「がんばる」っていうこと | ペンギンですから。

「がんばる」っていうこと

さっきまで生徒の大学入試のための推薦書をかいてましたパソコン



書いてあげたいことはいろいろあるのだけど、文字数とかいろいろ制約もあるので、

ポイントをどこに絞って書くか・・・むむむ、難しい・・・文章力ないしーショック!あせる



うちの生徒にはいろんな生徒がいる。


身体的な問題、精神的な問題、素行の問題(これも最終的には精神的な問題だろうけど)・・・。


それでも、みんな、それぞれにがんばって生きてると思う。

自傷癖のある子もいるけれど、それでも死んでしまおうとするわけじゃなく、

傷つけることで自分が生きていることを認識したり、

傷つけることで誰かにSOSを発している時だってある。



ずーっと小さい頃、私はスポーツ選手になりたかったらしい。

母が見つけてきた幼稚園か保育園の頃の「しょうらいのゆめ」的なものに書いてたらしい。

いや、正直ぜんぜん記憶にないんすけど・・・汗


小学生の頃から、学校の先生になりたいと思った。

父親のような先生になりたいと思っていたし、

たとえば企業に勤めてOLやるなんて、まったく無理だとさえ思った。


そして高校生の頃に、人の心に興味を持った。

心理学を勉強したくて、地元を離れて遠い大学に入った。



今、私は、いちおう学校で先生をやっていて、

だけど、心に傷を抱えた生徒たちのカウンセラー的な仕事も多くて、

そしてプライベートでは水泳をそれなりに続けていて。



小さい頃に願ったものを、少しずつ手にしてる気がした。

中途半端といわれるかもしれないけれど、どれかをきわめてどれかを手放せば、

それは自分ではなくなってしまう気がする。


バランス。


いつも100%一生懸命だとはいえないけれど、

それでも、ときどきちゃんと「がんばってる」。


認めてもらいたいと思うときもあるけれど、

ある意味ルーチンになっちゃってることだから、

いまさら取り立ててほめられたって、なんだかこちょまゆい。



多分、どれも、自分が選んで、好きでやってること。

だから、行き詰っても、また立ち上がってがんばれる。



自分が今接している生徒たちも、きっと、目標ややりたいことが見つかれば輝ける原石。


私自身が父をみて自分の将来を考えたように、

自分も、生徒が将来を見つけられるような手助けをしたい。


だから、また、明日から先生として「がんばる」よ。