脱グローバル化と保護主義の時代(1) | 保守と日傘と夏みかん

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政治・経済・保守・反民主主義

イギリスが国民投票でEU離脱(ブレグジット)を決め、アメリカの大統領選挙ではトランプが勝利するなど、2016年は歴史の潮流変化がはっきり感じられた年になった。

1980年代のサッチャー・レーガン改革でいち早く新自由主義に舵を切った英米が、揃って次の時代に向けた準備を始める。時代の転換を、これほど見事に示す事例もない。

もっとも、グローバル化の停滞は、ブレグジットやトランプによって始まったものではない。
2008年の金融危機以後、世界経済の統合はゆるやかに解消に向かっているからだ。
(中略)
ところが、いまだにグローバリズムの夢から醒めない国が日本だ。
統計を見ると、例えば対外投資は、他の主要国が軒並み減少傾向にあるのに日本だけが増え続けている。世界がこれから保護主義へと向かおうかという時に、日本だけが海外進出に躍起になっているのだ。
どうやら日本人は、グローバリズムの時代がこれからも続くと思い込んでいるらしい。

このことは、日本でポピュリズムが見られないという事実によっても明らかになる。

ポピュリズムは日本では大衆迎合主義と訳されるが、欧米では反グローバリズムとほぼ同義で用いられる。
アメリカではトランプやサンダースが、欧州では各国の反EU政党がポピュリストの典型であり、近年、急速に支持を広げている。ところが日本では、この意味でのポピュリズム政党はない。

例えば橋下徹氏は自らポピュリストを自認しているが、政治主張はグローバリズムそのものである。逆に共産党は反グローバリズムの急先鋒だが、幅広い支持を獲得しているとは言い難い。
今、欧米で(良くも悪くも)問題となっているポピュリズム運動は、日本では起きていないのだ。

つまり日本人の大多数がグローバリズムを疑っていないということになる。各種世論調査を見ても、TPPに対する支持率はいつも過半数を上回っていた。大手メディアが、保護主義の可能性を検証することもない。

そのためであろう。アメリカ大統領選で、トランプ、ヒラリーの両候補がTPP反対を明確に打ち出していたにもかかわらず、アメリカがTPPから撤退する可能性について何一つ真面目な議論をしてこなかった。
アメリカが保護主義に回帰するかもしれないと冷静に見通していたメディアもない。
深刻な国内格差や、エリート層への反撥が高まっている現状を考えると、アメリカのポピュリズムにもかなりの言い分があると論陣を張っていたのは『表現者』くらいのものだ―と言いたくなるくらいに、日本の言論状況はひどい有り様なのである。

メディアや知識人が判断を間違えるのは、歴史の大きな流れを掴まえ損ねているからである。
グローバル化が進めば「国境なき世界」が到来するというのは、まったくの幻想に過ぎない。歴史を振り返ると、グローバル化は必ず、それを突き崩す動きを作り出してきたことが分かる。

例えば大航海時代に始まる近世のグローバル化は、十八世紀末から十九世紀初頭にかけての南北アメリカ諸国の独立とナポレオン戦争によって幕を下ろした。十九世紀後半の金本位制時代に本格化したグローバル化は、二十世紀初頭の第一次大戦と大恐慌でとどめをさされた。

歴史は、グローバル化の時代と脱グローバル化の時代を繰り返している。現代は、その何度目かの転換期と捉えなければならない。





『表現者 平成29年1月号』 柴山桂太