我が家のクリスマスイブは家族全員で教会のミサにいく
ミサが終わったら、ホールでのパーティーにでて
そして家に帰る
何十年も同じことを繰り返してきた

去年のクリスマスイブ
母は調子がとっても悪かった
妄想にとらわれ父を罵っていた
それでもミサの時間が近づいた頃
黙って洋服を着替え始めた
何度も洋服ダンスの前を行ったり来たり
オーバーを着てみては脱いで
もう一度ワンピースを選び直す
落ち着かなかった
母の支度が終わったころ
父のところに声をかけにいった
父には夜のミサは苦痛であった
寒い中歩くのも億劫で行きたがらなかった
それでも私は父を誘った
かたくなに断る父に
「お願いだから、一緒にいって。お母さんがクリスマスだってわかる最後かもしれないよ。来年は、もう何もわからなくなっているかもしれないんだし。お願いだから一緒にいって」と
泣きながら頼んだ
それでも父は頑としてうごかなかった

母、一緒にいかない父のことを「浮気者だから仕方がない。私たちが留守の間に、あの女をつれこむつもりだわ。お父さんが教会に行かなくなった頃から、あの女と関係ができたのよ。うしろめたさで行かれないのよ」と何度も繰り返していた

あの夜、父に言ったこと
後悔している
だってこの一年で
母は全く別人となってしまった
ひどい妄想はなくなったが

本当にクリスマスイブだという認識ができなくなってしまった

あんなに何十年も大切にしていた日を
私もまたクリスマスイブに教会に行かないのなんて
物心ついてから初めてだ

今日は、母と二人でクリスマスイブを祝おうと
小さな小さなケーキを買って持って行った
クリスマスイブだってわからなくても
一緒に祈って、一緒に食べて楽しもうと
家族一緒には祝えなくても
寂しい気持ちにはならないようにと

ホームについたら
孫娘1号が来ていた
テレビの前にクリスマスカードが飾ってあった
「おばあちゃん、今年は本当に大変でしたね」と書いてあった
彼女のやさしさに心が打たれた
母には分からなくても
何かを感じたのだろう
終始笑顔を絶やさなかった
大きな声をあげて笑う母
笑いすぎて力が入らず立ち上がれなかった母

彼女は早々にミサにでるために帰って行った
「おばあちゃんとおばちゃんの分もお祈りしてくるね」と

どこかに変わってしまった母を認めたくない自分がいる
去年の今日、もしかしたら来年は母がクリスマスを認識できないなんてことを口走った自分をせめているのだろう
あの日、あの時、あんなことを言わなければよかった

今日、朝から憂鬱だったのは
きっと去年の自分の言葉にこだわっていたからだと思う

もう、先を心配したり、口走るのはよそう
今を大切にしよう

「クリスマスは誰かに優しくする日だよ」って昔母に教えられた
母はクリスマスイブのミサにいく直前まで、注文を受けたケーキをつくり
ご近所さんに配るケーキを作っていた

今日、母がケーキを食べながら
「外国では捨てられた子供がいるでしょ。ケーキも食べられないのよね。だから、贈り物をしなくちゃね」とボリビアの孤児院を支援してたときのことを語った
そして…。
「生クリームの甘さは控えめに作ったのよ」と思い出したように語った

コンビニでかった小さな小さなケーキが
母が輝いていた時代を、母に、そして私に思い出させてくれた

認知症と戦っているすべてのみなさんと
そのご家族の皆様が
楽しかったクリスマスの一場面を思い出してくださいますように


メリークリスマス




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