなってから、

モラトリアムの時期を2回過ごし、

3回目に突入したのが昨年暮れ。

我ながらただならぬ状況に自分に危機感いっぱい。

必然性から今回はカウンセリング受けました。

もうどっぷりクライエント。

 

二人の先生にお世話になったが、

どちらも共通しておっしゃるのが、

人は生きながらにして生まれ変われる、と。

 

カウンセリングって新しい自分の誕生なのかもしれない。

 

 ポムポムプリンのお尻の✳︎に、

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速攻左パンチの少年

私は桜が苦手です。

特に川辺の桜並木。

まず、
2月の寒い時期から芽がどんどん膨れていく。
並んでどの木のどの枝もぱんぱんに膨れていく。
その秘めたパワーが恐ろしい。

昨年、氷川台、桜台辺りの石神井川の桜を、
たまたま、超満開(花びら全開、1つも散ってないくらいの最高潮満開感のある状態)で、夕方前に見た。不気味なほどの満開感。

もう、人間側の完敗。
エネルギーが半端なくて怖くなり、
母と一緒にいたのですが、
私、黙り込んでしまいました。

桜、生命力ありすぎ。

幹から直接咲いたり、
根がコンクリートを浮かせていたり、
伸びるのを許された方面にだけ枝を長く伸ばし、
それが延々と続く川沿いの桜。
溜めたもの一度に出すせいか、
パワフルすぎる。
命吸われそう。
怖い。


心の弱っている人、うつの人は、
桜が苦手と聞いたことがある。

花見にいけるほどの元気もパワーもがない、
というか、
桜を楽しめる余裕もないし、
というか、
桜を綺麗とも、見たいとも、
思わない…

そうこうしているうちに時期も終わり、
今年も桜をみにいけなかったと思う。

「今年も桜をみにいけなかった」

この視点を持ちあわせている人、
想いを馳せられる人、
どのくらいいるのだろうか。

昨日、ものすごく響いたことばだった。




3月半ばに、お隣りの奥さんに、
桜の枝がお邪魔していてすみません、と声をかけられ、うちの方まで枝が伸びてる?
それももう咲いてるんだ。
どんなものかなぁ、
と、夜、窓開けてびっくり、
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お風呂から夜桜~


朝撮り直した

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これは、さくらんぼの実る品種です。
思いがけない新しい風景、
夜桜風呂、艶っ!
(主人は怖がっていたけどね)


その前の週に、シアトルから、
いつもよりずっと早く咲いたと、
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桜の下の鴨さんも(^.^)

お隣りの桜、シアトルの桜。
新しい桜の風景ふたつ。
プレゼント的だ、ありがたい。


今年は間に合わないけど、
来年こそは桜のパワーに負けない、
根っこのあるパワフルな人になりたい!


エリザベス・キューブラー・ロスの「死ぬ瞬間」は、カウンセラーの必読書とのこと。

しかし、
ずっと読めないままでした。


文庫本でそれと一緒に買った、
エリザベスとデービット・ケスラーの共著「ライフ・レッスン」から読んでみた。

ライフ・レッスン、
題名もカバーも優しい。

第6章罪悪感のレッスンにあった、エレンという癌患者が15歳の時に産み、生き別れたままの娘への手紙がある。その中の「不公平な人生」「価値ある死に方」というワードが刺さりました。

『たとえどんな不公平な人生でも、力のかぎり生きる道さえ見つけることができれば、死ぬときに価値ある死に方ができます。それがむずかしいことはわかっています。私は若いときに不公平な人生に巻き込まれてしまいましたが、あなたの人生はまだこれからです。価値を見つけることができます。完璧じゃなくていい、価値があればいいのです。』

昨夜本当に珍しく、月9ドラマの初回なんかを見て、有村架純ちゃんがトラックの中で生き別れたらしいお母さんからの手紙を読んでいるシーンがありました。



不公平を背負った時にも、
価値は見つけることができる。
完璧じゃなくていい、価値があればいい。
力のかぎりに生きる道を見つけること。
そうすれば価値ある死に方ができる。 

価値ある死に方、を、するために、
生き抜くこととは、
ということを
今一度考えたい。
と思いました。



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昨年の話しですが、
カテドラル関口教会のクリスマスミサに参加させてもらった。

規模が大きくて、人数やお香の匂いに圧倒されたけれど、
お世話になった神父様にもご挨拶でき、
母を連れていけて良かった。

キリスト教では、光、という言葉がよく出てきます、よね。
この、光、っていうのが、
子どもの頃の私には抽象的過ぎて、
見えないものなので、
誰にとっても想像、イメージでしかない、

…と思っていた。


光、

今は、ちょっとだけ、
理解が変わった。

(理解が変わっただけで、
光が見えるとか、悟りが、とか、
そういうわけじゃぁないです、、、)


写真は、
クリスマスのときではないけれど、

日を浴びて神々しい。
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下の子が大学生の歳になり、
最近そのママ友との会話に、
新しい波が。


「息子の彼女には絶対いい感情をもてない。」

「多分誰を連れてこられても納得できない。」

「だからと言ってずっと結婚できないのも困るのよね、」


どこもこの順番。
この流れ。

多いのです、最近この話題が。

彼女出来たり、連れてきたり、
するらしい。
それが素直に喜べないし、
もやもやしちゃう様子。


私はおじさん(思考がね)だからか、
これらがよくわからない。

子どもとはいえ、息子は他人。
別人生、別人格。

それに、
恋愛って超個人的なこと。
人がどーのこーの言えるものじゃないし、
ましてジャッジなんて、
親友ならまだしも、
親がするもんじゃない。
と思うんだけどな。

でも姪っ子とか甥っ子って可愛いよね、
それと違うの?
と聞いたら、
全然違うよーとw

例えが悪かったか。


私は、血のつながりもないのに、
家族が増えることのミラクルこそ、
人の幸せ、人生の醍醐味何じゃないのかと、
普段から思ってるんだけどな。

例えばでいうと、
義理の妹の旦那さんとか、めちゃ遠い関係性なのに、親戚という括りで出会え、それが凄くいい人間だったり、料理人だから美味しいテッチャン鍋とか作ってくれたり、、、
新しい家族とのこんな幸せはないと思うのだ。
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↑これは義理の弟のテッチャン鍋ではなくて主人の幼なじみ信也さんが大阪から送ってくれた彼のお店のもの。

姉の旦那さんも、単純に、「お兄さん」と呼べたりするだけでも嬉しいし、私や両親やうちの子に優しくしてくれたりしたり、父の最期には血の繋がりがないからこそできる形で助けてもらった、、、。


血の繋がりがなくとも、親子や家族をしている関係性は尊いしと思うし、そんなミラクルを体感できる人は、人として幸せだと思う。(例えば養子縁組とかね。)


異性に好かれるということが男らしさ女らしさだと思うから、下の子には一年前に彼女が出来て安心したし、こんな素敵な子に出会えるなんて、あなたがやってきたことが実ってるね、良かったね、と思うし、彼女がそばにいてくれてることは、私達とは離れて暮らしているだけにとてもありがたい。


もし仮に素敵なお嬢さんねと思えない娘を連れてきてもそれは息子の選択。
今までの育てて来た息子の出した答えだし、彼の選択、尊重。ただ、男側だし、選択した責任としてどんなことも引き受ける覚悟だけは持てよという念押しはしたい。
どんな痛い目にあおうと。
私も息子がその娘を選んだという結果を引き受けるし。

兄に関しては、
病は弱さでもあるから、
一般的な結婚は難しいのかもしれない。
でも私らのがいなくなった後も彼は誰かを幸せにできると確信している。
きっと理解し合える他人と出会え、
ともに生きていけると信じているし願っている。



他人と家族になる。
こんな素敵なことはない。


しかししかし、
恋は恋だし、
若気の至りとかあるだろうし、
綺麗に行くばかりじゃないだろうし、

親として、オトナとして、
交際を止めることもあるのだろうか。


逆に、
失恋してズタボロになった息子を見たら、
むくむくと相手方に湧く感情もあるかもしれない。

私もいつの日か、
何らかの状況で、
友人らの言うこと、
実感できるのかも、ね。

写真は帰国中の息子と彼女さんと蓼科。
卓球真剣勝負。彼女がまたうまいのだ。

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ついでに、これ面白かった、卓球サーキット



他にもパター、
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UNO、
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パターとUNOは彼女の一人勝ち。
姫はなんでも上手いし強い✨


前回の記事、ザ・京都は昨年12月でした。そのしめくくりの文は、

町も道も、普通のおうちも、お店も凛としてる町、東山。
そんな京都の貴重な滞在…
なのに、
なぜ心が開かないのだろう。

答えはきっとある




そう、答えをさがしながら待ちながらやっとこうしてここに戻れるまで半年かかってしまった……。

あの京都から、私は気持ちが閉じてしまい心の旅みたいな宛どころのない放浪をしておりました。

その間、感受性ってものがむき出しになり不幸でもないのに生き辛いみたいなふしぎ~な落ち込み感とやわやわ感を自分で誤魔化しながら、夜になるとひたすら吉祥寺の食べ飲み歩きを満喫しておりました。酔えば忘れて楽しい気分なので、

京都で心が閉じたその答えがなんとなく見つかったのはごく最近。まだ受け入れ十分ではないけど、理由が見つからないよりずっといいー

吉祥寺の食べ飲み歩きも、一通りしたところで、ひとつの結論が出た。
勉強になりました。

こうして、ひとつのステージを終え、価値観も嗜好も変わった新生わたし、ゼロ歳なおばさん(←気持ち悪いすか)になり、わたしの中のおっさんらも出て行ってしまい、なんだかさみしいようなまたおっさん達来ないかなぁと懐かしいような気持ちでいる。


とりあえず、心の旅の始まりの、
ザ・京都の続きから記したい。

結局、京都で突然心が閉じた私は観光地には行く気になれず、足がやっと向いたのは美術館、動物園、猫カフェ、食事、それだけ。

それも国立近代美術館は休館中。

仕方なく向かいの市の美術館に。
置いてあったパンフレット。
修羅と菩薩の間?
なにがあるんだそこ、
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市の美術館アウト。

とりあえずご飯食べないと、と、

東山のカフェ、
&noma CAFE(アンドノマカフェ)


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完璧、非の打ち所がない、ザ・カフェ。東京ならもっと緩さや隙があるよ。やっぱ京都ハンパねぇ。

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このグリーン、お店の大きなメインのテーブルにも大きく活けてある。透明な黄緑色の実がかわいい。しかし植物好きの私にもなんの種類かも見当がつかない。一緒にいた全員が気になり、店員さんに聞いたら、ヤドリギ、とのこと。もう、惚れたぜヤドリギ。樹木に寄生して育つ植物ということなので、栽培は無理そうなので、来年の冬には花屋で絶対入手してやるーと決心。


キッチン、お店の人、その佇まいは、
美しくないもの、私語も無駄、
お店側には一切ない。

お料理も美しかった。

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このフレンチトーストについてきたジャムは甘いトマト味!

大きなメインのテーブルが素敵です。でもお客様がいたのでカメラは向けられませんでした。

キッチンも素敵だったし、店員さんもそうだし、他にもみたことない新しいお料理、お菓子、テークアウトのものもあったのだけど、いくら了解得てた言っても、これ以上は撮れなかった。



個性と完成度、あっぱれでした。
美術館的なお手本カフェ、
さすが京都。さすが東山。

気楽に行けるかどうかは別にして、この世界観を体験できるなら、京都にいながら和製ヨーロッパの時間を買うという意味で価値あるカフェだと思います。

東山のブルゴーニュ専門のワインバーと同様、もうもう、ありがたい体験でございました。