先日、ホームのサービススタッフから電話が入った。
「今日、お父様が見えられたときにお薬を落とされたようです。ホームではどなたも使っていないお薬なので」と。
ホームについた時に、スタッフからチューブの軟膏を渡された。
確かに父が使っているものだった。
家に帰って父に聞いてみました。
「これ、ホームでおとした?」
「いや、違うよ。お母さんにあげたんだよ。」
「どうして?」
「だって、お尻が痛いっていつもいうから、前から、この薬使っていたんだよ。だから、持って行ってあげたんだよ。お尻にぬらなくっちゃ。いたいの可愛そうでしょ」と。
そうか。父にとっては以前の母と同じ。
痛いと言われたら、以前、母が使っていた薬を持って行けばよいという発想なんだなあと思いました。
今も昔も父からしてみたら、同じ母なんでしょうね。
だから母もいつも「おとうさんはどこにいったの?」と聞くのでしょうね。
あああ、55年連れ添った夫婦愛ですね。
ところが、今日は
「お母さんったら、いやになるよ。寝てばっかりだった。どんなに声かけてももごもご言っているだけで、だめだった。明日、またくるね。っていって帰ってきたよ」と。
どんなに会話が通じてなくても
やはり起きている母に会いたいんですね。父としたら。
父の愛の結晶
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ホームについた時に、スタッフからチューブの軟膏を渡された。
確かに父が使っているものだった。
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「これ、ホームでおとした?」
「いや、違うよ。お母さんにあげたんだよ。」
「どうして?」
「だって、お尻が痛いっていつもいうから、前から、この薬使っていたんだよ。だから、持って行ってあげたんだよ。お尻にぬらなくっちゃ。いたいの可愛そうでしょ」と。
そうか。父にとっては以前の母と同じ。
痛いと言われたら、以前、母が使っていた薬を持って行けばよいという発想なんだなあと思いました。
今も昔も父からしてみたら、同じ母なんでしょうね。
だから母もいつも「おとうさんはどこにいったの?」と聞くのでしょうね。
あああ、55年連れ添った夫婦愛ですね。
ところが、今日は
「お母さんったら、いやになるよ。寝てばっかりだった。どんなに声かけてももごもご言っているだけで、だめだった。明日、またくるね。っていって帰ってきたよ」と。
どんなに会話が通じてなくても
やはり起きている母に会いたいんですね。父としたら。
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