2日の私の行動

朝、起きておせちの準備
10時の注入に間に合うようにホームへ

たしかナースと
胃瘻交換の話をしていたな
「リスクを冒して、無理に連れて行かなくても大丈夫ですよね」
「大丈夫よ」
こんなたわいもない話

口腔ケアをしてもらっている横で
母の好きな歌を聴きながら
ぼーっとしていたなあ

昼過ぎに一度、自宅にもどって
父の昼食の準備
確か、テレビでは箱根駅伝が映し出されてた

夕食は、兄も姪たちも来て、にぎやかに、お正月らしい豪勢な夕食だったなあ
夕食の片付けは姉たちに任せて ホームへ
姪たちが「今日はとまるんだ」と言ってくれたので、安心して父をおいてホームへむかったなあ

ホームに着いたときの母の顔
いつも通りに寝ていたなあ

口を半開きにして
でも、だんだんと口は閉じて、静かな寝息を立てていた

脚がすごーく冷たくて
靴下を訪ねて来たヨシユキさんとはかせてあげた

8時にスタッフさんが入って来たときには、尿はほとんどでていなかった

あれ、あの晩、口腔ケアしたんだったかな?
忘れちゃった

それから、なんどかちょっと変な気がして
血圧はかったんだった
100を切っていたけど 今までにもそんなことあったから 気にしなかった

それから お薬を注入する前に
サチュレーションをはかったなあ
で、吸引したんだった
いつもはしない右の鼻から ちょっと痛そうな顔したんだ 

でも、いつもよりすーっと気管にはいっていって
痰がたくさんひけた

途中でかわいそうになったの覚えている

吸引中に何度も咳き込んだからか
尿が出始めて

そして、血圧もあがった

だから「おやすみ、また、明日の朝ね」っておでこに手をあてて
家路についたんだ

それが 最後だった

ちょっとだけ、あのとき姪たちもいるから、たまにはとまろうかなって思ったんだ
なぜだろう?

一人にしちゃってごめんね

今日、不思議なことがあったんだ
18:52pmにiPhoneのアラームが鳴ったんだ
セットしてないのに

うーん、悲しいっていうより
すごく不思議な感じがする
だって、写真に「おかあさん」って話しかけているんだもの

日常が非日常になった感じ
そして非日常が日常になった感じ っていうのかな

父や姪たちのために 食事の準備をして、一緒にご飯を食べて
そして、母の思い出を語りながら寝る

こんな毎日
ホームに行きたくなっているんだ 実は私の体が
だから、わがままいってまだ、ホームの部屋、そのままにしてもらっている

もうしばらく
時間がほしい

私って甘えん坊?


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母が逝ってから、初めて一人きりの時間を過ごしています
父は姪とともに実家に着替えを取りに
姉は区役所に手続きに
姪は大学に

にぎやかだった家がしーんと静まり返っています

写真の母は笑顔を見せて、静けさを味わっています

本当にバタバタして、寂しいとか悲しいとかという気持ちより
アレをやって、これをやって、ここに電話して、ぼーっとする時間もありませんでした

昨日、昼間お世話になっていたホームに、叔母のことが心配だったので
顔を見に行きました
絶対に泣かないんだ と気持ちを引き締めて入ったのですが

すぐに廊下で、ナースに会ってしまいました
感謝の言葉を伝えているうちに 涙が自然に出てきました

一緒に泣いてしまいました
あの日、最初の電話を受けてお部屋に入ったときにも
お二人のナースが側に付いていてくれて
涙を流していてくださったのを思い出してしまいました

そして、お部屋に入ったら、また泣けてしまいました



きれいに飾ってくださっていました
母が約2年半使用したベッドには真っ白なシーツがかけられていました

そして、その隣には真っ白な百合が
テーブルの上には、ホームで過ごした日々のアルバムが
アルバムのページは、母の大好きなスタッフさんと一緒に移っている写真でした

優しさが伝わってきました

そして、叔母の部屋で
叔母のお正月飾りのお花の代わりに、母のところにあった色物のフラワーアレンジメントをおいたら
涙がとまらずに、声をあげて、叔母にすがって泣いてしまいました

「ごめんなさい。ちょっとだけ、泣かせてね」といいながら
認知症の叔母でも、叔母は叔母。

「だいじょうぶ。こういうときは思いっきり泣きなさい。泣かなきゃ駄目よ。」
「みどりは、本当によくやってくれたからな。お母さんだって感謝しているのよ」
『我慢しないでないていいのよ」と。

叔母の優しさにも感謝です

ホームから戻って、みんなで母の写真を見ながらわいわいとして過ごしました
いろいろな手続きがあるのに
なんだかやる気になれなくて

母の枕花の薄いピンクの薔薇が、日当りのよい我が家のリビングで満開になっていました
夜、その花びらをお風呂に浮かべてみました

母が大好きなペナン島のスパで、初めて入ったフラワーバスにものすごく感動していたのを思い出したから

みんなでフラワーバスに入りました
母も喜んでいるはず…

だんだんと日常にもどっていくはずですね
今日まで、仕事をお休みします





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皆様、コメントありがとうございます
まだ、ゆっくりと読んで返信できる余裕がないのでお許しください

昨日、15時過ぎに納棺を終え、母は教会へと向かいました
通夜・葬儀会わせて200名ほどの方が母を見送りに参列してくださいました

今日の葬儀には一番お世話になったホームのナースが、叔母を連れて参列してくださいました
最後の遺族代表の挨拶、涙を流さずに頑張ろうと思っていたのですが
駄目でした

父、姉に変わり私が遺族代表の挨拶をしました
母への気持ちをいっぱい込めたつもりです

こんな原稿を昨日準備して、読み上げました
涙と一緒に 

骨になった母は小さく小さくなりました
あっという間に母の肉体は滅びてしまいました
母の大好きなお花と一緒に、私たち家族を見守ってくれています





皆様、本日はお忙しい中、早朝より母・故アンナモニカ静枝の葬儀ミサ、告別式にご参列くださいまして、お心のこもったお祈りを頂戴いたしまして、心から御礼申し上げます。
私は、故人の次女、みどりと申します。喪主であります、高齢でありますので、遺族を代表いたしまして、ひと事ご挨拶を述べさせていただきます。

3年前の1月24日の晩、母が珍しく
「手をつないで寝よう」と申しまして、二人で何十年ぶりで手をつないで床につきました。
何かの予感があったのでしょうか。翌、25日早朝に脳出血を起こし、救急搬送となりました。
一命を取り留めたものの、母は手足の自由を奪われ、以前の生活に戻ることはできませんでした。
半年のリハビリを経て、老人ホームに入居しました。老人ホームでは、介護スタッフの方にも良く話しかけ、優しく接していただき、楽しい、安定した生活を送っておりました。
しかし、入居後一年を経たあたりから、徐々に体調を崩し、何度かの入退院を繰り返していました。本来は、母の体調では、ホームにもどっての生活は難しいところでしたが、私たちの家族の「療養ではなく、生活をさせたい」という希望を、ホームの看護師さんをはじめ多くの方々が支えてくださいました。

最後の入院は、昨年の9月、肺炎によるものでした。そして、この時もまた、11月にホームに戻り、穏やかな笑顔をみせながら、生活をさせていただきました。母に生活の場を与えてくださったこと、母に変わりまして感謝申し上げます。

しかしながら、クリスマスを過ぎた頃より徐々に天国へ向かう準備を始めていたようです。
呼びかけに応じることも少なり、年は越せないと思っておりましたが、なんとか新しい年を迎えることが出来ました。元日のミサの後に、家族で会いに行った時も、スヤスヤと寝息を立ててねむっていました。
が、1月3日、午前9時頃、静かに天国へと旅立ちました。
穏やかで、まるで眠っているような表情でした。

思えば多くの病気を抱えながらも、いつも穏やかにそして楽しく生活をしてきた母です。この脳出血後の3年間は、母が私たちに与えてくれた最後の時間だったと思います。そこで、人の縁の大切さを、感謝することの大切さを全身全霊で伝えてくれたのだと信じてやみません。

今ごろは、天国で多くの友人、そして両親、何よりも母を信仰に導いてくださった、マスール齋藤、神父樣方に迎えられていることでしょう。

最後になりますが、母の人生の大半は多くの方と関わり、
多くの方に支えられた人生だったと思います。
生前、皆様には親しくおつきあいいただき、ご厚情を賜りましたことを、遺族一同、心からお礼申し上げます。

本日は誠にありがとうございました。


もう少し落ち着いたら

文章を考えられるはずです
今は、もう少しだけ時間をください







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母と私たち家族で、家で過ごせる時間はあと少しになりました
午後にはお布団からお棺に移ります

昨日は大好きだったアサヒビールで献杯しましたね
きっと天国でたくさんたくさん飲んでいることでしょうね

残りの数時間
母の隣にずっと座っていたいなあ

皆様、温かいコメントありがとうございます

母、美人です
80歳とは思えないほど美しい肌で眠っています





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午前11時41分 死亡確認

いつものように 自転車でホームに向かいました
出がけに携帯を忘れてとりにかえりました

5分ほど走ったら ホームからの電話
ナースからでした

今、お部屋に入ったら心肺停止の状態でした と

8時のケアの時には、いつもと全く変わらなかったそうです
その後、発見されたときには天国に召されていました

私が着いたときには 本当に寝ているようでした
まだ体も温かくて 手も握れば握り帰してくれるようにでした

本当に 眠ったまま逝ってしまいました

母に最初に着付けをした着物を 着つけました
まだ、体も柔らかかったので 姉とナースに手伝ってもらいながら 上手ではないけど
着せてあげることができました

お化粧は姉がやってくれました

まだまだ、バタバタしています

母の82歳の生涯 本当に頑張って頑張って燃え尽きてしまいました
でも、もうその魂は天国に帰っています

おじいちゃんやおばあちゃんや久枝おばちゃんともう会っているはずです
ゆっくり休んでください


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