今日も病院を7時過ぎにでました。
ホームに行って今後の相談をしましたが、ホーム長は、看護師24時間態勢の系列のホームのパンフをくれました。おそらく、これ以上は無理ですっていう意思表示でしょう
看取りもできるホームですけど、それはあくまでも医療ケアのほとんどない人のためですね。
胃瘻があって、酸素があって、吸引があって、尿カーテーテルがあってでは所詮無理な話だとは分かっていました。
もちろん、24時間看護師さんがいても、これだけの医療行為を日常的に必要とするならば、それはもう生活ではなく、医療であることもわかりました。
姉にその話をしたら、一こと
「もういいよ。これ以上。無理しないでよ」って。
ちょっと救われました。
姉が意見という意見を始めてはっきりと伝えてくれました。
母も分かっているはず。
もう、十分やったよ。って。
悲しいけど、これが現実。
後は、ドクターと話をして、静かに看取る方法を検討します。

そんな話をしながら、ちょっと遅くなって家に戻ってきました。
そうしたら、なんと、食卓の上に
栗ごはんがおいてありました。

実は、母のこともあって、いろいろと考えて
家の鍵をある人に預けました。
このある人は、母と同郷。母の姉である伯母が小学校で代用教員をやっていた時の教え子。
中学校卒業して、集団就職で、実家が当時やっていた鶏卵卸業の店に勤めたのです。
以来、我が家が立て替えるまでの約15年は私たちとも同居し、ちょっと都市のは慣れたお兄さんなんです。
母のことを何よりも心配し、そして今後のことを相談にのってくれています。

何か会ったときには、母を実家ではなく我が家に連れてくることになっているので、その受け入れ準備を進めてくれています。

そして、その方が、栗ごはんを炊いて、持って来てくれていました。
母の味なんです。
なぜなら、鶏卵卸業の後、我が家はレストランに。
そのとき、この方は、調理師免許をとり、母から料理をすべて教わっていました。
栗ごはんは、母が作った物と全く同じ味です。

お腹いっぱいなのに、食べながら、涙がたくさん出てきました。
悲しいなあ。

母は何も食べられないのに、母の味をしっかり引き継がれそれを今食べているなんて。
どうしようもなく悲しい現実です。



今日で入院、1週間。
夕方の薬を入れるためにわずか50ccの水分が体の中に入っただけなのに、大きくむせていました。
やっぱり限界なのでしょうね。

そして、その後、点滴ラインを新しいものにかえるので、病室の外で待っていました。
急に、バタバタして何人もの看護師さんが部屋の中へ。
針を抜いた手から、出血をしてとまらなかったようです。
ずいぶん慌てたようです。
ちらっと見えたのですが、かなりの量の血液が、お寝間着に着いていました。

腕からは点滴のラインがとれなかったようで、
右足のすねに入っていました。
ただでさえ細くって、動かせないから、拘縮が始まっている足に巻かれたテープをみて
母が怒っているような気がしました。

ごめんね。
お母さん。

それでも、今日、一瞬目を開けたんですよ。
昨日、新しくしたipoone でそのベストショットを撮影しました。

お母さん、また、明日ね。





にほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
にほんブログ村
今日から仕事でした
急いで行っても6時は過ぎます。
ぎりぎり8時までいても、ずっと側にいる訳にはいきません。
ナースステーションの前なので、そこからは動けないようです。
個室もあるのですが、原則は大部屋だそうです。

母と内緒話をしたり、音楽聞いたり、アロマをたいたりしたいけど
それはできません

お母さん、ごめんなさいね。

昨日は1リットルだった酸素が今日は、1.5になっていました。
ゼコゼコもとまらず、むせ込まないのに
酸素濃度は90パーセントぎりぎり。
お年寄りだからそれでも良いのかな。

吸引圧が高いので、鼻腔からの出血がとまらず、吸引ボトルの中は真っ赤になっていました

苦しい思いをさせています
何よりも心配なので、パッチも抑肝散もフェルガードもストップしているので
寝たままですが、母が母でなくなっちゃう。それが心配。

今、この時に、幻視や妄想が再発しないなんて誰にもわからないし。
明日、ドクターに相談してみようっと。

あ?明日はお休みかな?

にほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
にほんブログ村
昼間、担当医から電話がきました
前回の入院と同じ病院、同じ科なのに、ドクターが違うとこんなに違うんだと思いました
とても親切で丁寧でこちらの話を良く聞いてくださる女医さんでした

入院時の数値よりあがって来ていること
肺炎と尿路感染によるものであったという話
今後も繰り返して行く可能性が高いということ

そして
今後について
胃瘻からの注入を再開したときに考えらることや
尿路感染のことや
退院後のことについてなど
丁寧にお話をしてくださった

こちらからも
今後、病院ということも考えているという話もお伝えした

本当はホームで最期の時を送りたいけど
やっぱり無理だと思っている
みんなで静かに母の大好きな聖歌(賛美歌)でもかけながら
送りたいんだけど

でも これ以上ホームにも迷惑はかけられない
重症すぎるよ
本当は胃瘻からの注入だってできないホームだったんだから
それをここまでみてくれただけで感謝だもん

姉と土曜日に話をして
そして日曜日にそれをホームに伝えて
話をつめて

来週ドクターに電話をして面談してもらい
決めて行こうと思っている

どんな結論にしても
母は許してくれるはず

胃瘻にしていなかったら、もう亡くなっていたでしょうってドクターがおっしゃった
確かにそうだと思う

でも、胃瘻にしたから、この1年の時間を過ごせたんだし
母も笑って過ごせたし 好きな音楽たくさん聞いてもらい 私たちのおしゃべりを聞いていた
母にたくさん感謝したし甘えたもん

だから もうこれ以上 母に無理をさせないし 私たちも無理をしない
ありがとうおかあさん

ホームで救急車を待っている時の母
そして病院の母

両方とも穏やかな顔だと思いたいなあ


にほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
にほんブログ村


23日 14:50 病院到着
目をぱっちりとあけていました
いつものようにどこか一点を見つめていました

ただ、反応はますます悪くなっています

それでも、呼びかけに応じてくれました
「ただいま」
「おかえりなさい」

力を振り絞っています
全身で声を出していました

そして
じっと私をみつめて

「みどりちゃん」って
「今までありがとう」ってはっきりではないけど

そして、吸引中にも、苦しくてでてきた涙を拭いたら
「ありがとう」って

そして、すぐにぐっすりと眠ってしまいました

ホームと違って
大部屋なのでずっとついていられません

悲しいなあ
側にずっといたいのに
寂しい思いさせてごめんね

そしてありがとう



にほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
にほんブログ村
敬老会があった昨日、父は母のところには行きませんでした
今日は、姉と一緒に14:00に間に合うように病院にきました
姉とバス停で待っている父はいつもより小さく見えました
87歳の老人です

病室でのこと
目を開けない母の手をにぎって
顔を近づけて

「起きて」って声をかけ続けていました
そして、唇に手をふれ
「覚えている?」
「初めてキスした日?横浜球場だったよね」と

87歳の老人にしては
おしゃれなことをいいます!

愛情たっぷりの父です
父曰く「おかあさんが逝ったら、おとうさんもすぐに逝くからね」と

母は熱はさがりましたが
相変わらず吸引は多いです

ずっと寝ています

氷のように冷たかった手は
冷たい手になりました

真っ白な顔は少し赤みを帯びてきました

でも、すっかり病人です
いつも寝ているのとは様子が違います

今日で3日目か

サイレントアスピレーションっていうんですよってナースが教えてくれました
痰が知らないうちにたまっていくようです

吸引も頻度のようです
鼻が赤くなっていました


にほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
にほんブログ村