初心 | ペンギンですから。

初心

なんだかしばらくお馬さんの話ばっかですが、
一応ちゃんとお仕事してます


私の仕事は塾の先生です
大学2年の5月に始めて、
スイミングのコーチとか、
夜のお仕事とか、
いろいろかけもちでやってきながらも、
最終的にこの仕事をずっと続けて、
はや…いやー、長いわー(笑)


で、最近は
ちょっとできる子たちメインの塾でも
働いているわけですが、
面談とかやってて…
んー、なんだかなー、って思うことが
多々あるわけですよ


なんていうか、いっつも思うのは、
時代的なものか、地域的なものか…

「贅沢だ」

ってことです


お金うんぬんよりも、
「選択肢」という面で、特に


この仕事始めたときに、
大学の選択肢が「私立」が普通だってことに
まず衝撃をうけたという記憶


長崎なんていう、九州のはじっこにいると
大学=国公立ってのがむしろ標準で、
大学に限らず、高校だって、
県立ってのが標準で、
私立=お金持ちとか、あまりよろしくないとこ、
そんなイメージだったから


そして、この仕事を続けて行くうちに、
だんだんと関東スタンダードに慣れて
(北関東にいたけどね・笑)


さらに続けて行くうちに、
入試制度の変化とか、高校生自体の変化とか、
そういうのが今度は相まって


やっぱり、「贅沢だ」っていう結論になった、
今日この頃


人間の「慣れ」って怖いと思うんですよ
自分が「標準」って思う事を軸に、
物事を見てしまう
その「標準」ってのは、
決して普遍的なものではないこと、
なんて、考えもせずに


今の高校生は、
大学の学部学科も、入試方法も、
そしてそのためのツールとしての
塾や予備校も、
ぜーんぶ選択肢が多すぎる気がします


そもそも、職業が細分化されて、
その影響で大学の学部学科も細分化されて


でも、高校生がわも、
さらには親のがわだって、
「で、結局、何が違うの?」
ってのがわからないまま、
「なんとなく」で進路を決めてしまう


そうするとね、
確固たる目標意識を持って、
「この大学のこの学科に行きたい!」
「これを学びたい!」
ってのが特になく、
大卒、という資格や、
大学生活っていうモラトリアム、
そっちが目標になっちゃってる生徒が、
正直、増えてきている気がします
(もちろん、全員じゃないよ)


で、結局は、口で言ってる「志望校」は、
しょせん言ってるだけ、なので、
死に物狂いで「努力する」なんて、しない
とりあえず、合格した大学で、
とりあえず、大学生活を楽しんで、
とりあえず、就職する


なんだかなー


私も偉そうなこと言えた立場じゃないけど、
それでも、高校生のころって、
もっといろいろアツかったよ



そして、ある意味クールな生徒たちに、
自分もクールになってしまってるんだろうな


「やるべきことを、やらなくて、
それで結果がでなければ、自己責任でしょ」


その考えを、間違っているとは思わないけど、
「仕事」としてやってるからには、
「やらせる」ってのも必要なんだろう


ある意味、自分は、
そうやってアツくなることから、
逃げているのかもしれない


しょせん、ね、
塾も先生も、
生徒が目標達成するための
「ツール」なんだと思うんです


私にできるのは、自分の持つ「ツール」を、
最大限に与えることで、
先生、って立場が、
決して偉いわけなんかじゃない


でも、与えることばっかりで、
結局は、相手が受け取ってくれなきゃ、
なんにもなんないんだと

そして、私には、その力が、足りない



何年やっても、この仕事か適職だなんて、
ぜーんぜん思えない
正直、教材作成だけやって、
授業は他の人がやった方がいい、と、
ほんとに強く思う、ここ数年



でもね、この仕事を始めた頃に、
当時の教室長に言われたことば


「生徒にとっては、
目の前にいるあなたが『先生』なんだよ」



それは、先生としての自分は
これから成長するかもしれない
でも、そんな成長途上の未熟な人間でも、
生徒から見れば、
その瞬間のあなたが「先生」であることに
変わりはないのだ、という意味だった


きっと、今の自分に、
もう一度言い聞かせなきゃいけない


どんな形であれ、
「先生」として向き合うからには、
ちゃんと結果を出さなきゃいけないんだ



生徒に甘いのは、自分への甘さ
そして、きっと、
それは何のプラスも最終的には生まないのだ



この1年間の、実りの少なさは、
私自身のせい


自分で撒いた種なら、
自分でどうにかしなきゃ