昨日の事件後、興奮してあまり眠れませんでした。
叔母や母を思いながら、認知症って残酷だなあ。と考えながら。
今朝の出来事です。
実家によって、駅に向かっていると
向こうの方に、明らかに変な格好をした車椅子の男性が見えました。
足こぎをしながら車道の真ん中を後ろへ後ろへと移動していました。
慌てて近寄ってみると
70歳くらいでしょうか。おじいさんでした。
下はリハパンツに靴下だけ。
上は、肌着のシャツ一枚。
今日の朝の冷え込みでは、相当寒かったはずです。
昨日も早く出てしまったので、仕事がたまっているので、そのまま通り過ぎたかったのですが、
知らぬうちに体がおじいさんの車椅子へ近づいていました。
「どうしたの?寒くないですか?どこにいくの?」
おじいさんは、怒りながら
「わかってんだよ。西久保だよ。そこの木造アパートがおらの家だ。そこから来たんだ」と言いまくりました。鳥肌がたっているおじいさんに、首に巻いていたショールを外してかけてあげました。
「よけいなお世話だ」っていいながらも、だんだんと落ち着いてきました。
一人ではどうにもできないので、通行人にヘルプを求めても、みんなしらん顔。
じっと見つめたり、笑って通り過ぎたりしていました。
おじいさんに聞こえないように
「交番に連絡して」と頼んだ方もそのままスルー。
仕方がないので、そのまま車椅子を押して、警察署に連れて行こうとしました。
その時、おじいさんの車椅子に連絡先が張ってあるのを見つけました。
幸いにも実家の近くのビジネスホテルだったので、そのまま押して連れて行きました。
おじいさんはなんだかんだと怒鳴りまくっていましたが、
そこは私も慣れたもので、うまくかわしながらなんとか、そのホテルへ。
そのビジネスホテルは、最近は身寄りのない高齢者が長期契約をしています。そこに、ヘルパーさんたち、看護師さんがきて面倒をみているようなところです。
ホテルまでおくっていって、
「すみません」と声をかけて、でてきた親父さんはなんの事情も聞かずに、
おじいさんに
「でていっちゃだめだよ」と一言だけ言いました。
もちろん、介護施設ではないし、病院でもないので、そんな責任はないとは思いますが、
昨日のことと重なって泣けてきました。
認知症時代って言葉、嫌いだったけど、現実を見たような気がしました。
地域の中で、できるだけ本人のQOLを高めていく、地域での認知症老人は生活できるなんて言う人が多いですが、今日のことだって、それが無理であるということを実感しました。
医者だって、適当に診断する。
手に負えなくなったら出て行けという。
身寄りのない認知症患者さんは、ビジネスホテルの一室で外にでるなと言われて過ごす。
特養があいてないからな。
お金も身寄りもない人は、これからどうなるんだろう。
これでいいのだろうか。
我が国は。
叔母もああなってしまうのだろうか?
心配だ。

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叔母や母を思いながら、認知症って残酷だなあ。と考えながら。
今朝の出来事です。
実家によって、駅に向かっていると
向こうの方に、明らかに変な格好をした車椅子の男性が見えました。
足こぎをしながら車道の真ん中を後ろへ後ろへと移動していました。
慌てて近寄ってみると
70歳くらいでしょうか。おじいさんでした。
下はリハパンツに靴下だけ。
上は、肌着のシャツ一枚。
今日の朝の冷え込みでは、相当寒かったはずです。
昨日も早く出てしまったので、仕事がたまっているので、そのまま通り過ぎたかったのですが、
知らぬうちに体がおじいさんの車椅子へ近づいていました。
「どうしたの?寒くないですか?どこにいくの?」
おじいさんは、怒りながら
「わかってんだよ。西久保だよ。そこの木造アパートがおらの家だ。そこから来たんだ」と言いまくりました。鳥肌がたっているおじいさんに、首に巻いていたショールを外してかけてあげました。
「よけいなお世話だ」っていいながらも、だんだんと落ち着いてきました。
一人ではどうにもできないので、通行人にヘルプを求めても、みんなしらん顔。
じっと見つめたり、笑って通り過ぎたりしていました。
おじいさんに聞こえないように
「交番に連絡して」と頼んだ方もそのままスルー。
仕方がないので、そのまま車椅子を押して、警察署に連れて行こうとしました。
その時、おじいさんの車椅子に連絡先が張ってあるのを見つけました。
幸いにも実家の近くのビジネスホテルだったので、そのまま押して連れて行きました。
おじいさんはなんだかんだと怒鳴りまくっていましたが、
そこは私も慣れたもので、うまくかわしながらなんとか、そのホテルへ。
そのビジネスホテルは、最近は身寄りのない高齢者が長期契約をしています。そこに、ヘルパーさんたち、看護師さんがきて面倒をみているようなところです。
ホテルまでおくっていって、
「すみません」と声をかけて、でてきた親父さんはなんの事情も聞かずに、
おじいさんに
「でていっちゃだめだよ」と一言だけ言いました。
もちろん、介護施設ではないし、病院でもないので、そんな責任はないとは思いますが、
昨日のことと重なって泣けてきました。
認知症時代って言葉、嫌いだったけど、現実を見たような気がしました。
地域の中で、できるだけ本人のQOLを高めていく、地域での認知症老人は生活できるなんて言う人が多いですが、今日のことだって、それが無理であるということを実感しました。
医者だって、適当に診断する。
手に負えなくなったら出て行けという。
身寄りのない認知症患者さんは、ビジネスホテルの一室で外にでるなと言われて過ごす。
特養があいてないからな。
お金も身寄りもない人は、これからどうなるんだろう。
これでいいのだろうか。
我が国は。
叔母もああなってしまうのだろうか?
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