今日は、朝から出勤した
2日分のたまった仕事をこなして、午後3時には職場を出た
こんな働き方がいつまでできるかはわからないが
とりあえず、母が安定した生活に戻るまでは
今が踏ん張りと気だと 持っている

相かわらず、ずっと寝ている
でもナースの話によれば、今日は呼びかけに応じたそうだ
私も、母の枕もとで「ただいま、今日は忙しかったよ」とつげたら


「あー。あー、」と声をだして反応してくれた

香りのつよいグミを鼻の下においたら、母は口をもぐもぐとさせていた
なかなかいのではないだろうか?

まあ、家族なのでよいように考えるだけだけど

母のもとでおしゃべりしている時、ナースに声をかけられた
「退院調整担当のナースだった」

施設に戻ったり、在宅に戻ったりするときのための調整係だそうである

退院後の生活についての話だった

選択肢は2つ

1つ目は 施設に戻ること
2つ目は 療養型病院への移動

ナースにはっきりと伝えた
「家族で、看取りは施設で行いたいと考えている」
「今更、病院を探して、最後を待つだけの生活は嫌だと」

いろいろな話を1時間ほどした

家族としての思いより
私としての思いや疑問をぶつけた

何でも受け入れて、うなずいてくれるナースの寛大さに
ずいぶんと癒された

そして、見通しを持つことができた

①やがて来る「その時」をどこで、どのように迎えさせたいのかを家族で話し合うこと
②もし、施設という選択がでたら、今の施設以外は考えら得ないこと
③医療期間ではないのでやれることが限られているが、それを家族がどのように受容するのかということ
④施設の中で行える医療行為、医療的ケアの限界から考えて、胃瘻造説という選択肢もあるのかなあということ

④については、父の意見をしっかりと聞く必要があり、父がいやがることはできない。

とにかく、来週は内科の先生が評価を行いたいということだったので、家族でじっくりと話し合ってみたい

私たちの方向性は決まっている
そのために何をすればいいのか考えたい

ナースとそんな話をした後に、部屋にもどったら、なんと母には導尿のカテーテルが入っていた。
今朝、お腹がパンパンだったからとった処置らしい

いつもパンパンなんだけど。
ああ、また一つクリアする壁が高くなった気がする

母の人生
私が決めていい訳ではない

でも、小さい頃、私の進路を母が決めたように
いま、私に選択権を与えられたとしても

母はわかってくれるはず

神様も許してくれるはず

母の目覚めを祈るのみ。


お食事中の方、ごめんなさい!
朝から夕方6時までにこんな感じだそうです。




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