退院しました。
日曜日だというのに、Dr.もわざわざ顔を出してくださいました。
「何か心配なことはありますか」って最後まで私たち家族に気を配っていただきました。

「会わせてあげてい人がいたら、今のうちに会わせてあげてください」って言われた日から、
まさか、この日がくるなんて、Dr.も私たちも思いもしませんでした。
Dr.には感謝の気持ちでいっぱいです。
点滴中止、胃瘻からの栄養のことなど、すべて受けてとめてくださったし、正直に何でも教えてくださいました。感謝です…。

お昼前にホームに戻ってびっくりです。
昨日はホームの夏祭り(延期になったそうです)が開かれたそうです。
今年のテーマは沖縄。
なんと、その飾り付けが残っていました。
ホームの入り口で、いきなりの写真撮影。
スヤスヤの母でしたが、スタッフさんやナースたちに囲まれて、
母の好きな紅型小紋の着物を羽織らせてもらって、写真撮影です。




お部屋に帰るときにも
何人ものスタッフさんに「お帰りなさい」って声をかけてもらっていました。
ある若いスタッフさんは「顔を見にきました」って。

聞き覚えのある声なのでしょうか。
時おり目をあけようとしたり、声をあーって出したりしていました。

私たちも、母の側に腰掛けて、おしゃべりをたくさんしていました。
時には母には関係ない話も、眠り続けている母のよこで、誰に遠慮する訳でもなくくつろいじゃいました。
母にも聞こえているはずです…。

今日の夜勤の方は、母がお気に入りの男性スタッフさんです。
耳元で話しかけられたのが嬉しかったのでしょうか。
私とスタッフさんの笑い声を聞いてた母の表情も緩みっ放しで、笑顔を見せていました。
久しぶりの母の笑顔です。

スタッフさんが部屋からでたら、薄目をあけて、何度もスタッフさんを捜していました。

病院でもとっても良くしてもらっていましたが
やはり生活の場に戻るのとは違いがあるのですね。
母はとても穏やかにそして楽しそうに過ごしていました。

あーって声をあげる母。
久しぶりでした。

よい一日でした。
おやすみなさい。お母さん。





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仕事場を出るのが遅くなってしまい、病院もぎりぎりに着きました。
母はスヤスヤと寝ています。
表情も変えずに。

あと、2晩したら、ホームに帰ります。
複雑な思いだけど、それでも、母の居場所へ戻ります。

ごめんね、お母さん
お母さんの大事なお家じゃなくて・


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今日から心電図などのモニターが外されました。
病院にいるのに、ちょっと不安と思ってはみても、ホームに帰ればモニターはないのがあたりまえ。
慣れないと…。

いつものようにホットタオルでマッサージをしていました。
何となく気持ち良さそうな表情でした。
温かいというのはまだまだ感じるんだなあ。

姉が帰って来て、目やにでくっついている目にマーユをぬったところで、面会時間の終わりを告げる放送が入りました。

首が右側に傾いてしまって苦しそうだったので、
首の位置をもとに戻しました。
いつもなら「痛い、痛い」って顔をしかめるのに、もうそんな事も言えなくなっています。
姉と「もう、痛いって言わないね」と話していたら、
ゆっくりとゆっくりと目を開けました。

最初から、姉の方をじっと見つめていました。
携帯を出して、動画におさめた姉。

父にみせたいそうです。

もちろん、何もしゃべりません。

それでも、それでも、とっても嬉しい一瞬でした。
前回は、私だけしか見ていませんでしたが、
今日は姉にも。

母は何を言おうとしているのでしょうか。

「ありがとう」って声をかけるの、忘れてしまいました。
良い一日でした。
これから、先はこんな小さなこともしっかりと覚えておかなくては。


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あの日、勇気を振り絞って、いえ、藁をもすがる気持ちで一本の電話を入れました。
母の症状が、ネットでみたレビー小体型認知症と酷似していました
そのときかかっていた、病院の先生は「アルツハイマーです」って言い切っていました
処方されたアリセプトをのみ、母は人間性を全く失いました
妄想はひどくなる一方で、イライラ、不眠、食欲不振、夜間のせん妄
本当にどうしていいのか、どうなってしまったのか分からなくて。

ネットで検索したクリニックに入れた電話。
対応してくださった看護師さんの優しさ。
すぐに先生に聞いてくださって、次の日に会いに行くことになりました。

かかっていた病院の紹介状も何もありませんでした。
持って行ったのは、母の異変に気がついてからのメモだけでした。

待合室で、「笑われたらどうしよう」「アルツハイマーですよ」って言われるかなあ。とかいろいろ考えていました。
呼ばれて入った診察室で、先生にメモを見せました。

先生の最初の一言、決して忘れません。
「良くなるよ。絶対に。辛いですよね。」と。

メモと私の話から、先生は
「たぶん、レビーだよ。妄想もレビーのせい。変化が激しいでしょ」

その後も、先生が説明してくださった症状は、まるで母を診てくださっているのかと思うほどでした。

なんとか、母を先生に診てもらおうといして、連れだしに失敗した日。
母に殴られながら、私が思ったこと、それは、この姿を先生に見せなきゃ。ということでした。
姉に、動画を撮影してもらって、それを先生のところに持って行きました。

暴れる母をみた先生は
「大変でしたね。お母様も苦しいでしょうね。もう、これはほっとけないよ。」といいながら、処方箋を書いてくださいました。
診察室で、涙が止まらずに「ああ、母は助かったんだ」と思いました。

結局、脳出血前に一度も診てもらうことはできませんでしたが、
退院後は、ずっと先生にお世話になっていました。

先生のおかげで、母には笑顔が戻りました。
冗談をいう母も取り返してくれました。
食いしん坊の母も取り戻してくれました。

でも、退院に備えて、ドクターを変えることんなりました。
ホームの近くの訪問専門のドクターに。

今日、姉が先生のところにご挨拶に伺いました。

認知症専門のドクターに出会えて私たちは幸せでした
もちろん、母もです。

先生のカクテル処方のおかげで、認知症は改善しました
どんなに感謝してもしきれません

母の分、他の苦しんでいる認知症の患者さんやご家族のところへ行ってあげてください。
先生の処方で救われる方、まだまだいるので。

本当にありがとうございました。

母には内緒にしておきます

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入院してから、すぐに重症者の方の部屋に移りました。
ナースステーションの前の部屋です。
今いる病院は、基本的には大部屋(6人)が中心の急性期の病院なので、重い人ほど、ナースステーションの近くになります。
昨日、行ったら、ナースステーションの斜め前の部屋に移っていました。
時期的なのでしょうか。比較的元気な方が多くて、患者さん同士おしゃべりをしたり、家族の方も見えておしゃべりしています。
前の部屋は重い方ばかり、ほとんど意識のない方ばかりだったので、入院した翌日にはもう、ベッドが空っぽになっていることも何度もありました。
ですから、モニターのアラーム音と、ナースステーションの声しか聞こえませんでした。

人と人の会話に刺激されたのでしょうか。
母もなんとなく目覚めようとしています。
不思議ですね。
Dr.曰く、母の脳はほとんど活動していないそうです。
そもそも、脳の萎縮はかなり進んでいます。だから、一日中、寝ていても当然。
反応がなくても当然。このような状態だそうです。

なのに、人の声を聞いて反応しています。

夕べ、口腔ケア、吸引をしてくれた看護師さんが「ご協力ありがとうございました」って声をかけたら、「はい」って聞こえる返事をしていました。

その後も、ずっと穏やかな表情でした。
姉が来て、顔のマッサージをしたら、目を開けそうな感じでした。
姉もまた何かを感じているのでしょう
『お母さん、何か言いたいんだね」って。

きっと、私たちに話しかけているんでしょうね。
力を振り絞って。

優しい、優しい。穏やかな顔です。




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