7月の入院で胃瘻をつくりました。
あの時は、とまらない痙攣や、意識レベルの低さなどもあって、とにかくホームに連れて帰りたいという気持ちだけでした。
私の意思だけで、生活の場を求めて胃瘻にしました。

あの時は、交換することはないだろうと正直思っていました。
退院後も、何度も発作があって、その度に苦しそうな母をみていて、
悩み後悔もしていました。

でも、今日、初めての胃瘻の交換を終えて、帰りがけに病院の担当ナースが明るい声で
「次は、7月ですね。よく頑張りましたね」っていってくれて、なんだか力が抜けて「ほっ」としました。

今日の母は、朝から意識レベルも高く、目もぱっちりあけていました。
家から持って行った母のお気に入りの赤いカシミヤのカーディガンをきせました。
ぶかぶかだったけど。母らしくなりました。
インフルエンザ対策にかけたマスクは大きすぎて。

久しぶりに乗るタクシー。
冷たい雨が窓に叩き付けていましたが、車窓の景色を不思議そうにキョロキョロと眺めていました。

何をみていたのでしょう。
何を感じたのでしょう。

2時間後にホームに戻り、ナースに迎えられました。
「おかえりなさい」
「痛かったですか」
「頑張りましたね」
って声をかけてくれました。

本当にこの2人の若いナースがいなかったら、母は今、ここにはいられなかったと思ったら
涙がでそうでした。

そして、部屋に戻ったら、ずっといる若いスタッフの女性が
「お帰りなさい。大変でしたね。寒かったのにね。」って声をかけてくれました。

彼女は、7月に母が入院していたときに、用事があって母の部屋に行くといつも母の様子を聞いてくれて、そして、早く退院してきてほしいっていってくれていました。

なんだか、本当にこの六ヶ月、多くの方の支援があってここまでこられたんだって改めて思いました。

そして、感謝の気持ちでいっぱいです。
私の人生の中で、こんなに感謝したことって今までにないと思います。
母の教えですね。

昼にちょっと役所に行くので出かけるときに
「いってきます」っていったら
「そう。外は、寒いから、脚を暖かくしなさい」って

うーん。
優しい母でした。
いつもの母でした。

夜も一生懸命に母はいろいろと話していました。

母の萎縮した脳は、今まで通りに話す力を失わせました。
論理だった文章を構成する力も取り上げました。
質問に答える力も取り上げました。
言葉と言葉をつなげて文章を編み出す力も取り上げました。
自分の娘の名前もたまにしか言えなくさせました。

でも、
人を思いやる気持ちは残しています。
人に感謝する気持ちが大切だと娘に教える力も残しています。

話せなくても、肌で感じる毎日です。

7月22日、2度目の交換。
できるかな?したいな。



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