ドクターが帰った後、ホームで初めての注入をしました。
お薬の注入。もちろん、フェルガードも追加しました。

うとうとしながらも、スタッフさんたちの呼びかけには応じている母でした。
叔母との感動の対面も住ませて、すやすやし始めたので、姉と一緒に昼食にでることにしました。
といっても遅めの昼食。時はすでに4時半。
次の注入は8時にということだったので、それまでに戻れるように、買い物も済ませておきました。
注入もありますが、長い母の退院を姉と二人でビールでお祝いしました。

まさか、この後に…想像もしない私たちはお気軽に飲んでいました…

ホームには7時には戻りました。

母はほのかに赤い顔をして、にっこりと笑って私たちを迎えてくれました。

あれ?なんだか母の体が暑い?
部屋も暑い?
そのせいかな?

スタッフさんに体温計を借り、検温してびっくり。
なんと、母の体温は37度9分。

なんで?
今まで発熱することなかったのに・
また、CRPが高いの?
次々にいろんなことが思い浮かびました。
誤嚥?
いやいや、ホームにもどってまだ10時間。
原因がないし。

ナースも不思議がって、それでもドクターには電話をして、急遽抗生物質がだされ、座薬も届きました。
体3カ所をクーリング。徐々に熱は下がってきました。
もしかしたら暑すぎたのかも。
今まで、ぱじゃま一枚だったのに、シャツも着ているし、上着も厚めだからか?といろいとと考えていました。
クーリングしている時に、叔母が自分の部屋からあがってきました。

「さっき、来たときはね、お母さんは寝てたのよ。で、部屋が寒いから、この毛布かけて、クーラーも切っていったのよ」と言うのです。

ああああ、やっぱり。
叔母だったのか。
夜の注入までには、熱もほぼ平熱までさがりました。
叔母が母のためを思ってやった行動が、逆に母の発熱につながってしまうなんて、
前途多難をこの時、初めて感じました。
病院と違うところにいるんだという不安も。

この後、不安が見事に的中する事態が発生するなんて、予想はしていませんでしたが。

夜の注入は、姉がやってみることになりました。
注入前の吸引は私がやりましたが…。
栄養を入れ終わった後に、お薬の注入のとき、それはおこりました。

病院とお薬が変更になって、デパケンシロップという抗けいれん薬が、セレニカRになっていました。この薬、実は経口していたときも溶けなくて母の口にのこっていたのですが、お腹の中に入ってしまえば吸収はされるはずと思っていました。
シリンジのなかで、目に見えるほどはっきりと粒がのこっていたのですが、注入をしました。
薬の量も多いので、2回に分けての注入です。
1回目が終わった後、シリンジには大量のセレニカが残っていました。
2回目、白湯をたして、再び注入しようとしたときに、シリンジが押せないと姉が言います。

ちょうど、そのときに、ナースが除いてくれたので、バトンタッチ。
ところが、ナースが押してもひいてもシリンジが動かない。
もう一人のナースも駆けつけて押してもひいても一向に入っていかない。

どうやら、胃瘻が詰まった模様????

え???

また、ドクターコール。
ドクターの指示で、胃瘻を開通すべくナースが見当してくれたのですが、ギブアップ。
もう、受診しかない。とのことでした。
病院に電話をしたら、胃瘻の交換が必要になるかもしれないから、必要な物品があるかどうかわからないので、明日の朝電話をくださいといわれました。

セレニカが入っていないので、もしかしたら大きな発作があるといけないので、とナースに言われたので、「じゃあ、私が着いています。最初だし、何かあったらご迷惑をおかけするので」と伝えてとまることになりました。再び。

その後、病院から電話があり、「11時に胃瘻造説をしたドクターとの予約がとれました」とのことでした。

発熱に、胃瘻がつまる。
前途多難な在宅(ホーム)での第1日目は終わりました。

でも、母は順調。
ときおり、私たちの会話を聞きながら、にやって笑っていました。

にほんブログ村 介護ブログ 認知症へ
にほんブログ村